前回の「三芳野神社」のすぐ隣にあるのが…「川越城」本丸御殿
1842 (嘉永元) 年に「川越藩」第4代藩主・松平 斉典が造園した武家風の落ち着いた佇まいで
17万石「川越城」の遺構

そもそも「川越城」は…
扇谷上杉持家が…
古河公方足利成氏に対抗するために 家臣の太田 道真・道灌父子に築城させた平山城

“大手の「小田原城」”
“搦手の「川越城」” といわれるほど 江戸にとってはとても重要な役目を担っていたそう
1590 (天正18) 年 豊臣 秀吉の小田原征伐では…前田 利家に攻め入られ降伏
時代は江戸時代になり 徳川 家康が「江戸城」に入ると…家康の重晨・酒井 忠重など有力な譜代大名が城主になったとか

1639 (寛永16) 年には…江戸幕府の重鎮として知られる松平 信綱が城主になり大規模な整備を行い 本丸や天神郭・二の丸・八幡郭・三の丸などの他 本丸の西南隅に「富士見櫓」をはじめとした3つの櫓と12の門を設置
総敷地面積は…46,000坪にもなるという

受付で…100名城スタンプを押してもらって…24城目ゲット !!
せっかくなので…中を見学することにした (大人¥100)

中に入ると…いくつか部屋があって それらの部屋を取り巻くように重厚な廊下がある

部屋の装飾などは最低限に留められているようだが…

大広間の部屋を仕切る襖には…

見事な杉戸絵が描かれていて 御殿というのにふさわしいものになっている

家老詰所も再現されていて…
本丸御殿に勤務していた藩の家老たちの部屋
なんでも…参勤交代で藩主がいないことが多く 実際に藩政を取り仕切っていたのは家老だという話もある

「川越城」本丸御殿は…埼玉県の有形文化財に指定されている
