今週は、・・・調子がいい!
殻から抜けた感じ!
もうこのまま悩むことはないんじゃないか!?ってくらい!
もちろんそんな事は無いだろうけど(^ ^)
ただ、一昨日あんなにステキな気持ちになったのに、既にどんな感情だったか、何故そう思えたのか、忘れてしまったことが少し悲しい。
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ずっとずっと、モヤモヤしていた、私自身について。
友達が言うとおり、私は努力家なのか?
家族の言うとおり、私は努力を惜しむ人間なのか?
いつも前向きで、困難の中みんなが悲しい顔をしても笑っていられる人?
でも、些細なことですぐに落ち込んじゃう。
いつも真っ直ぐで頑張り屋さん?
いつも楽することばかり考えてる人?
真っ白?
それとも黒?
ぜーんぶ、わたし。
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疲れるから努力したくない。できれば楽したい。
コストパフォーマンスは良い方がいいに決まってる。
一生懸命努力して手にするより、楽に手に入れたい。
辛い思いをするより、いつも幸せでいたい。
泣くより、歯を食いしばるより、いつも笑っていたい。
高校の頃からの、私のこんな思想は、日常生活に嫌なことの少ない、いつも幸せな気持ちで満たされている私を創った。嫌なことは、切り口を変えて考え、いつもポジティブに捉える。
いつも楽しく夢中に物事に取り組んで、結果も上々!
宿題なんてやらなくても好きなことだけやっていれば、得意科目はテストも高得点!
宿題や受験勉強をすることができなかったことを除けば、順風満帆そのもの。楽しむことを第一に、努力は極力してこなかった。だって、それが一番結果も残せるし、勉強や家族との関係を除けばすごく幸せだったから。
ただ、やっぱり毎日顔を合わせる両親とは、もっと仲良くしたかったな。いつも笑顔でいてほしかった。いま思い出すだけでまた涙が出そうになる。私が、勉強さえできたら。・・・そんな気持ちは、どんどん大きくなって、重圧になって、意識すればするほど尚更できなくなっちゃたんだ。
当時に私には勉強が大きな大きなストレスになっていた。授業中に泣き出してしまうこともあった。両親は私の勉強のことでイライラしていたし、私は仲良くしたいのに、特に悪いことをしなくてもお母さんには毎日日常生活や勉強のことで怒られた。大好きなピアノにも鍵が掛けられた。
私は毎日を幸せに笑顔で過ごすために、いつもポジティブに色んなことを楽しんでいたのに、こんなに私を追い詰める両親が憎かった。なんで私から幸せを取り上げるの?
いま思い返せば、両親は私に努力することを知って欲しかったんだろうな。私はなんだって笑顔で楽しく乗り越えられると思っていたから。人生そんなに甘くないよ、って言いたかったのかも。
大学入試は、楽しく夢中に準備して合格した。でも、やっぱりどうしても勉強はできなかったから、小論文と面接だけの推薦試験という方法で。
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入学してからは、楽しいだけじゃ単位はとれなかった。背伸びして入った大学だったから、同級生が皆優秀に見えて初めて劣等感を抱いた。初めて友達にお願いして、宿題やノートを見せてもらった。
それでも、この時はまだ助けてくれる友達や彼氏がいたから、私はそれほど頑張らなくても単位をとって、やっぱり幸せな気持ちでいられたんだ。そんな私を妬む人もいたけれど。
友達と絶交するほどの状態になり、それがきっかけで学科に亀裂ができて、学科に居辛くなって。中3くらいから友達がいっぱいできて、勉強と家族以外はいつも幸せだった私にとって、大学での人間関係はすごく辛かった。一時、ダイエットに夢中になったっせいで、この頃から食事も上手く摂れなくなったし、周期的に人と会えなくなった。
大学4年は研究室に配属。高校の頃からずっと憧れていた“好きな研究だけに没頭できる時間”。でもそれは違ってた。数学も英語も、基礎が無いのに、楽しく研究できるはずがない。
夏は、家族を見返すため、そして喜んでもらうために挑戦した他大学の大学院試験。でも、受かってもお父さんとお姉ちゃんは大してビックリしなかったし、想像してたほど喜んでくれなかった。
卒業研究発表は、楽しく夢中に取り組んで、最優秀発表賞をもらって、さすがに両親は喜んでくれた。私が努力できる人間になったと思ったのかな。
この賞を見ると、大学4年間で失ってしまった自信がまた湧いてくる。やっぱり楽しく取り組むのが一番じゃないかと。でも、この賞にすがり付く様に、なんとか自分に自信を持とうと頑張って耐えている自分がいるのは何でだろう?
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大学院に進学して、京都大学という名前に圧倒されているのか、それともまだ大学時代の人間関係を引きずっているのか、それとも大学を卒業して燃え尽き症候群なのか、わけの分からない不安。なんでこんなに涙が出るんだろう?やっと勉強して大学院に入って、あの大学からも離れられたのに。
当たり前だけれど、大学院での勉強は大学院試験の勉強なんて比にならないくらい私にとって大変だった。だって今まで勉強なんて大学院試験の勉強しかしたことないし。きちんとノートをとるのだって小学校ぶり。英語の本読みゼミなんて、どこから手を付けたらいいの?宿題ってどうやるの?考えただけで、取り掛かる前から逃げたくて仕方ない。でも、泣いても泣いても、昔みたいに助けてくれる人はいない。高校の頃の憧れ「好きな研究に没頭」・・・とんでもない、右も左も分からない。
いつまで私は頑張り続けなきゃいけないの?何でこんなに辛いの?私はずっと幸せになりたかっただけなのに。欠陥人間なの?病気なの?こんなに必死にもがいてるのに、なんで幸せになれないの?逃げたい、こんなに辛いの終わりにしたい、しばらくの間意識不明になってしまえたら、どんなに幸せだろう。
毎日が辛くてつまらなくて何かがぷつっと切れ、1月末に九州へ行った。意識不明になって無駄に時間とお金を消費するくらいなら、嫌なことは全て捨てて、やりたいことをやった方がよっぽど良いじゃないか。気持ちが変わらないうちに今日行こう。九大の友達や先輩方はすごく優しかったし楽しかったし、旅先で出会った人たちも生き生きしていて良い人たちばかり。もうずっと嫌なことは忘れてこんな風に幸せで優しい気持ちでいたいな。
帰ってきて何週間かは、毎日穏やかに過ごした。嫌なことは見ない。でも、夢中になることも無い。何か物足りない。・・・やっぱり負けちゃダメだ、悔しい、大学院は研究と就活に集中すると決めていたから。
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私の中に色んな私がいて、周りからも色んな評価を受けて、自己分析をする度にどれが本当の自分なのか分からなかった。でも、やっと色んな私が一人の私に結び付いてきたような気がするんだ。
元々のポジティブな私。いつも楽しい。幸せで溢れてる。物事の良い面を見る。夢中になると脇目も振らず取り組む。
こんな私は周りの目に、何があっても笑っていて、真っ白で、目標一直線に努力する頑張り屋さん、って映っていたのかもしれないね。でも本当は、良い面しか見ないから笑っていられるし、楽しいから夢中になっちゃうだけで、努力なんてしてなかったんだ。
私の本質を知っていたのは、仲良しの友達でも私でもなく、家族。
嫌なことは後回し。楽することばかり考える。努力を惜しむ。
・・・そうだね。認めたくなかったけど。
ネガティブな私は、辛いことから必死に逃げようとしていた私。
・・・能力や病気のせいにしてしまえば、逃れることができるから。
私に決定的に足りなかったものは努力。困難に耐えて、真正面から乗り越える力。
中学生の頃から両親が、私のことをあんなに追い詰めていた理由がやっと分かった気がする。
そういうこと、だよね? ありがとう。
わたし、やっぱり負けたくない。一歩ずつでいいから、がんばろう。
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今日の夕焼け。
現在夜11時。何度か泣きかけながら夢中に書いた。
最近、お父さんとお母さんが優しい。楽しそうに私の話を聞いてる。私は2人の笑顔を見ると、すごく嬉しくなる。
先週の最終面接の結果は、やっぱりダメでした。
でも、今週受けた企業の面接は通ったので、来週また最終面接がんばります!