尖閣問題を避け続ける翁長知事 八重山住民に広がる憤りと危機感
八重山日報記者の知事同行記(下)2015.10.5 08:15


 「中国の一方的な領有権主張により、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺海域での自由で安全な漁業活動が侵害されている」-。石垣市議会はスイス・ジュネーブの国連人権理事会で演説する翁長雄志知事に対し、尖閣諸島への中国の進出を批判するよう求める意見書を議決した。しかし、9月21日の知事演説に「尖閣」の2文字はなかった。知事は帰国後、外国人特派員協会での記者会見で、尖閣問題について「沖縄は平和の緩衝地帯になりたい。いざこざを起こしてほしくない。平和で我慢して、平和で考えてもらわないといけない」と「平和」という言葉を何度も繰り返した。

■領土・領海脅かす

 尖閣周辺海域では中国公船が常駐体制を構築し、日本の領土・領海を脅かしている。

 知事演説の前後には、領海周辺の接続水域で31日連続して航行。領海侵入も繰り返した。台風21号の襲来でようやく接続水域を出たが、台風の通過を待って、再び尖閣周辺に姿を現すものとみられている。

 八重山諸島の住民から見ると、翁長知事が尖閣問題に消極的な印象はぬぐえない。4月の訪中時、中国首相と面会しながら尖閣周辺での領海侵入に抗議しなかったため、石垣市の中山義隆市長から「非常に残念」と批判された経緯もある。

 市議会で意見書の議決に賛成した友寄永三市議は「演説で尖閣について言うか言わないかは知事の判断。市として要請することが大事だ」と意見書に込めた市民の思いを代弁する。

 意見書の提案者で、知事演説を国連で聞いた砥板芳行市議は「知事は市議会が要望したにもかかわらず、尖閣について何も触れなかった。県民として憤りを感じている」と話した。

 県議会で町田優知事公室長は、知事が演説で尖閣問題に触れなかったことについて「人権理事会になじまないと判断した」と説明した。

■「平和」キーワードに

 米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設反対を訴える知事としては、尖閣問題を強調すると中国の脅威や米軍基地の重要性を認めざるを得なくなり、移設反対の論拠が弱まりかねない。

 このため、知事や反基地派は尖閣問題を無視するか、「尖閣有事でも、米軍が出動することはない」「普天間飛行場の米海兵隊は抑止力にならない」などと反論している。

 だが尖閣に日米安保が適用されることはオバマ米大統領が明言。米軍が抑止力であることを否定する主張は日米安保の否定にもつながり、保守派の共感を得にくい。現在、辺野古移設反対派にとって「尖閣」は極力触れたくないキーワードになっている。

 そこで翁長知事が提唱する新たなキーワードが「平和」だ。

 外国人特派員協会での会見で知事は「私も尖閣は日本固有の領土だと思っている」とした上で「万が一、小競り合いが起きたら、石垣市に来ている100万人の観光客は10万人に減ると思う」と指摘。「勇み足でやってしまうと、取り返しがつかない。何が起きても、平和に解決してほしいのが沖縄の立場だ」と述べた。

 尖閣問題で中国に毅然とした態度を求める八重山住民に対し「平和」を最優先して騒ぎ立てないよう暗に求めたとも受け取れる。

 ただ太平洋進出を国是とする中国が、戦略的にも重要な位置にある尖閣の奪取を断念する可能性は低い。地元の沖縄が融和的な姿勢を取れば、八重山に向かって膨張する中国の圧力がさらに増すのは必至だ。

(八重山日報 仲新城誠)