2月最後の金曜日☀️
青空が広がって、すっかり春の陽気☘️
温泉に行って来た事や、
孫娘の発表会の事を書こうかと思ったけれど、
どんよりした気持ちで、楽しい記事など書く気力も湧かず…
これまで、何とか一桁を保っていた腫瘍マーカーは17.9に上昇。
来週はCT検査を受ける予定だけれど、
半年前の画像に、既に小さな疑わしき物が写っていたので、
春の芽吹と共に、お腹の奴も成長し始めた模様。
「もう、治療は受けない!!」
ずっと、主治医に伝えているけれど、
医師は「いやいや、何か見つかったら、その時考えようよ〜 ねっ!」と言った。
前の治療から3年半が過ぎた。
あの時、こんなに命が持つとは思わなかった。
抗がん剤治療6クールを終えて4ヶ月後、世界中にコロナが蔓延る中、
スペインで行われた息子の結婚式に出席した。
帰国した途端、喉の痛みと高熱、コロナ感染。
初日は近所の内科まで歩いて行けたのに、
翌日から急に悪化し、酸素濃度は74〜75の値。
ベッドからトイレまで歩くのもやっとの状況に…
近隣の病院に受け入れて貰えず、
対処療法で出された風邪薬のみで自宅で凌いでいた。
苦しかった事以外記憶もはっきりしない。(危険だった)
体重は、一週間で5キロ落ち、鏡に映った自分の姿に驚いた。
微熱と味覚障害の副作用は半年続いた。
こんなに身体が弱ってしまったのだから、
癌の勢いを復活させてしまったかも…と思ったけど、
無事だった。
癌は、熱に弱いと言われているから、微熱が功を奏したのかも知れない。
次男は、5年の任期を終え、4月初めに一家で大阪に帰国する。
5年の間に、スペイン女性医師と結婚して、孫娘が生まれ、年子で孫息子も生まれた。
(移民が問題になっているので、本人達は少し気にしている様子)
孫娘には会っているけれど、孫息子は初めての対面 (後、1ヶ月ちょっと!)
何としても、元気な姿で会いたいと願う。
昨日、夕食中、夫と共通の知り合いから、夫の携帯に近況報告のメールが届いた。
夫が「読む?」と携帯を差し出してきたけれど、
私は「読む気力が湧かない」と言った。
すると夫は「へ〜〜 ご飯食べる気力は有るんだね!」と言った。
私は、直ぐ食事を止め、ご飯やおかずの入ったままの自分の食器一式を、
シンクに投げ落とす様にガチャンと置き自室に入った。
夫も、家族も、皆んな、私の癌に慣れ過ぎている。
思いやりの気持ちは、すっかり薄れてしまった様だ。
三年半前の記憶。
治療後、酷い息切れがしてやっと歩く私に、夫は「大袈裟だな〜」と言い、
足の痺れが酷くて、痛みに耐えて歩いている私に「歩くの遅すぎる」と呆れ口調で言った。
わざとじゃないんだけど…
やっとの思いで歩いているのだけれど…
長く生き過ぎたな〜と思った。
夫は、40年以上も連れ添って、夫と言うより親の様な存在。
何度も何度も再発する度に、心労を掛けてしまった夫には、
申し訳ない思いだ。
家族に、それも自分の妻が癌だなんて相当なストレスだと思う。
しかも19年も…
なるべく、
面倒をかけない様に過ごしたいと思う。
逃げても逃げても………
私の中の奴は、追いかけて来る!
(溜息)
これからのブログも
明るい記事を書く様心掛けます💪
勝手ながら、しばらくの間コメント欄を閉めさせて頂きます🙇♀️
