0702.
*pnish*プロデュース
RADIO KILLED THE RADIO STAR
脚本・演出 浅沼晋太郎
0626-0707@俳優座劇場


***


話題の*pnish*新作舞台
浅沼晋太郎 作・演出の「サイコホラー」演劇
『RADIO KILLED THE RADIO STAR』
(略称…RKRS、レディレディ)

*pnish*史上かつてない衝撃!

街並みに夏の香りが漂い始めた頃。
あるラジオ局では、月曜から金曜の深夜帯に流れている
人気生放送番組「ブートレッグ」の収録が始まっていた。
その日の担当パーソナリティは、タレント・壇ノ浦竹丸。
軽快なトークと音楽。十年以上繰り返されて来た、いつもと変わらない番組…の、はずが。
「金魚鉢」と呼ばれる、収録ブースの手前。そこにいるディレクター、構成作家、
制作進行、AD、ミキサー…その誰もが、表情を強張らせ、震えている。
ブースの中には、明らかに生命に異常をきたしていると見える、誰かの姿…。
番組の公式Twitter画面には、状況を知る由もないリスナーからの、
はしゃいだコメントが流れ続けている…。
生放送のラジオ番組放送中に一体何が起きているのか。
ラジオスターに差し出された物語は、悲劇か、喜劇か、惨劇か。あなたは、目撃者になる…!

―小劇場史上最恐と呼ばれたスリラー舞台「ネバーランド☆A GO! GO! 」を
世に送り出した bpm の浅沼晋太郎が、2013年夏、*pnish*と共に、新たな恐怖を創り出す―。

ラジオ局を舞台に、異常な人間と状況が織り成す恐怖空間。
これぞ文字通り「デンパ系」サイコホラー!

こんな*pnish*観たことない…!

WARNING!
過激なショック演出がございます。
15歳未満の方、心臓の弱い方、妊娠中の方、ホラー表現が苦手な方などは観劇をお控えください。

(公式サイトより抜粋)


ラジオブース内で起こる狂気と悲劇の連続…!!!
初日からTLを感動と衝撃で賑わせていた本作品を観劇してまいりました。


***


※現在 上演期間中のため 観劇予定の方はお控えください※

上記の理由から詳しいストーリー展開は省きます(上演期間終了後)。


面白かった。面白かったし怖かったです。
流石、評判に違わぬ圧倒的な恐怖、臨場感、完成度の高さ。

劇場に入った瞬間から、薄暗く「何か」の存在(気配)を感じさせるような
まるでお化け屋敷に入り込んでしまったかのような恐怖と緊張感が
舞台から発せられ客席を包み込んでいました。

正直、ここで引き返したかった。

作品の舞台は「ラジオ番組の制作現場」ということで
舞台奥にDJブースと、手前に音響ブースがあり
我々はまるで、番組の観覧者か あるいは同じ制作現場で働くアシスタントのような
自らも物語の登場人物であると倒錯するような作りになっていました。
この完成度の高さ(リアル感)が、のちに盛大な大混乱を招くわけでして(私自身の話)。

そんな「ラジオ番組の制作現場」で物語は進みだすのですが…

***

私あれだけ小笠原さんが大好きだというのに
彼が作中殆どの時間を過ごしている下手を殆ど観ませんでした。
今冷静に考えて とても驚いています。
というより観ていられませんでしたよ。

家に仕掛けられたであろう爆弾に気付いた時の伊集院。
身体縮こめて震えて泣いていたのに突然動きを止めて
低い低い声で『…ぁ?』って言うの。怖かった。
憔悴しきった目。恐怖に怯えた顔。

伊集院だからとか、小笠原さんだからとかじゃなくて。
関係のない人を巻き込むということ。
当事者ではなくて 全く関係のない
ただ当事者の知人や身内だからというだけの理由で犠牲になる命。
見ていて一番辛かったです。

それから
菊地創(bpm)さんの、撃たれた演技がガチリアルであれ観て本当に怖かったです。
それまでは 内村(浅沼晋太郎)を殴った時の音や
竹丸(鷲尾昇)の怒声に怯えていたけれど(まじ音が怖いんだよ音がさぁ!!!!!)
あの 創さんの痛みに悶え苦しむ演技に言い知れぬ恐怖を抱きました。
あれは私がこの作品で抱いた本物の恐怖。

とにかく現実と虚構の境界線が曖昧で
リアルとフェイクの区別のつかなくなる非常に危険な舞台作品でした。
あそこで竹丸(鷲尾昇)が観客席に降りてきて
最前列の観客の頭を打ちぬいたって何も不思議ではない、そんな緊迫感。


恐怖。

***

作品は、物語は怖かったです。
怖かったけれども あれを『サイコホラー』といい切るのには少し
オモチャが多過ぎたかも…?と観劇後に感じました。

所謂『お化け屋敷』的演出。

故意に怖がらせ震え上がらせ途中退出させることを目的とした
脅かし要素満載の演出が少し過度かなぁと。
石橋(佐野大樹)の特殊メイクや伊集院(小笠原健)の生首、
飛び降り姿(人形)はまだ良いとして(演出上必要だと思うから)
そういうお化け屋敷のカラクリ人形と同じ
作り物(=怖がらせ驚かせることを目的とした)の演出が多く

確かに恐怖はありましたし気持ちが悪いとも感じましたが
その演出を受けてから
それまでジワジワと私を追い詰めていた恐怖は
所詮は『作り物』なのだ、ということ視覚的要素を持って訴えられたので
一気に目が覚めた感はありました。

たとえば血塗れた手がブースのガラスを叩くとか
バールの刺さった紙袋から血が滴り落ちるとか。
それだけでも十分伝わりますし、
想像上の恐怖の方が実物を遥かに上回っていましたので
そこで 明らかな「作り物」が目の前に現れてしまうと
寧ろ興醒めといいますか(あくまでも演出上の話)

『あぁ結局作り物なんだから そんなに怖がることないじゃん』

それまで感じていた恐怖が全て覚めてしまい
そこからは展開や音(この舞台は音による衝撃がすさまじい!!!)に驚きつつも
ある程度の平常心を持って観劇することが出来てしまいました。

これは非常に勿体ない(今更自分で後悔をしている)。

舞台は作り物、所詮は虚構だということは当然理解していますが
ただ、パニのメンバーの超自然な演技が冒頭にあって(これがまた超自然なのですよ)
それがまるで、その場に我々もいるような
現実と虚構の区別がつかず境界線が曖昧になるようなシーンが幾つもあって
演出の浅沼さんがご自身のtwitterで時折語られるような
リアルとフェイクが混在する気持ち悪さが、酷い。とにかく酷い(ほめています)。

勿論、会話シーンは 直接此方に語りかけるわけではありませんし
我々の話をするわけでもありません。
完全に舞台上で繰り広げられる台本通りの芝居(虚構)なのに
『自然』だから怖いんですよ。リアル、なんです。

台詞回しも行動も表情も全て自然で、時折 我々も登場人物と一緒に笑ったり怒ったりする。
あたかも同じ世界にいるかのように。
そうして観客は物語の中に引き込まれ捕らわれ
登場人物たちと一緒にゆっくりゆっくりと
唐突に始まる事件に巻き込まれて行く。

現代劇ストレートプレイ?の怖さってそこにあるのかなぁと思いました。

だからこそ途中で客を追い出すような演出は勿体ない。
脚本は本当に本当に素晴らしいです。さすがとしか。
正直 真犯人の登場で興醒め感も私の中ではありましたが
でも一連の行動や言動には理由があって、動機があって、
だからこそ 追い詰められた人間が何をしでかすかわからない恐怖があって

怖いし恐いし気持ち悪いけれども
結局悲しい哀しい物語だったわけで
今まで何も意味を持たなかった(分からなかった)行動の一つ一つに
理由を見出すことが出来るんです。
最後に。

最後の最後になって、ラジオブースの全員が死んで ようやく。

それがなければ ただのスプラッタ映画と同じです。バイオレンス映画と同じです。
最後まで作品を観て物語を見つめて そこではじめて感動が出来る作品でした。

ですから非サイコホラー的要素で追っ払うのは非常に勿体ないと私は感じてしまったのです。

お化け屋敷のような 次は何が出てくるのだろう、ではなく
何が起こるのだろう何をするのだろうといった
竹丸の行動やミサキの言動自体への 『不可解』さ『不気味』さが
物語全体を通して 私にとっての恐怖の根源でしたので
(あくまで私の感想としましては) そういった過度な演出がなくても
R15作品並みの怖さを味わったのではないかなぁと思いました。
事実 紙袋に入った血塗れバールの時点でR規制ものですし。


しかし…たとえ完成度が低かろうが高かろうが
好きな役者が生首だけで出て来るのは キツい。
これは舞台作品の感想ではなく あくまで私の感想ですが。

紙袋も血塗れバールだけで、何があったのか予想出来ますから
わざわざ出して頂かなくても良かったよう…ふえぇ。

***

ここまで救いようのない物語もなかなかないなぁ。
結局 生きていても死んでいても誰も助からないし救われない。

犯人はあの後 捕まったのか死んだのか逃げたのか分かりませんが
いずれにせよ皆 ラジオによって殺されたんですね。

ラジオをやっかむ存在ではなくラジオで生きていた人間に殺されるということ。
ラジオがラジオであるが故に起こった悲劇。

THE RADIO KILLED THE RADIO STAR


素晴らしい作品でした。
$Langue de Chat


0529.
ケイダッシュステージ企画制作
コントンクラブ image7 ~オムニバスギャグエンターテインメント~
0529-0609@銀座博品館劇場

*****

1920年代、
禁酒法時代のニューヨークハーレム地区にあった名高い高級クラブ。
ジャズ、ギャング、犯罪、ボス、猥雑、煙…。
その名も『コットン・クラブ』(Cotton Club)

2009年、
その匂いとは全く関係のない抱腹絶倒の芝居が誕生した。
その名も『コントン・クラブ』(Conton Club)

そして2013年5月、第7弾!
複数の作家によるオムニバス形式。いろいろなタイプの脚本に通じるもの、それは『笑い!』

強烈な歌、圧巻のダンス、ちょいとホロリも。
が、しかし、基本は『笑い!』

オシャレで、バカで、くだらなくて、サイケで、コケットで・・・。

だけど五臓六腑がよじれます!

(公式サイトより抜粋)

***

副題にもあるように、1本5分~20分程度のSSが計41本詰め込まれた
オムニバス形式の作品集。

作家は
妹尾匡夫
堤 泰之(プラチナ・ペーパーズ)
まつだ壱岱(ASSH)
なるせゆうせい
川原万季(散歩道楽)
三浦 香(Func A ScamperS 009)
山崎洋平(江古田のガールズ)
保木本真也(コメディユニット磯川家)
末安 学(テアトルアカデミー)
東條真有
の総勢10名。

各作品(SS)の上演前ジングルで
脚本家の名前が挙げられるので
どの本を誰が書いているのか分かる構成になっています。
これはわりと嬉しいけれど
聞きなれないと少し分かりにくい。
私はパンフレットを買い求めていないのですが
どの話を誰が書いたのか掲載されているのかな…

***

長い(上演時間2時間20分)。

勿論、SSとはいえ41本の作品を上演するわけですから
ある程度の時間がかかるのは当然予想できます。

ただもしかしたら1時間50分か2時間程度が妥当な上演時間だったかもしれない。

と、いうのは長時間座り続けていられない私の我侭なわけですが(笑


ただ、公式にもあるように
いずれのSSも『笑い』をテーマにしたギャグ(コント)ですから
(例外もありますが殆どの作品が『ギャグ』です)
そういう点でも複数回観劇すると
オチや笑いどころが分かってしまいますから
SSに対する反応も徐々に薄れていくでしょう。
初見(1度目)に味わう新鮮さと衝撃こそが作品を楽しめる要素なのだろうなぁと。

これに関しては、演劇に限らずとも言えることではありますが。

実際私も(結局2回観劇しました)
初日はどのネタでも大爆笑だったのですが
2回目はそうともいかず…

とはいえ台詞を増やしたり削ったりと
作品毎に変化が見られ
更に初見で見逃した動作や聞き逃した台詞を補完したことで
新たな衝撃を得ることが出来たので、それは良かったなぁと…。


お笑いの場合、オチが分かってしまっては十分に楽しめませんが
本作品の場合は、オチが分かっていても、
そのオチに至る過程を楽しむことの出来る脚本が多いように感じました。

とはいえ通常は同じ演目を何度も観ない…?

リピート客のことを考えて脚本を書くわけにもいきませんからねぇ
(サスペンスやミステリの場合は
何度も足を運ばせ確認させることを目的として
伏線をはりまくることは可能ですが)。

***

お話は、総勢10名の脚本家が書き下ろすわけですから
多種多様で見ても聞いても楽しめました。

私はやっぱり小笠原さんの出演するSSを推したい
(観劇直後のtweetを見ると小笠原の話しかしていない)

小笠原さんについては
恰好良い役も可愛い役も面白い役も怖い役も
全部全部こなしているので色々な顔が見れます。
それは他の役者さんにも言えることで
1つの舞台作品(コントンクラブ)で様々な役柄(顔)を見ることが出来る(オムニバス)
1粒で2度3度楽しめる、まさにそんな感じの作品でした。


時折挟まれるダンスがまた格好良くて…!!
ダンスは圧巻ですね。


ただSSは(脚本家の書き下ろし以外は…?)
インターネット上で散見される既存のネタが多く
真新しさ(新鮮味)はイマイチ薄かったなぁと…

他のSSに関しても
ネタではなく役者の演技で笑わせるようなものが多かったので
(それが悪いわけではないけれど)


ですが色々な役柄を見ること出来ましたし
実際、腹抱えて笑えるネタ(SS)も多かったので個人的には満足です。

***

各SSの感想を書こうと思いましたが小笠原さんのことしか書いていなかったので止めます(笑

Langue de Chat-彼翼0521ver.1


20130521.
サンシャイン劇場35周年記念公演
キャラメルボックス2013
アコースティックシアター
「彼の背中の小さな翼」

脚本・演出 真柴あずき
0521-0531@サンシャイン劇場


*****


「彼の背中の小さな翼」観劇してまいりました。
自分が入ったのは初日(0521)と千秋楽(0531)。

同劇場で上演されていた同劇団による
サンシャイン劇場35周年記念公演
キャラメルボックス2013
スプリングシアター
「ナミヤ雑貨店の奇蹟」

の裏(soiree)の時間を利用しての公演だったため
上演は主に平日の昼間、休日は日曜日1公演のみの
まさに隙間をぬっての上演だったのですが
奇蹟的にも予定が空いていたために初日楽と観劇することが出来ました。


父親の颯介に「捨てられ」、その父親を許すことが出来ず
仕方なしに遺品を受け取りに漁村へ姪の理衣(清水由紀)とともに赴くかさね(坂口理恵)。

その漁村で かさねの父親であり理衣の祖父である颯介(大家仁志)と
彼が亡くなる1年ほど前から共に暮らしていたという19歳の優太(上鶴徹)。

優太は母親に捨てられ、血の繋がりのない兄の拓己(岡田達也)と共に
幼い頃に家を飛び出し 食いつなぐために強盗を繰り返していた。

優太は一度見たものを、覚えようと思えば何でも記憶することのできる特技を持っており
その能力を利用し、拓己は優太に取り図を描かせていた。

優太は最初こそ、兄の役に立つことが出来る嬉しさから見取り図を描いていたが
徐々に犯罪に加担することに罪悪感を覚え、兄のようにはなりたくはないと
ある日 誤った見取り図を故意に描き、拓己は警察に捕まる。

逃れた優太は幼いころの記憶を頼りに
一度も会ったことのない祖父母を訪ね漁村に辿り着く。
しかし既に祖父母は亡くなっており、寄る辺を無くした優太は
颯介の住む家に空き巣に入り
そこで颯介と出会い身の上を偽り、共に暮らし始める。

遺品整理中に かさねは颯介のものではない1枚の油彩画に目を留める。

それは優太が記憶を頼りに描いた母親の肖像で
その才能に気が付いた かさねは、優太に絵を描き続けるべきだと説く。

しかしそこに服役を終え執行猶予つきで仮釈放された兄の拓己が現れ
優太を連れ戻そうとするが優太は拓己との決別を決意する。


***

いやぁ…泣きました。
泣かされました。

親に捨てられた、という点では かさねさんも優太くんも同じ。

でも二人の境遇はまるで違う。

優太くんはきっと かさねさんが羨ましかったんだと思う。

颯介がかさねさんたちのことを想っていたように
母親もどこかで自分のことを想ってはいないか
母親にも自分のことを思い出してほしかったんじゃないかと思う。

だから かさねさんが颯介のことを悪くいうことに我慢がならなかったんだと思う。

でも言葉が足りないから それが伝わらなくて

だから かさねさんも どうして優太がそこまで颯介に懐き
颯介のことを庇うのか分からないから

きっと颯介は優太を大事に思っていたんだなって

自分たちのことは捨て忘れておきながら
優太のことは大切にしていたんだなって
そう考えて ますます颯介への怒りと悲しみを強めていったのだと思う。

『何も知らないのに』って。
どちらもそう思っていたのだと思う。

言葉が足りなかった。

でもそれが不器用な二人の、抱えた悲しみの深さを描き出していて良かったと思います。

かさねさんは
彼の持つ絵の才能と
自分の知らない颯介の姿を知る優太くんに嫉妬して、
父親からの愛情と
望んでも手に入らない絵の才能が欲しくて

優太くんは
望んでも叶わなかった「家族」の繋がりを持つ かさねさんに嫉妬して、
母親からの愛情と家族の繋がりが欲しくて

どちらも可哀そうで いたたまれなかったです。

私はどちらも失ったことがないから
二人の気持ちを理解することは出来なかったけれど。

でも最も可哀そうなのは 優太くんの兄の拓己さんかなって思う。

拓己さんが一番の犠牲者なのではないかなと思う。
拓己さんには未来が見えなかった。

どうかどうか幸せになってほしいと思います。


台詞が、演技が、表情が
全てが胸に真っ直ぐと突き刺さってくる作品でした。

客演の清水由紀さんの演じる理衣がとても可愛らしかったです。
シリアスな場面を和ませ、緊張を穏やかにする理衣を好演されていました。


そして上鶴徹。

出演が決まった時
タイトルと、「不思議な力を持つ少年」の文字を見て
『鶴さん、もしかして天使役なの?』なんて思いましたが
普通の少年でした(笑)

そう、普通の少年なんです。

本当であれば、大学に行き、あるいは専門学校に通い
友人と語らいながら
好きなことをして自分の思うように日々を過ごすことが出来たはずなんです。

劇中、何度か当たり前のことを問う台詞があります。

「ギックリ腰って、何?」

初回に聞いたときは何とも思わなかったけれど
8歳の頃に家を出た優太少年は
きっと満足に教育も受けられなかったのでしょう。

拓己さんは優太を養うためにも
昼夜を問わず働き通しだったに違いありません。

何処へ出掛けられるわけもなく
1人で、兄の帰りを待ちながら
絵を描いていたのではないかなと思います。

その才能が
残念なことに犯罪に利用されてしまったわけですが。

優太少年や、拓己さんのことを想いながら
貧困問題についても思いを馳せていました。

貧困は貧困を生みます。

貧困が原因で教育を受けられなかった子供は
それが故に満足な職に就くことが出来ず
低賃金での労働を余儀なくされます。

子供が出来ても学校へ行かせる金がない。

そうすると子供はまた
満足な教育を受けることが出来ず
職に就くことが出来ず
親と同じく低賃金での労働を余儀なくされ

それがずっとずっと永遠に
無限にループして繰り返されるのです。

『天使』を想像していた私は
出てきた優太の姿に驚きました(笑)

無愛想な少年。

でも、その内に抱えた悲しみや孤独を
鶴さんは表情で 見事に演じていた。

あんな鶴さんの表情、観たことがない。

相変わらず目が泳ぐ泳ぐ。
可哀そうなくらいに泳ぐけれど(笑)

他人を寄せ付けない鋭い視線
颯介のことを語る嬉しそうな顔
少し照れくさそうにはにかむ口元
悲痛に満ちた目…

難しい役柄だったろうに
そこには優太の苦しみも喜びも悲しみも嬉しさも
全て全て表れていました。


思わず涙がポロリ。

本当に本当に観劇することが出来て良かったと思える作品でした。

Langue de Chat-彼翼0521