最近祖母の全身がんが分かった
今までなんの症状もなかったのが不思議なぐらい全身隅々まで
検査をたくさん受けるのに時間がかかり
主科さえ分からないので
呼吸器科、外科、腎臓内科、循環器科、乳腺科など
それぞれ話を聞くのに病院で待つ
コロナにかかるリスクを追いながら
残された時間は僅かなのに
病院で滅入るような時間
あと何日、何時間?
病院のベットに縛り付けられることのない
痛みもなく自分の好きなことをできる時間が
あとどれだけあるのだろう
手術はできないよ!と先生
歳も80を超えているし、全身がん
やれることなんてないし、症状もほぼない
なんで病院なんて来なくていいよ!って
一言でいいから先生言ってくれないかなぁ
どこか痛くなったり日常生活に支障が出るまで
好きなことをしなさいって
なんで言ってくれないかなぁ
今ならそう言える
前は(状況が違うけど)そうは思えただろうか
やんわりと2年もてばいいなぁとか
少し先の目標を考えていただろう
でも今しかない
生きている今しかない
明日は来ないかもしれない
誰にも言えることだけど
明日は生きてないかもしれない
やりたいことは今日やらないと
だけど夫と闘病していたあのとき
明日どうかなるかもしれないと思った時
何をしたらいいかわからなくなった
やりたいことを一緒にやろう!と思ったけど
子どもが欲しい、家族を作ろう
私たちの家を作ろう
明日すぐにやれないことばかり
1年先1ヶ月先が間違いなくあると思っているから
夢を見ることができる
やりたいことができる
今日仕事をするのは1ヶ月後の給料をもらうため
給料で美味しいものを食べよう
大事な人にプレゼントを買おう
旅行に行こう
そんな希望が、夢が
見えなくなってしまった
明日がないかもしれないとき
何をしたらいいんだろう
病院の待ち時間に
貴重な残された時間は使いたくない
あの時どんな時間の使い方をしたら良かっただろう
ただただ私たちはずっと一緒にいて
同じ時間を過ごしてた
病院でも家でもずっとそばにいた
今
私は毎日好きなことをしている
好きなことをして
幸せだと思う時間しか過ごしていない
私は彼と一緒に一度死んだ
だから私はおまけにもらった時間を
余生を過ごしている気分
楽しいこと、幸せなことだけで
私に残された時間をいっぱいにしている
みんなそれぞれ死に向かって歩いている
それぞれの決められた人生の時間がある
それは平等ではないけど
死に向かって歩いているのはみんな一緒
何が祖母に出来るだろう
まだやんわりと2年先を見ている祖母に
明日が来ないかもしれないんだよ!
とは言えないよなぁ
明日が来ないかもと理解した時
どう生きていいか分からなくなる?
でも毎日が貴重な時間なの
誰にとっても同じだけど
またやってしまった💦
どんな時間も魂が必要としている時間のはずだ
祖母にとって病院の待ち時間も
必要な時間かもしれない
たとえ明日が来ないかもと理解していても
自分の時間を納得するために
いつもと同じように(がんとは別に通院していた)
長い時間待って診察を受けることで
安心したいのかもしれない