藤崎彩織『ふたご』とSEKAI NO OWARIについて
小説『ふたご』は、どういうジャンルに入れていいのかわからないが日本のポップミュージックバンド『SEKAI NO OWARI』(通称『セカオワ』)でピアノやキーボードを担当しているsaori(以下登場人物の敬称略)こと藤崎彩織が書いた小説である。直木賞候補になってメディアで取り上げられたのでそれを目にした人も多いだろう。 ご存知の方が多いと思うが、直木賞と芥川賞は文芸春秋社の本の売上を伸ばすために菊池寛が作ったものであり文芸春秋社が主催している。だから文芸春秋から発売された作品が受賞に有利だと聞くけれど、『ふたご』の出版元は文芸春秋社だ。 だが、文学ファンが多少疑問に思いそうな点は、この作品は藤崎彩織が初めて書いた作品ということだろう。直木賞はどちらかと言えば、過去に何作かを著して評価を受けている作家に送られるからだ。処女作なら普通は芥川賞にノミネートされるところだが直木賞候補となったのはもしかしたら原稿の枚数が多いためかもしれない芥川賞に選ばれるのはだいたい百枚程度までのようだが、直木賞に挙げられたのは何か編集者あるいは文芸春秋に考えがあってのことなのだろうか。 私たちは何の 違和や 齟齬もない自分と双生児のような存在が自分の身近にいることを願っているものだ。特に恋愛の対象としてならよくあることだろう。この作品のテーマもそこにあるようだ。登場人物の月島はセカオワのボーカルFukaseをモデルにしたと思われる。 作者はこのように語っている。ふた ご。 その 言葉 を 他人 に対して 使う と、 生々しい 響き に なる。 まるで 生まれ て 初めて 聞い た 音 や、 見 た 景色 も、 同じ みたい だ、 と。 彼 は、 私 の こと を「 ふた ご の よう だ と 思っ て いる」 と 言っ た。 このように書かれているから「ふたご」は月島が言い出した言葉らしい。 だが彼女はこのように綴っている。ふた ご の よう だ と 思っ て いる。 彼 は 私 の こと を そんな 風 に 言う けれど、 私 は 全然 そんな 風 には 思わ ない。 彼女はずいぶんクールな感じがする。でも、自分は彼とは違う立場なのだと自分で思いたいのかもしれない。他人に自分のことを決めつけられることに抵抗感があるのは感性の鋭い人間にはよくあることだ。 時として自分に対し理不尽に暴力的な態度を取ったりする月島。彼と自分は違っていると思いたいか、あるいはそういう彼と同じ衝動があることを自分では認めたくないのだろうか。「でも、 本当に 重要 なのは、 ルール の 意味 じゃ ない ん だ と 思う」この言葉に対して投げかけた彼女の疑問に彼はこう答える。「ルール を 守る こと、 だ よ。 ルール の 意味 が 重要 な ん じゃ ない。 ルール を 守る という こと に 意味 が ある ん だ。 学校 では それ を 学べ って こと だろ う」 ここは二人の間におそらく初めの時期、確かに違和があったことを語っているのかもしれない。彼は彼女の想像外の世界の存在だったようだ。 自分との違和によって、人は相手に興味を持ったり惹かれたりする。特に、はじめの段階で、それは重要だ。 彼女は彼がアメリカに留学する時、送っていく彼の家族と一緒にLAまでついて行く。彼女の母親はそれに異を唱えず、むしろ協力的だった。二人は双方の家族からもそのように認められた関係だったようだ。彼女が日本に帰ってから、留学中の彼は彼女に電話してくる。どうやらむこうの生活に馴染めないようだ。電話口で彼はパニック障害の発作を起こして倒れてしまう。ここには彼の彼女に対する強い依存心が存在したことが見て取れる。 結局、ADHDの診断を受けた彼は日本に帰ってくるのだが、彼女の家を訪れた彼は逆上してカッターナイフを突きつけるなどトラブル続きで精神病棟で過ごすことになってしまう。医者が彼に他者への攻撃のおそれがあることをを感じて保護入院を勧めたためだ。彼の父親は彼女に彼と会わないよう求める。父親は彼女が何らかの原因となっていることを悟っていたのだろう。 <私 は 小学校 に 入学 する 前 に ピアノ を 始め た。 学年 が 上がる につれ、 友達 と 上手く コミュニケーション を 取れ なく なっ て くる と、 その 分 だけ ピアノ の そば で 過ごす よう に なっ た。 「なっちゃん って、 友達 い なかっ た の?」 月島 が 唐突 に 聞い た。 「うん……。 どうして なのか、 いつも 上手く いか なく て」 「じゃあ いじめ られ て た の? 画鋲 とか 椅子 に 置い て あっ たり し た?」 彼は冗談めかしてこう言う。彼女のことを理解してない感じだ。 彼女の努力は自分のあるイメージを実現するためにあったのかもしれない。彼女の理想とするアートや音楽、ミュージシャン、そういったものの実現。 バンドにおいて彼女はレコーディングディレクターや舞台のプロヂュースを担当している。ということはセカオワの「不思議の国のアリス」を彷彿とさせる魅力的な世界観もsaoriが作り出したものということになる。もちろんそれはFukaseの書いた詞のイメージとの相乗効果から生まれてきたものに違いないだろうけれど。 <ifram saoriはインタビューに答えてボーカリストとしてのFukaseの溢れる魅力を語っていたことがある。 恋愛とはそういうものだと言ってしまえばおしまいだが、相手に対する何らかの期待を実現しようと考えたりもする。これは喜劇のような悲劇にもなる。 saoriと出会うことがなければFukaseにはミュージシャンとしての成功はなかったかもしれない。ひとりの精神障碍者として一生を送ったかもしれない。 第2部ではバンドが工場だった地下室を借りて、そこをスタジオ兼ライブハウスにするため共同生活に近い暮らしを始める。このことは広く知られている話だがセカオワのメンバーがいわゆるセカオワハウスで生活を共にしていることはよく知られていることで、その前段階と言える。 Fukaseはこの計画に対してきまぐれにアイディアを述べるだけで資金面についてその他の具体的な行動は何ら行わなかったようだ。現実面の物事に向き合う能力に欠けているのだろう。その問題はsaoriや他のメンバーがクリアしてくれたのだ。 saoriとFukaseのそれぞれが出奔した後、京都での再会から生まれた名曲『RPG』について、この作品の中に述べられている箇所はない。だが、この話はインタビューなどで広く伝えらえている。 またsaoriの鬼気迫るピアノ演奏が印象的な楽曲『幻の命』について触れられた部分もないようだ。 『幻の命』はファンの間ではsaoriがFukaseとの間にできた子供を中絶した経験が歌われているとまことしやかに囁かれているが、若手俳優と入籍し昨年末に彼との間の子供を出産したばかりの彼女にそれについて語ることを求めるのはあんまりだろう。 saoriが詩を書いた曲は英語詞の『SOS』や合唱コンクールのために作られた『プレゼント』があるが 彼女の個人的な心象風景を綴ったような後者がまさにFukaseと双子としての自分を表した彼へのラブレターだと思えるのは私だけだろうか。</ifram