忘れ去られた駅-峠の遅い春とともに-
「標高800m以上」もある「北見峠」を貫く「石北本線」。その峠の頂上付近にはかつて「上越(かみこし)」という「駅」がありました。現在は「廃駅」となり「信号場」扱いですが「駅舎」はまだ健在です。誰も近寄らない山中にまるで「身を隠すように」して佇む「上越信号場」。ここは「鬱そうとした自然」に囲まれた「秘境」のような場所です。
「誰もいない山中」を歩いたときのBGM♪
空を覆う「枯れた木々」。「峠の春」はまだ遅い。その中を駆け抜ける「高速道路」。「頭上高く」車が通り過ぎていく。開発の影で「置き去りにされた場所」。「上越信号場」はそんな「峠の奥深い所」にある。

突如現れる「つり橋」。「旧駅舎」はこの向こうだ。「大きな川と山」に挟まれている。

「駅舎の風景から」
「上越信号場」が見えた。その前には「灯油タンク」が並んでいる。「保線職員」がこの駅舎を使用するため「暖をとる」のに使っている。

駅舎の壁は「ねずみ色の板」で補強され、手前の「旧入り口」は「窓」に変わっていた。「アルミサッシ」だけが新しくて「違和感」がある。

駅の標高は「634m」。北海道では「最も高い」ところにある駅だった。

「進路確認」。信号場としての「大切な任務」のはず。

「安全第一」。看板の上には「傾いた人形」。

内部を覗くと「黒い電話器」が置かれていた。

今も残る「駅本屋」の表札。文字もかすれている。

旧国鉄時代の「駅標」。「枠のみ」が残されている。

駅舎横の「さび付いた」箱。いつからここに「放置」されたままなのだろう。

「ホーム跡」も荒れている。ここで「列車を待つ人」の光景を想像してみる。しかしここに「人の生活」があったこと自体が考えにくい。

「線路沿いの風景から」
「山深い地」では自然の音以外は何も聞こえない。「沈黙」のまま時は流れていく・・・。

次の列車が通過するまでじっと「無表情」な「信号機」。

「薄暗いトンネル」。差し込む「光」が「静けさ」と相まって「不気味」に感じた。

遠くから聞こえた「踏切の音」。「特急オホーツク」が走る抜けていく。

「険しい山々」を通り抜け「札幌-網走間」を「5時間30分」で運行する。

「駅周辺を歩く」
この上越駅が「廃止」されたのは「昭和50年」。周辺が「無人地帯」になったためだった。「峠の頂上付近」に「集落」があったことなど信じがたいが、確かに「人が暮らしていた時代」があった。だとすれば「生活の痕跡」はきっとどこかに残されているはず。そう思い、まだ「雪の残る」山中を歩き始めた。

「建物の跡」などはまるでなく「錆びた缶」が散乱しているだけであった。

横たわる「ドラム缶」。年数は経過しているが「不法投棄」されたゴミに過ぎない。

「お地蔵さん」が姿を見せた。付近のダム工事の「殉職者」を弔うために建てられたのだろう。きれいに「手入れ」されている様子がわかる。思わず「手を合わせた」。

「轟音」を響かせて流れ落ちる「ダムの水」。この先は「行き止まり」だった。駅周辺に「集落の形跡」は何も残されていなかった。それでも「昭和50年」までは間違いなく「ここに人が暮らしていた」。ただ「その証」は今はもうどこにもない。

どうして「峠の奥深く」に「駅」が作られたのか。どうして人々がここに「暮らし始めた」のか。そこに「どんな生活」があったのか。それは今もわからないまま。「上越駅(かみこし)」については「資料」も乏しく「当時の生活の様子」を知る由もない。
「連休」も終わりに近づいた「土曜日」。「日常の喧噪」から離れて地域の「埋もれた歴史」を「掘り起こす」旅に出かけました。「誰もいない山中」にひとり。帰り道、山中に響く自分の車の「エンジン音」がなぜだかとても「新鮮」に聞こえました。