歴史戦と歴史修正主義        バンダービルド

平川祐弘 東京大名誉教授-1931年生、東京大卒。-フランス、ドイツ、イタリアに留学後、米国、中国などで講義。-1992年東京大名誉教授。


Even the Devil is not so black as he is painted.
たとえ悪魔でも、描かれたもの(知られているもの)ほど黒くはない。
今日のアメリカの日本歴史研究の、日本と日本史の理​​解レベルはどの程度だろうか。
次の文は、米国の大手出版社が発行した歴史教科書に出てくる「慰安婦」関連記述の一部である。
「日本軍は、年齢14歳から20歳に達する20万人の女性を強制的に徴用し、銃剣を突きつけて、慰安所と呼ばれるところで強制的に仕事をさせた。
日本軍は女性を『天皇陛下からの贈り物』として部隊に提供した…ほとんどが朝鮮・中国出身者だった…慰安婦は一日に20人から30人の男を受けなければならなかった…逃げようと試みたり、性病にかかった場合、日本兵によって殺害された。敗戦に際しての日本兵は、多数の慰安婦を虐殺した。」

この記述(内容)は、事実に基づいたものではなく、ファンタジー(空想)という感じである。
米国大手出版社の日本(史)の理解は、この程度のレベルである。1946年6月4日、東京裁判で米国のチーフ検察官は、日​​本の指導者を批判する声明を出した。
戦争は日本の侵略戦争であり、このような決定を少数の日本の指導者が恣意的に下ろしたものであれば、その指導者は悪役であり、悪役は当然断罪される必要があるという論理だった。
しかし、当時宣戦布告に同意して署名した東条首相内閣の全閣僚が、このような「悪党」だったと見ることはできない。
米国内にいる正しい日本の研究者も、そう考えている。「東京裁判のチーフ検察官は、米国内でのギャング退治で名をはせた検察官だったが、日本については何一つ知らない人物だった」というプリンストン大の「ジョンソン」教授の言及もある。
ユダヤ人絶滅を試みたヒトラーが率いるナチスドイツは、「文明世界に対して宣戦布告をした」と見ることができる。なぜなら明らかにヒトラーのナチスは、民主主義と基本的人権、基本的自由を破壊することを決意して実行したからである。
戦争当時、米国は、日本に対する敵意を高めるために、反日扇動を繰り返したのである。
そして、扇動を介して形成された「日本=悪役」のイメージは、昭和天皇や東条英機(首相)、山本五十六(連合艦隊司令官)などに代表される人物に拡大再生産されて、裁判時にはそのまま適用されて、このような米国人の対日認識(日本=悪人)はこれまで続いてきている。
裁判当時、米国側の論理に対して東条英機は、本当に「日本版ヒトラー」のような存在だったのか?
20世紀の3大独裁者は、通常、ヒトラー、スターリン、毛沢東が挙げられる。東条は決してこのなかの一人に匹敵する大物ではない。
英国で教育を受けた後、戦争当時に日本で生活していて、当時の軍国日本をよく知っているだけでなく、ナチス・ドイツのこともよく知っているドイツ人宣教師「ロゲンドルフ」は、ニュルンベルク裁判(ユダヤ人虐殺の戦犯処理)をそのまま模倣して行われた東京裁判について、「積極的に戦争の道に進んで、組織的にユダヤ人を虐殺したナチスの指導者と同じやり方で、日本の指導者に対しても戦争の画策と故意の虐殺の責任を問うやり方で進行される裁判は、愚かなものである。
連合国は、自分たちが作った偽の反日扇動によって捏造した現象(日本=悪役)まで信じてしまった」と言及した。

ところが、当時米国と手を取り合って日本を攻撃していたソ連や中国は、個人の自由と人格を尊重する国に該当するか?米国がソ連と中国と手を握ったのは、ソ連と中国が敵(日本)の敵(ソ連、中国)に該当するから、かれらが米国の味方だという論理によってである。
このようなソ連と中国は、今年戦勝70年をともに祝う姿勢を見せながら、日本に向けては「歴史修正主義はならない」と主張している。
しかし「修正主義」といっても色々ある。「ナチス・ドイツは正しかった」という主張を今するならば、これは(歴史)修正主義に該当する。しかし勝者の裁判(東京裁判)で見られるような一方的な歴史解釈(日本=悪役)をリフレッシュしようとするのは、次元の違う問題である。
歴史の正義や不正義を論ずるうえで考えるべき重要な要素は、「タイムスパン(Time span、時間間隔)」である。
一日単位でみると、ハワイ奇襲攻撃をした日本に過ちがあると思われる。ところが月単位で見ると、1941年11月26日、米国防長官「ハル」が日本側に送った「ハル・ノート」は、世界外交史上類例が稀な非道であり、挑発的な内容を含んでいる。我慢できずアメリカをすぐに攻撃するだけのレベルである。
攻撃を受けると、これを口実にして、当時孤立主義的状態にあった米国は、国内世論(「日本報復」)に基づいて枢軸国(日本、ドイツ、イタリア)を追い出すために乗り出すことができるというのが、当時の米国の計算だった。
このような米国側の意図は、日本の同盟だった当時のイタリアの外務大臣も見抜いていた。
歴史の時間を年単位で見ると、当時、中国の地域で4年間も戦線が飽き飽きするほど拡大されている途中だったが、(ハル・ノートのために)このような中国との戦いが終わってもいない状態で、日本は「自存自衛のために」対米戦争に追加して出ないわけにはいかなかった。
当時の日本の首脳部は、米国側の意図が政治的利用だということまでは考えられなかった。東条内閣は、米国が渡した「ハル・ノート」の内容をすぐに世間に公表して、米国側の要求があまりにも不当だという主張を大々的に展開する宣伝戦を繰り広げていたら、当時のアメリカの対日戦線布告は多くの制約を受けていたであろう。
しかし、当時の内閣の責任ある閣僚のうち、誰一人として、こういった奇策を提案しなかった。
日本は、昔も今も、国際舞台などで宣伝(扇動)戦を繰り広げることについては、ほとんど素質がないといっていい。
米国の教科書慰安婦関連記述についても、このような背景のもとで表示される現象と見ることができる。
一方で、先に攻撃を開始した国相手だとしても、降伏の意思をすでに外交ルートを通じて示していた国の民間人を対象にして原爆が投下されたのは、やはり「戦争犯罪」に該当する。

 日本はハワイを攻撃する時、ターゲットは軍艦、軍用機、軍事施設に限定していた。
そのため、米国の民間人死者は60人にとどまった。
ところが広島と長崎で死んだ民間人の数は、米国の民間人死者の数千倍に達する。
日本に与えられた「悪党のイメージ」は、真珠湾攻撃の直後に始まった米国の反日扇動によって作られた悪いイメージだ。具体的には、日本人は狡猾で(sly)、卑劣で(sneaky)、二重性で(treac-herous)あり、いつ裏切るかわからないというふうである。
ユダヤ人虐殺を図ったナチス・ドイツ(ヒトラー)と同一線上に置き、軍国日本を評価するのは無理がある。
軍国主義日本が悪いものであっても、当時の日本では武士道という倫理が依然として強調されており、ナチスのような特定の人種絶滅政策のようなものなど考えもしない社会の雰囲気だった。
 
 日本のこのような不当な(バランスを失った)評価が続くなか、韓国のような国が、日本への批判を続けているのである。
世界各地に慰安婦像を建てている人たちは、女性の人権を口実にして、実際に反日運動を展開している。
もし彼らの行動と主張が妥当なものであれば、日本人もいくらでも歓迎するだろう。
またその場合、朝日新聞社員も募金して、日本の朝日新聞本社前の正面に、「慰安婦像」と「吉田清治(強制連行偽証言者)像」でも建てて、多くの日本国民の呼応と支持を与えるだろう。しかし日本国内の今の雰囲気は、全くそのようなものではない。
この点で、世界中に広がっている「20万人の性奴隷」という神話(フィクション)をどのように打破するかという点が、今後の歴史戦において、大きな鍵と見ることができる。
日本に対する中傷を堂々と跳ね除けるための主張を、堂々と国の内外で展開する必要がある。
Honesty is the best policy、「正直は最善の策」に基づいてやれば良いのだ。
平川祐弘