ペンは剣よりも強し
友人にとても字の綺麗な子がいる。小さい頃から書道をやっていたらしく、筆字もペン字もどちらも上手い。字がキレイなので彼女から届くクリスマスカードや誕生日カードはいつも見事で、いつまででも眺めていられるほど美しい。アートみたい。器用なのでカードも手作りだったり、プレゼントのラッピングも上手。おまけに料理も上手だし、恐らく何でもそつなくこなせるのだと思う。しかも美人。そんなケイコちゃんに対し、妬みなのか嫉みなのかいつも嫌味を言う人がいる。Aさん、私も何度か会った事があって知っている人なのだが、ケイコちゃんがなんでも出来ておまけに美人なので気に入らないのだろう。いちいちケイコちゃんのする事にケチをつける。醜い嫉妬、恐らく周りもみんな気づいている。いつだったかみんなで持ち寄りパーティをした時も、ケイコちゃんがとっても美味しいキッシュを作って来ていたのだが、「今まで美味しいキッシュを食べた事がない」だの「キッシュを食べたいと思ったことがない」だの相変わらず意地の悪い事をペラペラと言っていた。じゃあ食べなきゃいいじゃん、と思うのだが、チラッと見るとAさんもしっかり食べていた。こっそり2切れも食べていたので、美味しかったのだと思う。ある時も、ケイコちゃんの住んでいる町の話になった事があり、「あの町って本当に何もないよね~。買い物に行く時にいつも通るんだけど、何もないから本当につまらない町だなと思うわ」「あんな所に住んでて楽しい?」とAさんは散々な言いよう。ケイコちゃんはとても良い人なのでそんな嫌味を言われてもイヤな顔一つせず「そうなの、何もないの。でも静かでいいよ~」と返していて、偉いなと思った。でも実はケイコちゃんが住む町は、国が指定した重要文化財のような国宝のような歴史的な古い建物が多く残っていて、わざわざ観光客が立ち寄ったりするような町。だから逆に景観を壊すようなコンビニやスーパーなどの新しい建造物は建てられないようになってるんじゃなかったかな、確か。「何もない」と言われればその通りだが、何もないのをちゃんと維持している町なのだ。そして、古く趣のある建物が立ち並ぶその町は独特でとても美しく、よくカレンダーやポストカードにもなっている。恐らくその事を知らずに、Aさんは嫉妬だけでケイコちゃんを攻撃している。自分の無知と学のなさを自らみんなに暴露しているとも知らず・・・。これだけいつも嫌なことばかり言わているのにも関わらずケイコちゃんは毎年Aさんにクリスマスカードも誕生日カードも送っているらしい。Aさんからカードが届いた事は一度もないそうだ。律儀だなぁ、と思って感心していたのだが、ある時ケイコちゃんが不意に言った事が今でも忘れられない。去年の春頃だったかケイコちゃんに会った時に「クリスマスカードどうもありがとう、相変わらず字がキレイだね~。羨ましい」と言った事があった。ケイコちゃんは気を遣ってくれて「ありがとう。レモンちゃんだって字キレイだよ~。私、ああいう字好きだよ」と言ってくれた。でも私は毎回、あまりにもケイコちゃんの字が綺麗なのでなんとか私も恥ずかしくないようにと思い1年分の神経を全集中させてケイコちゃん宛てのクリスマスカードを書いている。1文字1文字かなり丁寧に書く。今まで生きてきて、あんなに丁寧に字を書くのはケイコちゃんにカードを書く時だけ。「ケイコちゃん宛てのカードはかなり丁寧に書いてるからね。すっごく丁寧に書いてもあの程度だよ~」と言うと、「ごめんね、気を遣わせちゃって。でも返してくれるだけいいよ、全然返事くれない人もいるからね~」とケイコちゃんは笑っていたが、内心私は『あ、Aさんの事だな、きっと』と思っていた。「そうなんだぁ。なんでだろうね、普通もらったら返すでしょ、常識的に。日本人なら特に」と何気なく言うと、「私もそう思うんだけどね。すっごい字が汚いとかなのかもね。字が綺麗だったら性格が良いっていう訳でもないけど、字を見たら大概の人格ってわかったりするからね~。おまけに返事もくれないなんて、絶対性格悪いんだわ。人としてどうかと思うよね~」とケイコちゃんがまた笑った。Aさんの事だと私が気づいていないと思ってケイコちゃんは言っているのだと思うが、Aさんに嫌味を言われてもいつもニコニコしていたケイコちゃんが、実は人格を否定するくらいAさんを嫌っているんだな、とその時初めて気が付いた。まぁ、今までの事を考えれば当たり前なんだけど。あまり関りのない私でもAさんの事はあまり好きじゃないし。「じゃあケイコちゃんももうカード出さなかったらいいんじゃない? 切手代とかももったいないよ」と私が言うと、「まぁ、それはそうなんだけどね。毎年出してるから取りあえず今年も出さなくちゃって思って・・・」と言っていた。お人よしだな。私も誰かに聞いた事があるが、Aさんは字がそんなに上手くないらしい。どの程度かは知らないが確実にケイコちゃんには劣るだろう。他の人にはAさんもクリスマスカードをちゃんと送っているらしいから、きっとプライドの高いAさんは自分の汚い字をケイコちゃんに見せるのが嫌なのだと思う。いつもあんなに偉そうにマウントを取っているのに、一目で優劣のわかってしまう「字」は晒せないか。ケイコちゃんに「私は字が汚いです。負けました」と書いて送るようなものだもんな。もしかしたらケイコちゃんもそれをわかって毎年Aさんにクリスマスカードを出し続けているのかもしれない。Aさんとは逆で「私はあなたより勝っています」と目には見えない文章をカードに書いて・・・・。▼▲▼▲▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲そういえば、もう30年くらい前、大学時代の友人も似たようなことをしていた。彼女も字がとても綺麗だった。そしてその子もまぁまぁの美人だった当時はEメールが少し流行り始めた頃でまだ主流ではなく、付き合っている彼氏の元カノから彼氏宛ての手紙がよく来るのが気に入らないと言っていた。高校時代に付き合っていた彼女が他県に進学し、そこでの生活がどうとか新しい友だちがどうとかをご丁寧に手紙に書いて送って来るのだとか、自分の写真と一緒に。元カレに未練があるとかそういうのではなさそうだったが、いまだに元カノから連絡が来る事自体が気に入らないと言っていた。新しい彼女がいることは言ってあったそうなので、ある時友人が「〇〇さんの事はよく聞いています。将来学校の先生を目指しているそうですね、すごいですね。私なんか英文科なのであまり社会の役に立ちません。尊敬します!」みたいな事を酷く丁寧な美しい字で書いて出したのだそうだ、彼氏と一緒に撮った写真も付けて。そうしたらピタッと手紙が来なくなったらしい。後で彼氏が共通の地元の友だちに「〇〇ちゃんが、新しい彼女はすごくカワイイし字もめちゃくちゃ綺麗だから手紙を書くのが恥ずかしくなって出すのを止めた、と言っていた」と聞いたそうだ。友人はその話を私にしながら笑っていた、「作戦成功~!」と。その元カノも手紙や写真を見る限りまぁまぁ字も綺麗だったしそこそこ可愛い子だったらしいのだが、友人の方が若干勝っていることを友人も自覚していて、手紙の内容からなんとなく自分に自信があって元カレにも「私より良い子を見つけなさいよ、まぁなかなかいないと思うけど」みたいなニュアンスでいつも書かれていたので、その作戦を思いついたらしい。手紙の内容こそへりくだって「すごいですね~」とか「尊敬します」とは言っているが、行間にはちゃんと「私はあなたに勝っています」と書かれていて、しかもそれがちゃんと相手に伝わっている。「字」って凶器だなと生まれて初めて感じた一件だった。その後で「ペンは剣よりも強し」ということわざを知り、酷く納得した(この一件は本来のことわざの意味とは少し違うが)。相手の目の前で刀をブンブン振り回して「やめてくれ」「消えてくれ」と言わなくてもペン1本で撃退できるなんて思いもしなかった。しかもそれを使いこなす友人にもとても感心した。「字が綺麗」というのは充分武器になる。最近はなかなか字を書くチャンスがないが、今のこの時代でも充分通用する武器であることをケイコちゃんに思い知らされた。私もそこそこ字は書けるほうだと思うが(もちろんケイコちゃんには到底及ばない)、今年はもう少し字の練習をしようかなと思った。