支持率が落ちて

 

慌てて低姿勢になってみせたところで

 

衣の下の鎧は隠せない

腹心の友との付き合いの中で

 

獣医学部の話が出ない方が不自然であろう

 

 

都合が悪くなれば

 

記憶も記録もなくなる

 

随分と都合の良い話だ

最近のゾンビ映画は

 

すでに「ゾンビ」というべきか

 

甚だ疑問に思うものもあるのだが

 

共通するところは

 

人としての尊厳を失い

 

あるものは無気力に街を彷徨い

 

あるものは生存者に牙をむく

 

そう言った構造のみである

 

なぜ人はゾンビ映画に魅せられるのか

 

無気力に街を彷徨うゾンビに

 

時代の閉塞感を感じているのか

 

生存者に牙をむくゾンビに

 

社会に対する怒りのはけ口を見出しているのか

 

いずれにせよ

 

世界を覆う「理想」というメッキが急速に剥げ落ちている時代だからこそ

 

ゾンビ映画が流行るのではないだろうか、などと思う

 

 

この国において

 

雇用の流動化とは

 

人材もまた

 

Just in Timeの部品として扱うということ

 

雇用の流動化は

 

受け皿があってこそ成立するのだが

 

一度椅子取りゲームで椅子を失ったものは

 

雇用の流動化の名の下に

 

永遠に椅子の周りを周り続け

 

短期的に主人を失った椅子を温めるチャンスに

 

一縷の望みを繋ぐことになるのだ

 

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貧困に沈むものたちは

 

自己責任の結果と切り捨てられ

 

街には困窮した老人たちがゾンビのように群れ歩くのだ