一昨日、昨日、と一泊二日で家族旅行へ行き、旅行からの帰りしなにふらっとauショップに寄ってiPhoneを購入。
今日は仕事中にちょっと本気出したら眼鏡が割れて、その辺のことぜんぶ忘れててなんかブログに書くネタ無いかなーって考えた結果、今日からランニングを始めてみようという結論に至り、5km弱走ってきた。

疲れた。

タイトルは実在する病名。
ちなみに俺もそうだったりします。




iPhoneからの投稿
長々書いてたらアプリが落ちたorz

もうかったるいからさくっと。


アガサ作品を読むのはこれが初めて。
お勧めされたので。

ミステリーとしての諸々の要素が素晴らしいのは言うまでもなく、加えて心理描写が細かい。
心情の変化が細かい上に、きちんとそこから動機を考察することも十分にできるレベルで事件そのものと絡ませてある。

現状、俺の知る限り間違いなく最高のミステリー作家。
ただ、比較対象がまだまだ少ないので、いろいろ試したいところ。



iPhoneからの投稿

苦しんでる友人がいたとして、そいつに自分は何をしてやれるのか。何を言えるのか。

偉そうなことは言えない、そう割り切って、ひたすら話を聞いてやるのか。

自分のことは棚にあげて、できるかどうかはさておいて、思い切り正論をぶつけるのか。

そのとき、自分の行動や言葉が相手に響くかどうかは、自分の普段の行いにもよるし、相手にもよると思う。
どちらが正解でどちらが間違いってもんでもないと思うけど、物凄く不安になる。

相手が大切な存在であればあるほど、迷う。全く自信が持てない。
自分の何かで、その人に影響を与えたくない。けれど、そのままでいたらきっと潰れてしまうだろうから、どうにかしてやりたい。

難しい。



iPhoneからの投稿

photo:01



今日はこんなところでお仕事。
寒いだけなら良い。雪は勘弁だ…屋根が滑ってかなわない。

ちなみに先日は
photo:02


こんなところにおとまり、もとい

photo:03


こんなところにお泊まり。

ここ数ヶ月、年上に目覚めつつも、やっぱ同年代の方が落ち着くなぁなんて思いを新たにしています。


…連れてってもらったスナックの女の子、可愛かったなぁ…←


iPhoneからの投稿
読んでからしばらく経ったけど、きちんと感想をまとめてなかったので改めて。

結論として、フィリップ・K・ディックの他の作品を読んでみたい、と思うには十分すぎる内容だった。

話自体は、よくあるSF、だろうと思う。
近未来、核兵器を本格的に投入して行われた最終戦争ののち、その残滓によって地球上の生物は次々に絶滅。残された人間のうち、大半が火星へ移住し、地球はほとんど廃墟と化していた。

…要するに指名手配中のアンドロイドをヒットマンが始末して行くっていう話なんだけど←

その設定の緻密さであるとか、心理描写の巧みさであるとか、そういう作家として当たり前の技術もさることながら、より衝撃を受けたのは、その思想。



この世界(地球側)において、「本物」の動物(家畜やペット)を飼うことは、それ自体がとんでもないステータスで、かつ、生物が身の回りにいること自体が、精神安定剤的な効果を果たす。
それは、自分たちの生活をぎりぎりまで切り詰めても手に入れたいと考えるほどのもので、けれど、誰もが生活を切り詰めた程度で手を出せるレベルの代物でもない。

そんな人々のために、「電気」動物がいる。ようするにロボットなわけで、つまりタイトルの電気羊が、それ。

この電気動物は、傍目には本物と遜色がない。「偽物」と知っているのは、飼っている当人だけ。もちろんひっくり返して腹をみたり、毛を掻き分けて電池の蓋を探したりすればあっさり分かることだが、それはマナー違反。理由は説明するまでもないと思う。


そんなわけで、たとえ電気動物を飼っていたとしても、それが本来「本物」が果たすべき役割をになってくれるかと言うと、全く違う。飼っている当人からすれば、かえって虚しさが募る。
そして必死になって、本物を求める。

さて、ならば。
アンドロイドは偽物で、人間は本物だろうか?
フィリップ・K・ディック言うところのアンドロイドと人間の違いは、その構造によるものでなく、もっと漠然とした何か。

その何かは、ぜひ読んで各々気づいて欲しいけど、とりあえずその辺の考え方が物凄く琴線に触れたんですね。当たりすぎて線が切れちゃうんじゃないかってくらい、どストライク。


めんどくさいのが嫌いな人には合わないんだろうなー…と思ったけん、映画化してるくらいだし、エンターテイメントとしても申し分ないはず。ストーリーはあくまでも王道だしね。

というわけで、読むのが面倒な人は映画観てみて。ちなみに俺は観てない←



iPhoneからの投稿