こんばんは。
先週末から、風邪を引いていました。
体調不良を押して、大学でコースの新歓に幹事の一員として参加して夜通し騒ぎ、
翌日は朝から実家の稲刈りを手伝い、
この時期に台風が2つも近くを通過するという珍しいイベントを乗り越え、
やっと、今年も大きなイベントを無事に乗り越えることができました。
これで美味しいご飯にありつくことができる。。。
新米の出来が楽しみです。
稲刈りが終わって家に帰ると、予想以上に体が疲弊していることに気づき、、、日曜はずっと家で横になり、体調回復に専念しておりました。
日中寝ていたおかげでこの時間に目が冴え、更新に至っているという次第です。笑
今回は帰省中にふと考えていたことについて。
気分を害されるかもしれませんが、若者の戯言だと読み飛ばすなりこのページを閉じるなりして下さい。
台風が接近して、稲刈りの作業を続けるのが難しいと判断し、その日は家に帰らず、実家でたらふく飯を食ってから床についていました。
久々の実家ということもあり、リラックスできたのか、深い眠りに落ちて朝を迎えました。
日頃から目が覚めても布団からなかなか出られない自分は、朝になって起きても例のごとく布団にくるまっているうちに、ふと
「こうやってずっと眠り続けていれば、一番幸せに人生過ごせるんじゃないか」
などということ思っていました。
そんなくだらないことをまた考えるから俺はダメなんだよなー。。。ゆとり思考の俺乙!と
その時は特に気にすることもなかったのですが、
そのうちに自分が本気でこんなことを感じているのではないかと思うようになりました。
そんな結論に達してしまえば、今自分が取り組んでいる全ての物事が無くてもいいものだと否定されることにつながってしまう。
俺と関わってくれたいろんな人との関係が要らないものだったということになってしまう。
そんなわけがないと頭ではわかっていても、心のどこかで浮き沈みのない、誰ともつながりを持たず、平らで何もない日常を望んでいる自分がいることに段々気づいてきました。
俺は恐怖を感じました。
自分がすごく情けなく、怠惰な人間であることを自覚してがっかりしました。
今の自分の生活は、先人が日常という戦いの中で、あるいは本物の戦争を経て勝ち取った平和の下で、人々の生活を少しでも向上させようという努力の上に成り立っているものです。
そんなわけがないと頭ではわかっていても、心のどこかで浮き沈みのない、誰ともつながりを持たず、平らで何もない日常を望んでいる自分がいることに段々気づいてきました。
俺は恐怖を感じました。
自分がすごく情けなく、怠惰な人間であることを自覚してがっかりしました。
今の自分の生活は、先人が日常という戦いの中で、あるいは本物の戦争を経て勝ち取った平和の下で、人々の生活を少しでも向上させようという努力の上に成り立っているものです。
日常でも、家族や仲間をはじめとする人に自分の気付かないところで助けられながら、
支えられて生きることができている。
そのことに気づいていながら、
感謝の気持ちを真に感じることができず、
自分だけぬくぬくと閉じこもっていたいと感じている自分が情けない。
情けないと思いながらも、自分の怠惰な気持ちが嘘偽りのない真実であることが怖くなってきました。
日頃から自分はあまり熱の無い人間で、
恋愛も飽きっぽく、淡白で長くは続かず、
情熱を持って生きている人を目にして、羨ましい、こんな人生送ってみたいと思いながらも、
俺にも負けず頑張り続けることができるものを持っているはずだと思っていても、
真に情熱を傾けて続けてきたといえるものはほとんどありません。
甘えた生活を送り、ぬるま湯に浸かり続けたことで、暇でクソな考えが頭に浮かぶようになりました。
何のことはありません。俺は怠惰で、どうしようもない人間なのです。
22年も生きた結果、こんなことを考えてしまう自分が恥ずかしいです。
無感覚な自分でいることが悔しいです。
親に、家族に、親友に、身の回りで関わっている人に本当に申し訳ないと思います。
つまらない人間でごめんなさい。
ただ、ビビリでヘタれのくせに、頑固なところもあるというへそ曲がりの俺は、現状では一生寝て過ごしたいと感じている一方で、そんな人生が一番楽しいわけがないと考える、ノミ一匹程度にはマシな脳みそを持っていました。
人生=暇潰し
という結論に至るのはまだ早い。まだ長い人生、一日一日を本気で生きてみて、これ以上はできないと言えるくらい気張ってから考えてもいいんじゃないか
と思うようになりました。
元々怠け者で大したことのない自分。
失敗や恥ずかしい経験をしても失うものは何もないし、保守に入る必要も意味も全くない。
ならば少しでも現状を変えられるよう、新しい可能性に思い切ってチャレンジするべきだと、
駄目な自分を少しは認めて、その上でどうすべきかという方向性を定めました。少なくとも今は、それが自分の正しい生き方だと信じています。
へそ曲がりでビビりの俺はこれからも、道半ばで諦めたり、中途半端な結果に終始してしまうかもしれません。自分のダメさを今でも心の底から認めることができていないのかもしれません。
それでも失敗するたび、壁にぶつかる度に何度でも駄目な自分と向き合うことになります。原点を見つめ直すことになります。
時間はかかるかもしれませんが、常に感謝の気持ちを忘れず、誰かのため、社会のために情熱を注いで、生産性のある日常を過ごせる人間になりたいなあと、自分なりに、本当に思っています。
長々と駄文を連ねました。
鹿児島も朝晩はかなり冷えるようになってきました。俺みたいに風邪をこじらせないよう、暖かくしてお過ごしください。。。
したらば
支えられて生きることができている。
そのことに気づいていながら、
感謝の気持ちを真に感じることができず、
自分だけぬくぬくと閉じこもっていたいと感じている自分が情けない。
情けないと思いながらも、自分の怠惰な気持ちが嘘偽りのない真実であることが怖くなってきました。
日頃から自分はあまり熱の無い人間で、
恋愛も飽きっぽく、淡白で長くは続かず、
情熱を持って生きている人を目にして、羨ましい、こんな人生送ってみたいと思いながらも、
俺にも負けず頑張り続けることができるものを持っているはずだと思っていても、
真に情熱を傾けて続けてきたといえるものはほとんどありません。
甘えた生活を送り、ぬるま湯に浸かり続けたことで、暇でクソな考えが頭に浮かぶようになりました。
何のことはありません。俺は怠惰で、どうしようもない人間なのです。
22年も生きた結果、こんなことを考えてしまう自分が恥ずかしいです。
無感覚な自分でいることが悔しいです。
親に、家族に、親友に、身の回りで関わっている人に本当に申し訳ないと思います。
つまらない人間でごめんなさい。
ただ、ビビリでヘタれのくせに、頑固なところもあるというへそ曲がりの俺は、現状では一生寝て過ごしたいと感じている一方で、そんな人生が一番楽しいわけがないと考える、ノミ一匹程度にはマシな脳みそを持っていました。
人生=暇潰し
という結論に至るのはまだ早い。まだ長い人生、一日一日を本気で生きてみて、これ以上はできないと言えるくらい気張ってから考えてもいいんじゃないか
と思うようになりました。
元々怠け者で大したことのない自分。
失敗や恥ずかしい経験をしても失うものは何もないし、保守に入る必要も意味も全くない。
ならば少しでも現状を変えられるよう、新しい可能性に思い切ってチャレンジするべきだと、
駄目な自分を少しは認めて、その上でどうすべきかという方向性を定めました。少なくとも今は、それが自分の正しい生き方だと信じています。
へそ曲がりでビビりの俺はこれからも、道半ばで諦めたり、中途半端な結果に終始してしまうかもしれません。自分のダメさを今でも心の底から認めることができていないのかもしれません。
それでも失敗するたび、壁にぶつかる度に何度でも駄目な自分と向き合うことになります。原点を見つめ直すことになります。
時間はかかるかもしれませんが、常に感謝の気持ちを忘れず、誰かのため、社会のために情熱を注いで、生産性のある日常を過ごせる人間になりたいなあと、自分なりに、本当に思っています。
長々と駄文を連ねました。
鹿児島も朝晩はかなり冷えるようになってきました。俺みたいに風邪をこじらせないよう、暖かくしてお過ごしください。。。
したらば





