みちプロパンフ
そろそろ矢巾の事をざっくりでも書こうかなと
最新のパンフレットを眺めていた。
見れば見るほど面白いパンフレット。
失礼だが、一生懸命な表情は時に滑稽にすら見えることもある。
そんな選手の、プロレスに真剣に取り組む「プロ」の姿勢を惜しげもなく詰め込んだ素晴らしい表紙。
にょきにょき生えたみたいな沼さんとまぐ狼とKenがなんともシュール。
中を見るとこれまた素晴らしいが、
みちプロファンは、是非とも実際に手にとって
眺めていただきたい(今さらかな)。
いくつか、個人的ツボをあげてみたい。
真っ黒で腹筋割れたサスケさん。
やけにアンニュイな表情の拳王。
大柳に延髄をくらっているまぐ狼のスゴい顔。
何気にヤバい写真が混ざってしまっているウルティモ校長のスペース。
宇宙人のぞんざいな扱い。
もはやツッコミ不可能な佐藤兄弟。
やけに柔らかい表情の南野タケシ。
極めつけは
「兄貴」と言う肩書きを持つ太田代将孝氏。
しかも字が間違ってるし!
最後のはあまし笑えないかもですが・・・
いやあ、お腹一杯です・・・(^^;)(;^^)
さて矢巾大会の写真整理しよう・・・
思い出話
私が中学時代、部活は運動部、それも野球、柔道、卓球しかなく
しかも部活は必須だった為、
興味がなくても必ず何処かの部に入らなければいけなかった。
私は球技が苦手と言う理由で柔道部へ。
練習はきつかったし、強い方ではなかったので居心地も悪かった。
親父も柔道はしていたが、特に教えられるとか稽古をつけるとか
厳しい事も言われた事もなく
大会には毎回の様に出向くものの
結果がどうなろうが言及されることはなかった。
だが、一度だけ、きつく怒られ、はたかれた事がある。
私は当時体が弱く(今では信じられないと言う人が多いと思うが)
なかなか勝ち星をあげられなかった。
毎回見に来る両親に申し訳なかった。
ある日、柔道を辞めたいと言った。
最初は「練習がきつくて・・・」「疲れるし・・・」とか言ってごまかした気がする。
しかしそんな嘘を突き通せるはずもなく
最終的には、カッコ悪いのを見られたくない、もうがっかりさせたくない。
そう言った矢先・・・親父の張り手が飛んだ。
「誰の為にやってるんだ?」
「自分の為にやっているんじゃなかったのか」
「親を喜ばせるなんて、そんなことを何故考える?」
最終的には「くだらない事を考えるんだったら、もう柔道なんか辞めちまえ!!」
しばらく口をきいてもらえなかった。
きっかけは忘れたが、また元通り話すようになり、
またしばらくたってから
「言い方はきつかったが、言い過ぎだとは思わない。部活をなんでやるのか、誰の為にやるのか、思い出してほしかったんだ。」
結局柔道は三年続け、なんの結果も得られないまま引退した。
でも、あの親父の激怒は、社会人になった今でも深く心に刻まれて
なにかやるときや背中を押して欲しいときに必ず思い出す「指針」となっている。
しかも部活は必須だった為、
興味がなくても必ず何処かの部に入らなければいけなかった。
私は球技が苦手と言う理由で柔道部へ。
練習はきつかったし、強い方ではなかったので居心地も悪かった。
親父も柔道はしていたが、特に教えられるとか稽古をつけるとか
厳しい事も言われた事もなく
大会には毎回の様に出向くものの
結果がどうなろうが言及されることはなかった。
だが、一度だけ、きつく怒られ、はたかれた事がある。
私は当時体が弱く(今では信じられないと言う人が多いと思うが)
なかなか勝ち星をあげられなかった。
毎回見に来る両親に申し訳なかった。
ある日、柔道を辞めたいと言った。
最初は「練習がきつくて・・・」「疲れるし・・・」とか言ってごまかした気がする。
しかしそんな嘘を突き通せるはずもなく
最終的には、カッコ悪いのを見られたくない、もうがっかりさせたくない。
そう言った矢先・・・親父の張り手が飛んだ。
「誰の為にやってるんだ?」
「自分の為にやっているんじゃなかったのか」
「親を喜ばせるなんて、そんなことを何故考える?」
最終的には「くだらない事を考えるんだったら、もう柔道なんか辞めちまえ!!」
しばらく口をきいてもらえなかった。
きっかけは忘れたが、また元通り話すようになり、
またしばらくたってから
「言い方はきつかったが、言い過ぎだとは思わない。部活をなんでやるのか、誰の為にやるのか、思い出してほしかったんだ。」
結局柔道は三年続け、なんの結果も得られないまま引退した。
でも、あの親父の激怒は、社会人になった今でも深く心に刻まれて
なにかやるときや背中を押して欲しいときに必ず思い出す「指針」となっている。











