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峠の樹海に浮かぶ集落-廃校の風景-

ここは道北の市街地から遠く離れた「酪農地帯」。士別市の「上士別」という町です。古くから「稲作」が盛んな地域ですが、山間部へ入り込むと「離農跡地」が目立ち寂しげな光景が続きます。
♪「黄昏のワルツ」(加古隆)がBGMです♪

道路わきに見えたもう何年も使われていない「傾きかけたバス停」。通り過ぎる「ローカルバス」も1日数便のはずです。「錆びついた標識」が住む人のいない「山間部の寂しさ」を伝えています。
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さらに「山の奥深く」まで来たときのことです。峠から麓を見下ろすと「樹海」の中に浮かぶいくつかの建物が目に入ってきました。
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士別市上士別町「大英地区」。ここは戦後「戦争被災者」「満洲引揚者」によって開拓された地域でした。現在ではほとんどの人が町を去り「無人地帯」のようになっています。

幹線道路から外れた小さな通りの先にかつての「大英の集落」があります。しばらく進むと「峠から見た建物」が姿を現しました。「士別市立大英小学校」(昭和25年開校~昭和45年閉校)の校舎です。日差しを浴びた「緑の草木」がこの「朽ち果てた校舎」を彩っているかのようでした。
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戦後は入植者が急増して学校が建てられましたが、20年後には「離農」「都市への流入」が始まり集落からも人がいなくなったものと思われます。
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閉校から「40年以上」が経過しても校舎はその姿をしっかりと留めています。「自然に制圧」されながらも、この山間部にあった「人の生活の軌跡」を私たちに伝えています。
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崩れ落ちた壁の向こうには教室の「大きな黒板」が見えてきました。ここで子供たちが集い「学ぶ姿」があったのですね。でもそれも今から40年以上も前のことです。
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かつて「子供たち」が過ごした校舎も今では「セミの鳴き声」だけがけたたましく響き渡っているだけでした。

校舎の周辺は「荒廃」しており、道路沿いにはわずかな「廃屋」が見えるだけで、草木が「開拓の証」をまるで「最初から何もなかった」かのようにすべて消し去ろうとしていました。
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「わずか20年ほど」でその歴史に幕を閉じた「大英地区」。遠い昔、人々はこの地に集い「開墾」を始め、やがて「集落」が作られました。今でも峠の下には「その小さな町の跡」が森林樹海に浮かんでいます。北海道の「開拓の足跡」として刻まれた「廃校の風景」を訪ねた夏の日の午後でした。