永平寺で般若心経を読経 

 

西国三十三か所観音を巡礼する途中にふと般若心経の意味が巷で説かれている事と違う事だと思えて来た。 深波羅蜜は六波羅蜜が説かれる前に存在していた、仏陀に観音の教えを聞かせたのは南海大師を通した観音自体で有った、観自在菩薩が照見したのは転生した舎利佛であって 全ての人に色即是空空即是色が当てはまる訳ではない、羯諦羯諦はマントラではない、プラジュナ・パラミタ・フリダヤである。 そんな様な事が急に思い浮かんだのである。