金曜 朝5時
病院到着
地下の駐車場から3階の出産棟までも
何度も止まらないと
歩けなく
そのたびに旦那にテニスボールで肛門を抑えてもらう。。。
朝だったので病院はひっそりとしていて
はずかしくはなかったのですが
昼間だとけっこうはずかしいかも。。。
やっとついた出産棟
やっと病院に来させてもらえた!
産める!
ころちゃんにもうすぐ会える!
という気分でいっぱいでしたが
その後16時間かかろうとは
その時まったく思いませんでした(だれも)
出産用の個室に通され
大きなベッドに横たわる
(陣痛から出産までをこの部屋ですべて終えます)
1人目助産師(黒人)
のっそのっそとのんびりモードでやってきた
黒人のおばさん
妊娠中の記録を一通りチェックして
特に問題のない妊婦の出産であることを理解し
どういう出産にするかと聞かれる
まず現在の痛みには注射をおしりに
その後、ガスエアーを使うか
エピヂュアル(硬膜外麻酔)を使うかを聞かれる
とりあえず注射におしりをしてもらい
ガスエアを吸って
子宮口が開くのを待つ
そうこうしていると
黒人おばさんの勤務が終了らしく
おもむろに引き継ぎを始める。。。
2人目助産師(スペイン人カルメン) 朝9時
今度のカルメンは30代の元気な感じの女性
研修生ドミニク(男)も一緒に参加
(初めはえっ!?とおもったが、なかなかの好青年で、いてもらってよかった)
子宮口は4センチ開いていて
エピヂュアルを使うには8センチまで開かなくてはいけないといわれる
あと何時間かかる?
ときくと
「あと4時間かかるわね
だけど、あなたはガスエアの使い方も上手だし
ガスエアで乗り切れるかも、もしかしたらそれより早く出産できるかも」
という言葉で励まされ
エピは使わないということでがんばることにする
しかし、
かんじんの陣痛の間隔は短くなることはなく
小康状態が4時間ほど
その間バランスボールにまたがり(このボールのおかげでテニスボールとはお別れ)
水を飲んだり、トイレに行ったり。。。
カルメンには内診を2回してもらったけど
これが、死ぬほど痛かった!
(手を全部突っ込んで、子宮の中をかき回しているんじゃないかと思った。。。)
14時頃になって何か食べなければ体力がもたないといわれ
旦那の作ってくれたおむすびを
夢中で食べる
中に梅干しがはいっていたのは覚えている
出産が長引いたせいか
ドクターのような人たちが2人ぐらい
みにきて
大丈夫か?みたいなことをいわれる
エピを使ってもいいし、帝王切開もできるといわれ。。。
かなりびびってしまう
陣痛促進剤を打つこととなる
手に太い注射をさされる
陣痛が強くなってきたので
ベッドに移り、いきみだす
カルメンの励まし、掛け声でやってみるものの
最初は全然やり方がわからず
旦那の「ちがうよ!」という声がよく聞こえていたような
息を止めていきむ
ということがよくわからなかったんだとおもう
カルメンの手によって出産はできなかったけど
彼女の上手な励ましはすごく助けになったし
すごくいい助産師さんだった
そんなこんなで夜の8時頃になり
またまた勤務終了で
助産師交代!
カルメンはあっさり帰っていく。。。
金曜 夜8時過ぎ
3人目助産師(おばさんの黒人)
またまた余裕の登場
さて、今晩も一仕事しようかしら。。
てなかんじ
(こちらは、陣痛最高潮のころ、ベッドでもがいているのに)
動きがのろのろしていて
研修生も旦那もイライラしはじめるのがわかる
このころになるともう
「いきむ」しかなかったんだろうとおもう
股の間にはころちゃんの頭らしき感覚のものがしっかりかんじられていた
はやく出したくて仕方なかったけど
黒人おばさんの御許しは出ず
とりあえず微熱が出ていたので
何を着ているかチェックされ
あなたは着すぎよーてなかんじで
真っ裸にされる(正しくは靴下のみの真っ裸)
そして、おしっこがたまっているので導尿されると
ぴゅーーーーと
これまたおもしろいほどに大量の尿が噴水のように出る
(おしっこが陣痛を止めていたのではないかと。。。おもう)
その後、陣痛ももっと強くなり
最終ステージへ
陣痛の波が来るたびに
いきむものの
なかなかコロちゃんは見えず
何回かいきむと
旦那が「見えてきた!」と
私はガスエアーでかなりらりっていて
ゆっくりしか話ができなくなっているので
「どおのおくらいーみえてるのおーーー」
「頭の毛が見えてるよ」
旦那が自分の頭で教えてくれる
そのころ痛いという感覚はもうなくなっていて
はやくこの戦いを終えたいとしか
思わなくなってきて
「うんこするみたいにいきんでーーーーー!」
といわれ
ほんとに大きいものが出ようと
全く恥ずかしくはないという気分で
とにかく終わりたい
終わらしたいということしか考えられなくなっていた
やっぱりでないので
会陰切開をされる
旦那曰く始めは真ん中を少し
それでも出なかったので
斜めに少し長めにきったらしい
ガスエアはもう使うなといわれ
自分のお尻を持ち
顎を引いて
いきめ!
という黒人助産師の指示通りすること数回
自分でもすごい悲鳴を2,3度だしていたのは覚えてます
すると、ころちゃんの頭がどんどんでてきて
そのあとつるりと身体が全部でてきて
めでたく
コロちゃん誕生!(金曜日夜9時頃)
(私は数秒意識を失っていたんだと思うけど、ころちゃんの鳴き声も聞いてないし
気がついたらへその緒のついたころちゃんが、胸の上にどさっと置かれておりました
それはそれは、驚きました。こんなに大きなものが私のお腹の中にはいっていたなんて。。。
感動というより、終わった喜びの方が強かったです。正直。)
旦那がへその緒を切る
鳴き声が弱かったのは
気管に羊水がたくさんはいっていたためで
吸引後は大きな泣き声に
すぐに体重を計り
ビタミンKを注射し、粉ミルクをのませ
(このころ、私は爆睡していました)
また、私の胸の上で
頭の形はおかしくなっていたけど
やっと、
生んだんだなーという感動が
じわじわと
その後
胎盤搬出(実際見ましたが、大きいですね)
傷の縫合(傷をお湯で消毒する時がまた、地獄のようで、ガスエアをまた使ってしまいました)
など
シャワーを浴びろといわれたものの
全然無理だったので拒否し
トイレは行ってみるかと、ベッドを立ったところ
じゃーーーーとおしっこがとめどなく(ゆるんでいてまったく止めることができませんでした)
1リットルはでていたような
べッドわきが水浸し。。。
なんだかんだで
終わったら夜の11時半でした
その晩は病院に泊まり
旦那はお家へ
土曜日に帰れると思ったものの
日曜日のお昼にやっとお家にかえられるのでした
この4日間で睡眠3時間ほど
出産で眠れなかったのとその後の興奮状態のためかほとんど眠られないのに
いきなりあかちゃんといっしょで
でないおっぱいを必死で与え。。。
この時がいちばんしんどかったな
助産師が3人も変わるものの
みんなとってもプロフェッショナルで
ほんと
改めて、イギリスで産んでよかったと思います
月曜日には助産師が3日に1回ほど自宅訪問(2週間)
赤ちゃんの体重を測ったり、私の傷をみてくれたりと
外出できないので自宅に来てくれるシステム
いい加減なイギリスという話をよく聞くけれども
お産に関してはすべてきちんとシステム化されていて
困ったことはありませんでした
これから育児ブログをかこうか迷っていますが
また、落ち着いたら
いろいろかきたいとおもいます
長い文章を読んでくださってありがとうございます
赤ちゃん最高!!
