彼女を追うべきなのは、わかっていたのに…。
1人になった彼女が、うちひしがれているのはわかっていたのに…。
やることなすことが、ことごとく不正解❌の沼に飲まれていきました。
時間⏳は何も解決してくれませんでした🙅
会話もなく、機械的に出勤します👩🔬
帰宅しても静かな家庭には、こども👧を望んでいる、慈愛に満ちた空気は有りませんでした![]()
(もう全部駄目かな…
)
私は後ろ向きに、人生を歩み始めました
ボンヤリと離婚について考えていました…🤔
そんな、ボウフラ🦟のように弱い私と比べ、妻はずっと前を向いていたのです
ある日、ふと話しかけてきました。
いつもの、優しい妻の声でした。
治療も辛かったんだ。病院も変えてみて。どう
だろう
』
夫が腐ったミカン🍊のように無気力に生きている内に、彼女は新しいクリニックを探して🔎いました。
なに遠くないよ
』
藤沢までは電車だったので結構かかりましたが、何だか、それさえも楽しみになってきました
今度こそ、できそうな気がしてきました
久しぶりの明るい💡気分でした。
クリニックは明るく綺麗で、先生の対応も良かったと思います。
初心受付で、同じ聴取を繰り返します。
再度、検査しましたが、やはり双方とも異常はなし🙅
段階的に、難易度も費用も高い治療を進めていきました。
現在では、不妊治療も保険適用がきくものもあるそうですが、当時は全額自己負担だったので、
とか簡単には言えません。
実際、私達は1年半で終わりましたが、それでもファミリーカーなら新車が買えるか、あるいは結婚式💒をあげられるくらいは出費💸がありました
色々試しましたが上手くいかず…
細かい治療法や時系列は不思議なほど記憶にありません。
きっと、辛すぎた記憶は、脳
が奥深くにしまいこんでしまったのでしょう。
なので、記事にも間違っている箇所はあるかもしれませんm(._.)m
最後に…
👨⚕️『顕微授精を試してみますか
』
と医師から提案がありました。
顕微授精🔬とは、母体採取した卵子に対し、顕微鏡で観察しながらガラス管で直接精子を注入💉する方法です。
勿論、高難易度、ハイリスク、高費用💸です
なかったとあきらめよう…』
意思決定はできました
長い、長い迷いの果てに…。
卵子の採取から始まりました。
4個取れたのは覚えています。
今は卵子の評価も昔とは変わっているそうですが、当時は卵子の形などでランクが決まっていました。
確か、A~Dとか、そんな感じでした🤔
丸い綺麗な形がAランクで、歪になるほどランクが下がっていきます。
確か…A、B、Dがあったように覚えています。
どれから始めたかは覚えていません。
確か、Aランクの卵子を使った時でした🤔
👨⚕️『おめでとうございます👏』
それは…あまりにも突然過ぎる妊娠でした👶
驚きすぎて、やす子のような奇声が出てしまいました
医師の言葉が耳の奥で鳴り響き、いつまでも実感が沸きませんでした…。
ようやく、妻と顔を見合わせ、笑い合うことができました

