10月22日  (木曜日)  晴れ
その家族は、たまの日曜日に日本料理を食べに
ジャパンクラブへ出掛けた。
お出掛けの準備に母親は、朝からバタバタと動き回りアマさんにも指図して
忙しそうだった。
主人や子供達のドレスアップを・・・と彼女なりの気配りで動いていた。
お揃いのお洋服に、お揃いのリボンを髪に結んで・・・それから
母親自身の身仕舞と・・・まず長女の前髪を引き上げ、ゴム紐で纏めリボンで
結び仕上げ、洋服を着せて、ソックス、靴を履かせて出来上がり。

その様子を傍で見ていた次女が、嬉しそうに母親の前に立った。

「アマさん、y子の髪を r子のように結んで下さい」

と次女の仕度をアマさんに手伝って貰う事にして、彼女は歩き始めたばかり
の三女の仕度と自分の身仕舞を始めた。

             

それから20年近くが過ぎ、大人になった子供達と世間話をしている内に、
幼い頃の話になり、次女から
「お母さん、覚えている? シンガポールでお出掛けのとき、いつもお揃い
 の服を着せて貰っていたでしょう」
「そうね、子供は平等に育てたいと思いながら買い物をして、手落ちが無い
 ように、一人でも悲しい思いをさせてはならないと随分気を使ったワ」
「でもネ、あの時私はお母さんにリボンを付けて貰いたくて、今度は私の番
 だと思ってお母さんの前に行くと、いつもアマさんにして貰いなさいと、
 私の髪を結ってくれなかったわヨ、私は嫌われていると思っていたわヨ」
一瞬、《アッ!》と、声が出ず咽に何かが詰まったようで
言葉を発することが出来なかった。    
 
親の思う平等と子の思う平等は、違っていた。

母親が幼い頃に経験した悲しい思いを我が子にはさせたくないと、
平等に気を使ったつもりだったが、子供が欲しいのは物ではなく、
親に手を掛けて貰う事だった。

まだ四歳に満たない幼い娘が、小さな胸を痛めていたなんて思いも依らない事
であり、その悲しみを推し量ると・・・・親としての思慮の無さが悔やまれてな
らない、アマさんに髪の毛を扱われるのを嫌がって逃げ回っていた状況は、
母親の記憶の中にもあった。



そして、更に20年が過ぎた今、子供たちの幸せって、何なんだろう?
母親は、自身の幼い頃を振り返って考えてみる。
心細さを感じさせないよう気を配ってくれた伯母が、常に寄り添っていて
くれたことに思いを馳せ、その愛情の深さを改めて感じ、
遠くへ行った伯母に感謝した。
幼かった娘に与えた心細さを償うために、唯ひたすらに、娘の先行きに
幸多かれと祈るのみである