(※被災地の写真を載せてます、気分を害する人がいたらごめんなさい)
6月30日~7月3日まで岩手県大船渡市にお手伝いに行ってきました。
さとことか、一部の人にしか話してなかったけど、
4月ごろからずっと被災地に行きたくて、
ようやく行けたって感じです(・ω・)
先月から
「首都大学東京被災者支援の会」
というものに入りまして、そこのみんなで行ってきました。
ホントにたくさん感じることがあって、
そのことを他の人にも伝えたいな
伝えた方がいいんだろうな
と思ったので日記を書いてます。
*6月30日
夕方に東京を出発。
夜中の2時頃に、
私たちが寝食の拠点とさせていただいてる
立根地区の公民館につきました。
こんな感じの場所に寝袋をしいて寝泊りしました。
*7月1日
活動の拠点になる赤崎町の公民館に移動。
少し沿岸に向かっただけで潮と、何か腐ったにおいがします。
でも、思った程のにおいではなくて、
和田(地元)の海でクラゲが打ち上げられて干からびてる時の臭いと同じくらいでした。
立根から赤崎へはだんだん海の方へ向かうことになります。
車から風景をみていると、
あるところで景色が一転して
ニュースで見ていたような風景が広がりました。
公民館からの景色。
4か月近く経っても、まだこれだけガレキが残っています。
現地には、大きなハエが尋常じゃない数居ました。
赤崎では、写真の整理をやらせていただきました。
津波に流されて汚れてしまった写真を
水につけて筆などで洗って、1枚ずつ干していきます。
作業の様子。
やっぱり中には油につかってしまって
表面がはがれおちてしまってるのもあります。
写ってた人が消えてしまった写真を掃除しながら、
いろんな傷跡を感じました。
あと、まゆも言ってたけど、
この写真に写ってる人は生きているのかな、
とすごく思いました。
この日は公民館で救援物資の配布会があって
地域のひとが沢山やってきて
「こんにちは」「ご苦労さま」「ありがとうね」
とさまざまな声をかけてくれました。
そんな中で、いろいろ話を聞かせてくれた人もいました。
赤崎では、家が流されてしまった人がほとんどなのですが、
みんな前を向いて、今の生活を一生懸命頑張っていました。
「今日から、新しい家の建設が始まるんだ。備えあれば憂いなしっていうけど、うちはたまたま備えてきたからよかったよ」
「時間が経つにつれて、やっぱり怒りは生まれるね。でも、誰にぶつけるべきでもないんだよね」
「写真ってやっぱりいいよねえ。私も津波が来たときに息子の成人式の写真だけは慌てて抱えて逃げたんだ」
「仮設はどうしても狭くてね。でも、エアコンも冷蔵庫も全部ついてるから、贅沢言えないね」
とか、何人もの方とお話ができて嬉しかったです。
作業が落ち着いたら、赤崎の地域を少し散歩してみました。
がれきの中には、食器とか服とか、ゼリーのカップとか
今までホントにここで生活が送られていたんだなぁって思って、
この景色を目に焼き付けなきゃと思いました。
*7月2日
この日も赤崎公民館で物資の配布会が行われたので、
昨日とは違って、そちらのお手伝いをさせてもらいました。
こんな感じで並べて、現地の人に自由に取ってもらいます。
人気があったのは、シャンプーや洗剤、バスタオルなど。
食材の中ではマヨネーズとかキットカットなんかが人気でした。
物資の中には、ヒートテックとかフリースみたいな
時期にあわないものとか、
いま現地で必要とされてないものも沢山ありました。
あとは、よれよれになったTシャツとか
2シーズンくらい遅れた全然かわいくないデザインの洋服とか、
そーゆー衣類がとても多くて、
こんなのいらない、と思うような物資もいっぱいでした。
女性の下着も、すべてベージュとかで、
女の子としてはこれは着たくないなと思ったりしました。
きっと送る方の人も
自分が着なくなった流行が終わったものとか、
会社だったら、あまり売れなくて売れ残ったものとか
そーゆーのを現地に送ってるんだと思う。
でも、それじゃぜんぜん喜ばれないなと思った。
もう向こうではそれぞれの生活が始まっていて
お金さえあれば遠出して好きな洋服を買ったりできる。
それなのにいらない衣類なんかを送るのは
よくないんだな、って思いました。
もし、自分で物資を送る機会がある人は、
自分が1番お気に入りの洋服や靴を送ったらいいと思う。
現地では今、復興を一生懸命行っていて、
たとえば具体的に言うなら
向こうではコンビニもスーパーも営業してるから
もう乾パンとかカロリーメイトとかはいらなくて
いま欲しいなって思われてるのは
ドレッシングとかお菓子だったりするわけで。
支援する側も、ちゃんと移り変わる被災地の現状を見つめてないと
本当の支援なんかできないのかな、と思った。
そんなわけで、今回被災地に行けたのは
すごいよかったな、と思いました。
*7月3日
この日は午前中に立根公民館を出発して
岩手県でもっとも被害がひどかった陸前高田市や
大船渡の末崎町などの様子を見て回った後に、
現地の人に少しだけ観光名所を案内してもらいました。
末崎町
陸前高田
特に陸前高田はすごい平らな土地で、
きっとそのせいですべて津波に持っていかれてしまったと思うんですが、
本当に何もないところでした。
がれきの撤去が早くに進んでいたせいもあってか、
本当に一面更地で、
たまにどうにか生き残った建物の残骸があるだけでした。
***
今回被災地に行って思ったのは、
東北はテレビの向こうでみる世界ではなくて、
実際に6時間車を走らせればつくところにあって、
そこでは東京でくらす人がいるように
一生懸命自分の生活をしてる人々が居るんだなってことです。
東京と東北の違いなんて、距離が遠いだけなんだなって思った。
今回私がやったボランティアでは長靴もマスクも
ゴム手袋も軍手も、何もいりませんでした。
女の子だって、お年寄りだって、子どもだって
誰でも出来る作業です。
それだからこそ、私なんかが行く意味あるのかな、って
少し思ったりもしたけど、
どんなに微々でも現地に行って出来ることがあるなら
行くべきだと感じました。
町を歩くだけなら、
別にスカートとタンクトップとスニーカーで歩いたって大丈夫。
きっとみんなが思ってるほど、
東北は遠いところじゃないんだな、って思った。
ボランティア行ってみたい人は、みんな行ったらいいと思った。
大学生なんかは
授業を1日2日サボって、
バイトを1日位代わってもらっちゃえば
本当は今すぐ、行けるんだから。
行きたいと思ってるけど、なかなか一人じゃ…
ってひとは、間宮に声かけてくれれば相談のります。
個人で行くのもいろいろしらべたりしてたので、
何かお役に立てるかもしれないし、
一緒に行く人居なかったら一緒に行きます!
大船渡の市の職員さんや、公民館の館長さん、
地域の人たち、みんなが本当にいい人ばかりで、
また行きたいなぁと思いました。
だからまた、来月あたりに行くと思います。
でも、実は個人的に石巻あたりにも行きたいと思っているので
誰か一緒に行きましょう!!
では、すごく長くなってしまってごめんなさい(;_;)
読んでくれて、ありがとうございました。