B-FLAT CREW -3ページ目

そろそろ尾崎を認めざるを得なくなってきた

今までカラオケで歌う尾崎の曲といえば『また逢う日まで』が定番でした。

2コーラス目をフェイクしまくる尾崎師匠を真似して深夜のスナックで他人の迷惑顧みずに熱唱し、ストレスを発散するのでございました。



先日自宅でYoutube見て「また逢う日まで」のカラオケで独り陽気に熱唱しておりましたら、尾崎豊の動画をサイドバーでクリックしてしまい「15の夜 」ライブ動画を見つけてしまい、

なんか、新しいモノマネのネタに出来そうだったので繰り返し見ていましたところ、だんだん感動してきて、笑いのネタどころか、その姿がカッコ良くさえ思えてきたのでございました。


思えば、今までボクは尾崎豊くんのことを嫌っていたのです。犬猿の仲だったのです。(知り合いでもないのに)


尾崎くんとボクは同学年で、ボク自身も中高校生時代はバントを組んでいて自称天才ミュージシャン、みちのくのベートーヴェン、第二の吉川団十郎だと信じておりました。
それなのに同世代に尾崎豊という天才カリスマミュージシャンがボクより先にデビューしたではありませんか。

同じ時代に二人の天才ミュージシャンが存在する意味が無駄であることを感じたボクは、ダンサーとして歩み始めたわけです。(すぐに辞めましたけど)

その後も彼はヒット曲を生み出し、多くのファンを獲得し、若くして結婚し父親となり、スケバン刑事と不倫旅行し、シャブったりラリったり・・・そして謎の死を遂げる。


伝説となってしまったのでございます。
伝説になったらもう、ボクには勝てないっす。


尾崎豊なんかぜってー認めねーって思ってたし、スケバン刑事の「卒業」って歌のほうが好きだったし、そのスケバンと不倫したもんだから羨ましくもあり妬ましくもあり、学生演劇の台詞みたいなのもわざとらしくて嫌いだったし、恋愛の歌もなんか気持ち悪かったし・・・

なので、尾崎といえば歌うなら紀世彦っていうのをずっと貫いてきたのでございました。


それなのに、嗚呼それなのにそれなのにぃぃ・・・今更ながら、なぜなのか尾崎豊様の言葉が心に響いてきたのでございました。

ボクはそもそも、学生時代は大人たちに反抗したことも無く何の不満も持たず、ぷくぷくと育ってきたワケですが、今頃になってなぜか共感し始めたのです。

尾崎豊様の曲を聴いてから、大人たちや学校に不満を持ち始めたのです。(今更無関係ですけど)

「I LOVE YOU」とか「OH MY LITTLE GIRL」みたいなアンニュイな恋愛模様は、片思いを得意とするボクには縁の無い世界でしたが、そう言えば昔こんなことあったなぁ・・・とボンヤリ思ってみたり。(ある訳無いのに)


早速ボクはBookOffでDVD付きのベストアルバム「13/71」を購入して毎晩聴いているのでございます。


結局何が言いたいのかというと、尾崎紀世彦師匠も尾崎豊様も、これからはどっちもスナックで歌っちゃうぞって話です。



おしまい。

締めの王将

昭和の終わり頃、ダンサーだったボクたちのチームは、週末の活動本拠地を下北沢に移した。
それからは土曜日の夜に稽古場で踊り、ほぼ毎週末餃子の王将下北沢店に通い、天津飯のキクラゲを除けながら食べていた。
当時は奥に座敷があって、一番奥の左側が指定席になっていた。
床のタイルが油でヌルヌル滑って歩きづらかった。

内装は少し変わったけど今でも同じ場所で営業しているのは嬉しい。

先日は大輔監督と焼鳥屋で呑んでスナックで呑んで、締めに王将で呑んで食っちまった。
深夜26時過ぎだった。
監督は、天津飯の旨さに感激していた。だけどボクは30年近く昔から知ってる味だぜ。

だから今夜も王将で食べてきた。
そして中年となったボクはいまだに成長を続けている。



次回は、平成のはじめ頃、思い出の合コンのメッカだった『ぴあぴあ』の現在をリポートしたいと思います。(嘘)

岡田達也カッコイイ!!

今日は、岡田達也氏が出演している『駆けぬける風のように』という舞台を拝見させて頂いた。

D-BOYSとかいうイケメン俳優集団とキャラメルのコラボ作品みたいなものらしくw

アウエイな感じがしたけど、オカタツは舞台上では負けないくらいイケメンでした。

仕事とプライベート合わせて毎年・年間40作前後の舞台を見ていますが、半分は途中で意識が薄れてゆきます。

でも、今回の『駆けぬける-』は最後まで飽きさせず、ちょいちょい挟むカジのボケに笑わせてもらいました。


D-ボの舞台は初めて見たので、どーなることかと心配でしたが、ちゃんと頑張ってました。

ゆーやんは背が高くなって驚いた。

カジは横に大きくなっていてちょっと吹いたw

ワダは変わってないね。

ゆーやんと出会って15年。D-ボ作って10年。

地道に舞台で頑張っているコや連ドラ出まくって売れちゃってるコもいるけど、10年プロの役者続けているって素晴らしいよね。

昔はみんなに(宮益坂の)松屋の牛めしを奢ってあげたよね?

みんなポーズとしてお財布出したりしてたけど『いーよいーよ』と男気を見せていたボク。


みんなは、出世払いって言葉は知っているかい?

ボク美味しいものだーいすき!!

里帰り

赤い色にペイントされた新幹線に乗って東京に向かってます。

今回の里帰り、約50時間ほど仙台に滞在しました。




↑エンドーチェーン。
かつて仙台地方で一番ナウでホットな百貨店。
なぜか、にくち君を思い出します。
ちなみにエスパルを見ると森さんを思い出し、三越を見るとドンちゃんを思い出し、フォーラス(ジャスコ)を見ると安藤さんを思い出します。



今回は、ちょっとしか見れなかったけど、懐かしい建物や路地やお店はまだまだ残っているので、また今度じっくりとお散歩したいと思います。



↑子供の頃、仙台にある超高層ビルだと思ってた市役所向かいの第一生命ビル。
むしろ荒巻セントラルプラザの方が高かったかも知れない。




↑子供の頃、弁当台(べんとうだい)公園と思っていたが、じつは勾当台(こうとうだい)公園だった。
この公園はCタイムの『シンペイちゃんと遊ぼう』のコーナーで皆さんご存知ですね?
あと、映画の『ゴールデンスランバー』で、バーンとなったあたり?




↑まん中のNHKラジオの電波塔を子供の頃、ジャイアントロボと呼んでいた。
ちなみに右手のテポドンは気にしないでください。



街の景色は子供の頃とかなり変わった気がしますが、変わってしまったのは景色よりもボクのほうかも知れませんね(←気取った事を書いてまとめてみたよ兄さん)
(*^O^*)

現在の気温12℃

涼しくて幸せ~≧(´▽`)≦

盛岡なう。
もしかしたら、人生で初の盛岡かも?

花巻は何度かあるんですけど。
あれ? 由朗の結婚式って盛岡だったかな?
まあ、どーでもいーか。



今回は『炎立つ』という舞台の千秋楽前夜に打ち上げがあるとのことで、やってまいりました。
ラブリンにお酌して頂いたビールは格別に美味しかったです。

駅から劇場に行く途中、地元で人気の高いパン屋さんでコッペパンを買って食べたらとっても美味しかった。
パンに入れる中身をその場で選んで入れてもらうというSUBWAYみたいなシステムです。
盛岡市民のソウルフードだそうです。


ソウルのフードと言えば冷麺ですが、食べる予定はありません。

盛岡駅前にあったカラオケ居酒屋の店名を見て、行ってみたくて仕方ないのですが、ひとりで飲み屋に入る勇気が無いので行けません。