日本航空123便事故における. 外部圧力パルス仮説(A案)の検討
要旨
本稿は. 日本航空123便事故における異常事態発生の初発事象について. 従来の「後部圧力隔壁破断先行説」では説明が困難な観測事実が複数存在することに着目し. 外部由来の急峻な圧力パルス(衝撃波あるいは強圧縮波)が機体構造に及ぼした影響について検討するものである。
CVR に記録された衝撃音の時系列および周波数特性. 箒木山観測所で記録された微気圧振動波形. 伊豆半島および三浦半島における広域的な轟音の証言を相互に比較すると. 異常事態発生時に外部からの圧力入力が存在した可能性が示唆される。さらに. 事故調査報告書に記載された垂直尾翼の破断進行方向(巨視的所見として右舷側から左舷側へ進展)を考慮すると. 内部破壊起因説では整合しにくい力学的特徴が浮かび上がる。
本稿では. 観測事実に基づき外部圧力パルスの成立条件を整理し. その圧力場が垂直尾翼に集中し得る物理的可能性を検討することで. A案の検証可能性を明確にする。
第1章 序論
1985年8月12日に発生した日本航空123便事故は. 単一機事故としては航空史上最大級の犠牲者数を伴う惨事であった。事故調査報告書では. 後部圧力隔壁の破断を起点とし. それに伴う垂直尾翼と油圧系統の損傷が操縦不能状態を招いたとするシナリオが提示されている。
しかしながら. CVR に記録された音響事象. 生存者証言. 微気圧振動記録などを精査すると. 圧力隔壁破断先行説のみでは説明が困難な点が少なからず存在する。特に. 異常事態発生直後に記録された衝撃音の性質. 警報音との時系列. ならびに地上で観測された広域的な轟音や微気圧振動は. 機体内部のみを起点とする事象とは異なる特徴を示している。
本研究の目的は. 事故原因の断定や特定機の同定を行うことではない。あくまで観測事実の整合性を最優先とし. 異常事態発生時に「外部由来の急峻な圧力入力」が存在したと仮定した場合に. それが機体構造. とりわけ垂直尾翼にどのような力学的影響を与え得るかを検討する点にある。
この立場を. 本稿では A案 [外部圧力パルス仮説]と設定する。
第2章 CVR音響記録の解析
CVR に記録された異常事態発生時の音響は. 複数の点で特徴的である。まず. 操縦室内で収音された衝撃音は. 客室後部座席の乗客によれば「バーン」などと表現されており. 流出CVRでも「ダダン」と聴こえ始めるような. いずれも瞬間的かつ単発性の強い音として記録されている。
この衝撃音の発生から約1〜2秒以内に警報音が鳴動しているが短時間で停止しており. 客室が急激に外気圧まで減圧された場合に予想される持続的な警報とは一致しない。また. 操縦士が酸素マスクを装着した形跡がない点. 生存者が証言した客室内の霧の発生が数秒で消散した点も. 大破断による大規模急減圧とは整合しにくい。
音響スペクトログラムおよび1/3オクターブ周波数分析を見ると. 衝撃音は可聴帯域-高周波成分だけでなく. 低周波側にまで広くエネルギーを持つ事象であることが示されている。これは. 局所的な機内破壊音というよりも. 機体全体を励起する外力が作用した場合の特徴である。
これらの点から. CVR に記録された衝撃音は単なる内部構造材の破断音ではなく. 外部からの圧力入力に起因する可能性を検討する価値がある。
第3章 微気圧振動との整合
異常事態発生から約40秒後. 伊豆半島の箒木山観測所において微気圧振動波が記録されている。この時間差を音速で換算すると. 推定異常事態発生地点からの距離はおよそ13kmとなり. 地理的条件と良好な整合を示す。
重要なのは. CVR 音響解析と微気圧振動波の周波数特性を比較した際. 12〜16Hz 帯域において. 波形と減衰傾向が類似している点である。これは. 両者が無関係な偶然事象である可能性を下げ. 共通の起源を持つ圧力擾乱であることを示唆する。
微気圧振動は. 通常遠方で発生した爆発. 衝撃波. あるいは強い圧縮波が地表付近を伝播する際に観測される。したがって. 異常事態発生時に機体周辺で急峻な圧力変動が生じた場合. その一部が地上に伝播して観測されたと考えることは物理的に不自然ではない。
第4章 垂直尾翼損壊の構造解析
事故調査報告書によれば. 回収された垂直尾翼構造部材の破断状況には. 破壊が右舷側から左舷側へ進行したと読み取れる方向性が認められている。これは. 機内与圧や金属疲労に起因する内圧破壊に見られる等方的•対称的な損傷形態とは異なり. 方向性を持った外力の作用を示唆する重要な所見である。
B747の垂直尾翼は前後桁. スパーコード. 外板から構成されるが. 垂直安定板-方向舵取付部の継ぎ目には剛性の弱い構造的特徴が存在する。特に垂直安定板後端部では縦貫材による補強が欠如しており. 外圧を面板的に受けやすい構成となっている。
また. 垂直尾翼前縁部にはねじれ変形を逃がすためのフローティング取付構造が採用され. 前縁トルクボックス基部はリンクロッドを介して胴体側構造と結合されている。残骸調査では. このタイロッド•リンクが胴体側で折損していたことが確認されている。この折損は. 前縁基部の支持条件が突発的に変化し. 動的な回転•変形増幅が生じ得る状態に移行したことを意味する。
一方. 胴体後部残骸では. 垂直安定板の取付部右側で内側へ食い込むような塑性変形(圧壊)が見られ. 取付ボルトの欠落. ならびにフレームにまで達する亀裂が確認されている。これらの損傷形態は. 与圧空気の噴出による内圧破壊や. 代替え説として挙げられ得る内部破壊説では説明が困難である。
これに対し. 機体右舷側から急峻な圧力入力が作用したと仮定すると. 外板への瞬間的面圧入力. 桁•スパーへの遅延的荷重伝達. ならびに垂直安定板-方向舵の継ぎ目内部空間への圧力侵入が重畳し. 局所的な応力集中が初期破断を誘発したと解釈できる。特に形状および剛性の不連続部では. 圧力の反射や局所的増幅が生じやすい。
前縁上部トルクボックスは閉断面構造として高い剛性を有するが. 支持条件の急変と動的荷重が重なった場合. 短時間に大きな回転•変形を伴う動的増幅(スナップ的挙動)を引き起こし. 一体性を比較的保ったまま分離する挙動が成立し得る。事故翌日. 相模湾上で前縁上部構造に相当する最大残骸が回収された事実は. 飛行中に比較的一体性を維持したまま分離した可能性を示唆し. 本解釈と整合する。
以上より. 垂直尾翼損壊の初期過程において. 右舷側からの強い圧力作用が構造的脆弱部に入力し. 支持条件の急変と動的荷重集中を引き起こした可能性は. 残骸所見および構造力学の両面から合理的に説明し得る。
第5章 空間的整合と圧力伝播
異常事態発生時刻前後には. 伊豆半島河津町河津•見高地区. および三浦半島城ヶ島周辺において. 複数の住民や作業員が突発的な轟音を体験している。これらの証言は. 単一地点から放射状に伝播した衝撃波. あるいは限定された方向性を持つ強圧力波が地表に到達した可能性を示唆する。
特に注目すべきは. 箒木山観測所の微気圧振動が. CVR衝撃音から約40秒遅れて記録されている点である。この遅延は音速による伝播距離換算と整合し. 異常事態発生地点が伊豆半島沖上空に位置していたとする推定と矛盾しない。
仮に. 異常事態発生地点近傍で衝撃波または強圧縮波が生成され. その一部が地表方向へ伝播した場合. 地形や大気条件によって波面が屈折•減衰しながらも. 低周波成分を保持したまま到達することは十分に考えられる。微気圧振動として観測されるのは. まさにその低周波成分である。
この点において. CVR音響解析と微気圧振動観測. 地上証言は. 時間•空間の両面で相互補完的な関係にある。
第6章 内部破壊起因説の検討と排除
事故調査報告書が採用した後部圧力隔壁破断先行説は. 一定の整合性を持つ一方で. 以下の点において説明上の困難を抱えている。
第1に. 客室内の急減圧が. 想定される規模と. 生存者が証言した霧の発生•消失の様相が一致しない。霧は一時的に発生したものの数秒で消散しており. 客室全体が外気圧に近づいた形跡は乏しい。
第2に. 客室高度警報が短時間で停止している点である。センサーは機体前方に位置しており. 仮に圧力隔壁が大断面で破断した場合. 警報が継続的に鳴動するはずである。
第3に. CVRに記録された衝撃音が単発である点である。圧力隔壁破断が初発事象であれば. 構造破壊音や流出音が連続的に記録される可能性が高いが. そのような特徴は確認されていない。
第4に. DFDRの三軸加速度(LATG/LNGG/VRTG)は異常発生直後に同時急変し. 特にVRTGは大振幅の過渡応答を示す。これは与圧空気噴出流の反力のみでは駆動困難であり. 外部圧力パルス等を初期入力(トリガー)とし. 垂直尾翼•尾部損壊による空力条件の急変が主応答として機体運動を増幅•支配した. と解釈するのが力学的整合性が高い。
これらを総合すると. 圧力隔壁破断は初発ではなく二次的事象であった可能性を排除できない。
第7章 総合考察 - 外部圧力パルス仮説(A案)
以上の検討を踏まえると. 異常事態発生時には以下の一連の過程が成立していた可能性がある。
1. 機体外部で急峻な圧力場(衝撃波.又は強圧縮波)が発生
2. その圧力パルスが機体右舷後方寄りから垂直尾翼取付部付近に到達し. 初期破壊のトリガーとなる
3. 垂直安定板-方向舵の継ぎ目で圧力集中•反射が生じ. 荷重が増幅
4. 構造破断の進行に伴い. 後部圧力隔壁が二次的に破断
この仮説は. 特定の機体や運用主体を仮定しなくとも. 観測事実との整合性を保ったまま成立する点に特徴がある。すなわち. A案は「何が起き得たか」を物理的に検証する枠組みであり. 「誰が関与したか」を断定するものではない。
第8章 結論
本稿では. 日本航空123便事故の異常事態発生時に. 外部由来の急峻な圧力パルスが存在した可能性について. CVR音響記録. 微気圧振動観測. 構造破断の特徴を基に検討した。
その結果. 内部破壊起因説のみでは説明困難な観測事実が複数存在し. 外部圧力入力を仮定することで. より自然な整合が得られることが示された。特に. 垂直尾翼に方向性を持って作用した衝撃的荷重という観点は. 初期破壊の理解に新たな視座を与える。
A案は. 事故原因の最終断定を目的とするものではないが. 今後の再検証や追加資料の解析において. 有効な検討枠組みを提供するものである。