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斬新なタイトルに逆に心が引かれました。毒といえばおどろおどろしい感じがしますが、毒は愛の裏返しという事を、私はホメオパシーを知る前から理解しています。毒=それはどんな愛なのだろう?由井先生はどんな愛を表現し、どんな愛を、何を伝えたいのだろう?そう思いこの本を手にしました。



第1章

苦しみをのみ込むな!この言葉を読んだ時、心が止まりました。


「苦しみを のみ込むな!」


もう1度目で言葉を追ってみました。その途端に涙がボロボロと流れ落ちて行きました。

ただただ涙が流れ、私はその先のページをめくる事が出来なくて、そのまま本を閉てしまいました。



私はどれ程の苦しみを飲み込んで来た事だろう。。。。そう思った。



とめどなく流れ落ちる涙に、自分が思っていた以上に、自分が感じていた以上に、私はどれだけ苦しみを飲み込んで来たのだろう。。。と深く深く理解しました。もう飲み込めない事は分かっているのに、それでも苦しみを飲み込んで来た自分がいました。


確かに無理やり飲み込まされてっ事だってあるでしょうが、それでも飲み込んだのは自分なのだと思います。

喧嘩になるから。自分に負けたくないから。弱音を吐くことは自分から逃げる事ではないのか?言い返したら相手も傷つくのでは?

自分で自分を縛り、もっと、もっと頑張らなくては。。。自分で自分にこれでもか!とムチ打ち、苦しみを飲み込んで来たのは自分自身でした。


まず、苦しみを飲み込み続けてきた自分に気づく事からですね。

私は「苦しみをのみ込むな!」の言葉にボロボロと涙を流すまでの反応をしました。

そんな自分にびっくりですが、その反応のお陰で「苦しみを飲み込んで来た」自分に気付く事が出来たのです。

そんな自分に気付けて、飲み込んで、苦しい、痛い、心がまだまだ癒えてはいない事を知りました。

誰がそうした、こうしたではなく、誰かのせいではなく。

今、自分の心が傷ついている。その自分を癒す事から始めて行こうと思います。


毒と私を読み思わって、ホメオパシーについて。真実とはなにか?。寅子先生の壮絶な体験から導かれた思いに深い感銘を覚えずにはいられません。そしてなにより日常に起こる嫌な事に思える事のとらえ方。解釈のしかた。自分に置き換えてみました。


夫から、これでもか!と浴びせられる侮辱、屈辱の言葉を飲み込んできました。どうしてそこまで言われなくてはいけないのだろう?極めるつけは私の父が亡くなって1カ月も経ってないにもかかわらず、お盆に東北の震災地を見に行く事を進める夫に、まだ四十九日も済んでいない事もあり、出掛けることをちゅうちょすると伝えた時、夫は「喪に服したいのか!」と私をののしった。私はそれから沈黙を通している。どうしてそこまで言われなくてはいけないのか?私は何を学ぶべきなのか?


それが有り続けたのは、私が苦しみを飲み込み続けて来たから、そしてまだまだ飲み込み続けているから、その自分に気付くために、それらの出来事は手を変え、品を変え起こり続けると言う事なのですね。


別居中の夫は、貴女がなぜ怒っているのか分からないとメールをよこしてきました。


苦しみをこれでもかとぐっと飲み込む事ではなく、ここぞとばかり吐きだすことでもなく。

ちゃんと伝えようと思いました。なぜ私が傷ついたのか。。。なぜ私が怒ったのか。。。


体は感染体により(病の気で)症状として鼻水や発熱が起こる。


人は怒りが沸き起こるけど、怒りとは、その前に心が深く傷つく事だと思う。

その傷ついた痛みに比例して、心の症状として怒りは現れるのではないだろうか?私にはそう思えてならない。


又弱い動物が追い詰められて攻撃する様に、攻撃の前にきっと恐怖があるのだろう。。。。そう思う。


深い気付きに導いて頂いた1冊でした。感謝致します。