沢山の反応があって嬉しいです。
『いいね』ありがとう。
『離婚して良かったね。ざまぁww』とは思っていですのでご安心をwでは続きを
別居生活を始めてみてわかったことは、食べ物は出てこないし、洗濯物はたまる、冷蔵庫が大きすぎるし、暇であるということ。
元来、結婚前は一人暮らしも長かったので炊事洗濯はやれば自分で出来るということだった。
壇蜜が結婚した理由をこう書いていた『自分である程度生活できるようになった事を自己確認出来たので、結婚を決めた』と。なるほど、いい理由だとおもった。
丁度コロナも明け、昼の仕事も夜の仕事も始まりだしてくれて、暇になれば考え込み凹むので、何かをすることで凹む時間を減らすようにした。
それでも日々考えることは『どうにか離婚したくない』ということだけだった。
行動もおかしくなりバイト先の壁が汚れてる事が気になり朝から電気仕事なのに、深夜バイト終わりに1人、一生懸命に壁を掃除しはじめた僕をみて、オーナーママに『そういう精神状態だよね、、』と侘しく着物姿でお帰りになるのを壁を擦りながら見送った。
一日休みの日になれば、いつ妻が帰ってきても良いようにお風呂掃除からトイレ掃除、高校生以来にワックスがけをしてみたり、食器を全部洗ってみたり。
動いていないと落ち着かない身体になっていた。
そんな無理がたたってか、体調を崩しインフルエンザになってしまった。
どうにか自分1人で治してしまった時、僕は『あーあ、1人で治してしまった』と平熱になった体温計を見ながら疚しくなった。
1人で治してしまったことが悲しかったのだ。
不思議であるが確かに悲しい事だと思った。
分析するに妻がいなくてもなんとかなるんだということを完全認識してしまったのだと思う。
体調が戻ると僕の動いていないと落ち着かない行動も終わり、今現在、バイト先でこの文章を打っているが前方に壁の汚れが見える。なんともおもわない僕がいるw
壁は汚れるもんだろうとw
戻る。
別居中も時間をあわせて妻は、家にきてご飯を食べて賑やかに世間話してくれていた。
その後は『離婚したくない』と相も変わらず駄々をこねる僕に『ともありさんは友達もいるし、生活も1人で大丈夫やから』といって僕の駄々話を聞き続けてくれた。
『いや、1人の生活が嫌やねん』というと
『私は必要以上にともありさんの妻としてやらなきゃと、自分のキャパ以上のとこをしてしまう。それが疲れてしまったの』と、
僕が色んな事を求めすぎたのが原因とわかったので
『そんなことしなくてもいいから』と伝えても、
『本当はしてほしいことがわかってるから戻れない』と平行線をたどっていった。
なんて頑固な女と結婚したんだ。と何度となく思ったw
しかし、そこまで頑固にしてしまったのは僕のせいであるし、そんな芯の強いところが好きだった。
自業自得。唯一、妻の左手に鎮座した鈍く光る結婚指輪だけが希望だった。
妻は同時に『変わってほしくない』とも言っていた。
いや、変わらなきゃ一緒に生活できないのに何を言ってんだ??と、思っていたが今ならわかる。
妻は『離婚したい』と宣言した時から『一緒に生活する』というリングには立ってなかったのだ。
とうの昔にリングをおりて、帰宅しているのに、連日呼び出され、リングの真ん中でファイティングポーズを崩さない僕に『はよかえりやー』と私服で言いにきてたのであるw
それを知らない僕は新しく覚えたシャドーをこれ見よがしに披露していたwこんなパンチが打てるようになったんだよ、すごいでしょ!!と。
相手からすれば『知らんがな』であるw
それでも妻は時間をかけてこのアホボクサーをリングからおろそうと努力し、戦うなら別の人と戦いな。いいパンチはもってるんだからと励まし続けてくれた。
他人の話なら理解できていたと思うがアホボクサー当人の僕は『パンチ力か??ガードの技術がわるいのか??』と家で1人悩み、外野の『いや、相手はもうリングを降りて、家帰ってんで??』の言葉には一向に聞く耳を持たなかった。
正しくは持てる心理状況になかった。
汗を掻いてる当人は判断が著しく落ちるものだ。
否定的な意見を言ってくれる聖人達に『僕と妻の物語』だ。入ってくるなとさえおもった。
自分が相談しておいて(ゝω・) テヘペロ
そしてアホボクサーは誰にも頼まれずトレーニングを続けた。
そのトレーニングの最中、沢山の友人や先輩や後輩。それに音楽や小説やLIVE。何より時間という薬が精神を正しい方に向かわせ、ようやく僕はリングに一人、メタボ体型で立っているのが自分だけなのだと気付くことができたのだった。
話を聞いてくれてた先輩の1人が『ReP0』というTシャツをつくってくれた。おまえが着ろ。おまえが背負えということでモデルもさせていただいた。
『calm down Once back in please and try again 』
とそのTシャツには表記してある。
至言は言を去る。思い思いに意味を受け取ってくれたら幸い。ゼロに立ち戻れ。
是非アドレス飛んで観てください、欽ちゃんがよくきてる『LOCAL Tシャツ』も此処で売ってる。
ステマ??まぁステマでええですわ。買ってください。
再び、戻る。
ある友人は『大丈夫。他の男性と付き合ったとしても、ともあり君みたいな特別な感じにはならないよ。』という優しい嘘で煽ててくれたり
またある友人は『いや、ともありさん離婚したって聞いてなんもともありさんの印象かわらんわ。アホか。』とご鞭撻を賜り、
バツ付きの先輩から『こっちの世界おいで。ええやん。バツついたかもしれんけど、先にマルついてんねんから』とご教示いただいた。
なるほど、確かに自意識過剰だったかもなと、『恥』だ『不完全な人間』だ、と怖がっていたが、元来人間なんて皆不完全であるもので、バンドの世界なんて不完全見本市のようなものだw
そんな空気を吸ってて何を偉そうにカッコ付けてたんだと、付かないカッコは荷物になるだけだ。
心の焼却炉にぶち込んでチリチリに燃やした。
ただ自分の両親に報告するのだけが躊躇ってしまった。
40にもなって、親を泣かすことになるなぁと、、
案の定めちゃくちゃ泣かれた。辛かった。還暦もとうに過ぎた母の涙声は電話越しにもくるものがあった。
それでも両親は『頑張って生きていきなさい』と背中を押してくれた。
その勢いで離婚の承諾をした。
とは、ならなかったw
もうこの辺の時期の事はあまり覚えてもいないw
平坦で凪いだ日常が続いた。仕事をして寝て起きて土日になるとLIVEをした。
妻がいない別居生活にも慣れ、1人で生活できる事も確認した。部屋は綺麗に保たれていたし相変わらず太ったり痩せたりしていた。
『離婚』が僕の頭にインプットされ、何ら恥ずかしい事でもないことも理解した。自分の非も自分なりに理解した。
両親への報告も終え、『今でしょ!!』とどこかの塾講師の言葉が耳元を掠める。
それでも頑なに『離婚したくない』と言いつづけていた。
別居生活は10ヵ月を終え季節はまた秋になろうとしていた。
続きはまた明日。明日が最終夜。
