今日は、先住民の人達の「スウェットロッジ」に参加させてもらう予定でしたが、久しぶりの横殴りの雪で、当日になって中止になってしまいました。
スウェットロッジとは、組み合わせた木の枝を毛布などで覆った簡単な小屋を、蒸気で熱くしたサウナのようなもので、その部屋で汗をかくことで、体の健康と、心の浄化をするという儀式です。
私は、先住民の居留地での儀式に初めて参加するということで、子供のころ遠足の前日にはワクワクと遅刻するのが怖いのとで良く寝れなかったように、昨夜も1時間おきに目が覚めてしまうほど楽しみにしていたので、中止は残念でしたが、待ち合わせの学校に集まってしまった人からとても大事な話が聞けました。
2時間ほどいろいろな話をしましたが、一番印象的だったのはアイデンティティーのお話でした。
1840年から、カナダ政府は先住民の同化のためすべての先住民の子供を寄宿学校に入れ、英語以外の言葉を禁じ、キリスト教や欧米文化を教えました。
そのことで、先住民は独自の文化を破壊され、その後アイデンティティーに苦しみました。
その制度は、1996年に廃止されましたが、その後も多くの先住民の子供が貧困のため親から引きはなされ、白人の里親の元で先住民の文化に触れず成長し、思春期になって、白人でもない、先住民とも思えない自分のアイデンティティーに苦しむと聞きます。
今までにも、思春期になるまで自分は白人だと思っていて、居留地に住む先住民を見下してさえいたという人の話しも聞いたことがありました。
でも、どう想像力を働かせても、このアイデンティティーの苦しみは私には理解できず、いったいどういう苦しみなのだろうと思っていました。
白人に都市で育てられた20歳後半ぐらいのその少年は、学校で先住民の寄宿舎の歴史について学んでも、それはほんの小さな出来事だと思っていたそうです。
自分のルーツである、先住民の文化、社会を破壊するような重要な出来事だったとは考えもしなかった。
家族の者も、誰も先住民の歴史について教えてくれなかった。
そして彼が16歳の時、臨時で派遣された先生が彼のことをチャグと先住民を侮辱する言葉で呼んだそうです。
その時、ほとんど白人だけのそのクラスメイト達が、今までと違った目で、一斉に自分を見た。
彼は何が起こったのか分からなかった。
それから、他の先生と、その先生、最後には学校中がそのことで大騒動になった。
自分の存在のせいで、学校中が大騒ぎになった・・・・
それから、彼は社会に出るにつれ自分は白人の家庭に育ち先住民の文化も知らないのに、先住民として差別を受け、アイデンティティーに苦しみ、今は自分の先祖の文化を学んでいる。
居留地での希望が持てない貧困と、アイデンティティーの苦しみによる、先住民の若者の高いアルコール依存症率と、自殺率。
この勇敢なのに謙虚で、逞しいけど心暖かく、辛抱強く誇り高い彼らが、また誇りを取り戻し、輝いて生きられる世界を望みます。
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