葉室麟『蜩ノ記』、祥伝社 この本を読んだきっかけは、テレビCMで映画の予告編を見たことです。それを見た時、びっくりしたんです。何だこれは、と。切腹を控えて幽閉されている男に会いに行ってその覚悟を聞くとか云云かんぬんのストーリーが、藤沢周平の『蝉しぐれ』そのものだと思ったからです。CMを見ている間、どういうわけだろう、蝉しぐれの映画のリメイク版が作られたんだろうかとちょっと本気で困惑しました。最後にどんとタイトルが出てきて『蜩ノ記』と。どうやら『蝉しぐれ』じゃないらしい、 でもタイトルまで被っている、何じゃこりゃ。ネットで検索してみると、どうやら直木賞を穫った作品らしいということが分かって、益々読んで確かめなければという気になりました。で、図書館で順番待ちも出ていなかったので、さっそく借りて読みました。最初に本を手に取って思ったこと、装丁画がかっこいい!夕暮れに染まった障子を背景に、侍が背筋を伸ばした凛とした佇まいで文机に向かっている、その絵がとても素敵だったので期待が膨らみました。でも、読んでみると…率直に言って、もの凄く退屈でした。以下ネタバレを含む感想。 この葉室さんという作者は、表現力や文体に優れているとはとても思えません。その時点ですでに退屈してしまう。比べるのも酷なくらいですが、この話って、藤沢周平なら短編で数万倍面白く書きますよね。大雑把なあらすじ城中で刃傷沙汰を起こした壇野庄三郎という若侍が、罰として、ある理由によって幽閉されている戸田秋谷という人物の監視をせよと言い渡される。戸田は三年後の期日に切腹を命じられていた。庄三郎は秋谷と暮らすうち、その人柄にどんどん感化されていき、彼が切腹しなければならない理由を調べ、なんとか救えないかと考えるようになるが…というもの。まず、全体に登場人物の薄さが気になります。主人公は壇野庄三郎という若い侍ですが、彼は完全に傍観者的なキャラクターで全く特徴がありません。秋谷の娘といい感じになって結婚するんですが、二人の関係がもの凄く希薄に見えるまま何となくそんな感じになるので、時代物のロマンス大好物の私でも楽しむところまで行けませんでした。娘の薫も本当に無味乾燥な人物で殆ど人間的な描写もないのでどうしようもない。 秋谷は思慮深げで真面目な人物ですが、読んでいるこっちまで感化されるような深みや魅力は感じませんでした。一番好感を持てるのは秋谷の長男、郁太朗でしょうか。でも、郁太郎は10歳という年齢にしてはちょっとしっかりし過ぎているような印象。昔の人は今と比べてずっと大人びていますが、12歳くらいだともう少ししっくり来たんじゃないかという気がします。でも、数え年だとそのくらいなのかな?一番嫌だったのは源吉が死んだ場面です。物語の行きがかり上、どうしようもなく死んでしまった!というよりは安っぽい御涙頂戴の為に殺された、という印象がかなり強かったんですよね。ちょっと嫌悪感すら覚えました。それでいてやっぱり薄味な物語なので感動もしないという。 結末の方で数年越しに秋谷が初恋の人(出家した尼さん)に会って言葉を交わして想いを打ち明けられたりなんかしてっていう場面ももの凄く『蝉しぐれ』を彷彿とさせます。オマージュとかリスペクトとか言っとけばいいみたいな風潮ですね。みたいな。直木賞の選考で浅田次郎は「感情表現に頼らずに写し取った」と評したそうです。確かに、そう言えばそうだと思います。郁太朗以外の人物は殆ど感情表現しませんから。でもそれが面白い作品に繋がっているかというとちょっと違うんじゃないかと。 無論、淡々としていても面白い作品は沢山ありますが、この作品は感情以外の部分を十分に描けていないので薄味で無感動な印象しか受けないのだと思います。映画の予告編を見る限り、原作よりずっと面白い予感がするので、映画は劇場で見ようかな。単なる批判文でした。amazonの評価がやたらと高いのは、世間の人からは大好評なのか、直木賞という言葉に釣られているのか、ステマなのか、さてどれでしょうか。
読む人の手帖 -yom days
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