おはようございます。
ピグ大喜利を始めて1ヶ月ほどが経ちました。
昨夜、常連の方々に寄席エリアへ参加する際の留意点を教えてもらう機会がありました。
その際に興味深いキーワードが頻出したのでメモがてら残しておくことにします。
自分では考えてもみなかった(自分の思想と大きく異なる)事柄が多かったので、対比をとるためにぼくも自分の意見も並べていこうとは思うのですが、毎度のことながら「ネタばらし」みたいなことをせざるを得ない、噛み砕いてやらないととても伝わりきらないという現状には閉口辟易気味です。
まあ、ぼくは解説・説明・弁明・言い訳でご飯を食べてるので、一向に構わないのですが。
さて、その留意点とやらを箇条書きにしてまとめることもできますが、まずは結論から。
「寄席エリアでは、人を笑わせるために、他の誰よりも上回らなければならない。」
常連の皆さんはこれを肝に銘じているそうです。
「上回る」に色々な意味が集約されているので、昨夜あった実例を挙げつつなぞっていきましょう。
主役はKKTさん、ぼくと同じコミュメンバーです。前々回の記事参照。
「マコス軍団員がいないときも寄席エリアを見学してはいるが、どうも大喜利する気にはならない」と言うので、参加者4,5人のエリアにぼくと2人で大喜利をしに行くことにしました。
また、彼は司会の経験がほとんどなく、思うように回すことができないとの事だったので、その流れで更に別のエリア(0人)に移動し、「ほな今から司会とはどんなもんか教えたるわ」と、大口を叩いてレクチャーするという"ボケ"を始めました。(なぜ、これがボケだと説明するような野暮ったいことをするのかと言うと、伝わらなかったからです。後述)
先ほど居たエリアからも何人か常連を含む方々が流れてきたのですが、まずはここが第一関門だった訳ですね。
「何をエラそうなこと言うとんねん、ちょっと見てやるか」と思えるか、物事をおもしろがることができるかどうか、という面でふるいに掛けました。
見事突破されたのは、ふかおさん、マミさん、リンダさん他でした。
ところが残念なことに、こちらの女性陣はヘイトと虚栄心に衝き動かされていただけだったのです。
なんでも、「最近makosuっていういけすかねえ新人がいる」みたいな噂まで立っているそうでして。
リンダさんに至っては前回のピグ配信で完全に論破したので、相当根に持ってらっしゃる御様子。
興味を持ってもらえていることには変わりないのですが、私怨と情緒でお目々を濁らせた状態では、ぼくの意図する"ボケ"を汲む余裕は到底ありませんし、そもそもの目的が違います。
そしてぼくがKKTさんに対して、「おもしろいと思った回答には素直におもしろいと言いましょう」とアドバイスを送ったときに、その御三方がとうとう痺れを切らせます。
「それじゃあ回答が広がんねえから」
はい、確かにそうおっしゃいました。突然ものすごい剣幕で捲くし立てられたのをハッキリと覚えています。
ぼくとしては、「初心者や未熟者に対してある事ない事を吹き込む」という"ボケ"をしていただけなのに、さも鬼の首を取ったかのように、全力で"粗"に責め込む訳です。
役割的には、これが彼女達なりの"ツッコミ"なのかなとも考えましたが、次いで「makosu、あんたダメだわ。タイピング遅い。」という人格否定が続きましたので、やはりそういうことなんでしょう。
「回答の感想を言うだけでは広がらないのでダメだ」に話を戻すと、冒頭で述べた「上回る」ことに合致しているのがわかるかと思います。
「俺、私がおもしろくしてやってる」という意識が非常に強く、気の利いた切り返しができるか否かという一点のみしか見ていないようです。
これは前回の記事でも綴りました、もちさんと全く同じ傾向です。
彼らの言い分は「一旦『w』等で反応してるからもういいんだよ」、「それよりもっと広げて笑いをとれよ」なんです。
ボケの手柄を横取りし、全てさらっていく横暴なスタンドプレー。
反応(感想)やツッコミに割いている時間が勿体無いし、「w」の連打でレスポンスを済ませ、この後に控える自身の"本回答"のため時間を稼ぐ。
なので見かけは初手連想ゲーム。ボケにボケを被せて自分のものにしてしまう。
回答者は自分がおいしいと思う料理を出しているのに、「こうした方がウマイ」と言って片っ端からマヨネーズをブッチュ~味の素バッサ~です。
本当に美食を楽しむのなら、作り手の意図を汲み取った上で反応し、感想を言い、薬味程度で「こんな味の広げ方もあるよ」と提案すればよいのです。
化学調味料で舌がバグった自称グルメの常連には、素材そのものの味なんて到底理解できません。
「いかに俺のマヨネーズがウマイかを知らしめるか」しか頭にないのですから。
全ての過程をすっ飛ばし、皿とテーブルまでもをグチャグチャにして悦に入る、なんとも悪趣味です。
更にタチが悪い、質が低いのは、ここで使用されるマヨネーズや味の素が、定型文であることです。
どこにでも売ってるし、誰でも使えるし、「俺の~」と思い込んでしまっているのも気の毒です。
自身に能力がなくても、チューブを手に持つ僅かな握力さえあれば場の環境に順応できるのですから、見栄や体面を第一に考えた結果の行動としては適切と言えますが。
必ず後攻が勝つコピペ早撃ち合戦。もはや大喜利と呼べるものではありません。
「寄席エリアでは、人を笑わせるために、他の誰よりも上回らなければならない。」
さて、改めまして冒頭の文章です。
ぼくはこの言葉を最初に聞いて、えも言われぬカルト臭さみたいなもの、強迫観念に囚われ妄信を続けているような印象を受けて気味が悪かったんですが、ここまで読んだ皆さんはいかがでしょうか。
そこまでは至らなくとも、「気負いしていて余裕が無さそうだ」とは思いませんか。
本人達は「タノシー、自分が楽しむためにやってる、だからタノシー」と口を揃えて言います。
もはや言い聞かせているというか、そう言うしかないというか。
もっと余裕をもって、大喜利してみませんか。
目ざめよ!
(ものみの塔 2013年7月号)
