それは、私が先住民学科でカナダの思想を含む脱植民地化を学び続けているからだと思います。
西洋思想の脱植民地化とは、カナダの歴史にしても、文化·社会にしても、西洋思想、西洋支配を分析し、先住民の視点を取り込み、西洋思想から脱却ようという、言い換えればアンチ西洋思想です。
教育、キリスト教から来るモラル、政治、司法制度、文化、資本主義などすべての西洋思想を当たり前と思わず、全く違う先住民の視点から社会を見ることは、どれほど私達が西洋文化を当然のことと思っているかに気づかせます。
まずは、英語という言語が西洋の世界支配。
多くの英国の元植民地では、英語が話され、日本を含む多くの国が、子供達が小さな時から多くの時間を費やして英語を学ばせ、英語を母語とする人種が支配者であることを当然視させます。。
私は元からあまのじゃくなのか、なぜ日本にいるアメリカ人は日本語を話さないのかとか、なぜ世界共通語が英語なんだ?とか、
aもtheも使い方分からない!複数のsも、三人称単数現在形のsも、なくてもいいたいことはわかるだろう?!とか、
世界共通語が日本語なら楽なのにとか思っていましたが、
今は日本に浸透している、西洋至上主義を助長させる媒体としての英語に対する危機感があります。
言語以外でも、勤勉を良しとする考えさえも、普遍ではありません。
生きていける以上に働こうとするのは、キリスト教の性質が発展させた資本主義の賜物。
刑務所というものも、刑罰の方法も、先住民とは違う西洋思想でできたもの。
多くの有色人種が、白人が人種差別することに反対していても、白人の英語を話し、彼らの伝統の服を着て、美の基準は目が大きく色が白い白人基準。
「英語がうまいね」なんて言われて喜ぶなんて、白人至上主義の助長。
何で日本人にとって、英語を話せる人がかっこよく感じるのか?
なぜ英語のロゴが日本語よりかっこよく感じるのか?
この前、ウェブサイトのコメントで見た「フランス人形みたい!」が誉め言葉なんて。
「日本人形みたい!」はなぜ誉め言葉にならないのか?
よく見る「素敵!海外の家みたい!」も。
これでは、白人至上主義の人たちが自分たちが一番偉いと勘違いするのも当たり前。
そして、オリンピックで長い歴史、素晴らしい伝統を持つ日本が世界に向けて発信した、オペラ、ジャズ、イマジン、ボレロ、タップダンス。
アジア、中東、アフリカ要素がなく、西洋文化のみを取り入れたことは、半分洗脳されている私の脳には日本と世界文化の融合ではなく、西洋崇拝のアピールに見えたのでした。