
生きてました

しかし、家族が病に倒れました…。
父です。
父は10年前に心筋梗塞を起こしています。
でも、どこかでこれはないと思っていました。
でも、現実に起こりました。
2月22日が父の誕生日ですので、3月始めにパーティーをしました。
ステーキを食べていた父に異変が。
急に咳込み苦しそうにし始めました。
お肉が喉に詰まってしまったのです。
どうにか、少し吐く事ができ窒息はしませんでした。
その時は、本人も家族も大笑いして気にもとめてませんでした。
しかし、その日から水も飲む事が出来なくなりました。
数日何も食べれず、水もほとんど飲めずでしたので、さすがに本人も諦めて母が看護師として勤める病院に診察してもらいに行きました。
胃カメラを入れた瞬間、先生、母は絶句したそうです。
「食道癌」
今時、癌なんて当たり前だけど、聞いた時はショックでした。
すぐに入院。検査。
食道は5段階中4段階のところでした。
色々、検査した結果
胃、大腸もやられてました。
入院が3月10日で翌日が、あの東北地震。
病院で手術や検査をするにも、うちは計画停電の範囲だったため、時間通りに出来なかったり日にちを改めたりと気をもむ毎日でした。
食道はとても厄介なところにあるため、手術も大変だそうです。
食道は全摘。
手術は成功しましたが、胃を食道にしているため食べ物が入らず痩せていく父。
しかも、血液とリンパにも転移あり。
手術から約2週間で退院し、自宅で抗がん剤治療をしています。
2年が勝負だそうです。
父は強い人なので、自分の中で消化し何も言いませんでした。
「俺は運がいいから、長生きするよ」
と、笑ってました。
私が初めて、父が癌と聞いたのは会社が終わって帰る時でした。
その時の父からのメールです。名前とかは編集しますね。
「
まいたけへ
お母さんから
が行ったと思いますが、お父さんから改めてお知らせします。明日、○○病院にて受診しますが結果は出ています。
一番掛かってはいけない病気に掛かってしまいました。食道がんです。手術をしますが必ず生還します。
やり残したことはありませんが、見ておきたいことがまだまだ沢山あります。お父さんは絶対に負けません。」
私は、これを見た時涙が止まらず近くの公園で声を出して泣きました。
とにかく、怒涛の1ヶ月半でした。
これからも治療は続きますし油断は出来ないですが、とにかく頑張るしかないです。
地震の影響や決算があり、忙しかったのに快く休みをくれる会社の同僚に感謝です。ありがとう。
何となく、田中好子さんのニュースを見て人事とは思えず暗い話しをしてしまいすみません

では、また



」

」
)
」







