アマ俳優で職工サラリーマンて、ずるい生き方?ていうようなブログ

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昭和のど真ん中1961生まれ
アマ俳優歴42年
職工歴39年

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どうも、断捨離熱がさめそうもない滝汗

仕事も趣味も心の内面も断捨離の効果が、

着々と浸透しつつある

 

仕事も、プライベートも全くと言っていいほど

ストレスを感じなくなって来ていて、

さらに、次なる要断捨離となる対象を

見つけることにかなりの快感を覚える

毎日が続いている

 

今日は朝のルーティーンから物申す

 

多分、二十年以上前から(きっかけは脱ステ~別のカテゴリー詳細)

実践している朝の体質改善や健康維持のための

ルーティーンである

 

起床から、朝食までにすることを羅列してみる

 

1.歯磨き 2.足の裏シックスパッド20分

3.2と平行して行う耳たぶもみ、首メトロノーム、顔じゃんけん

瞬き視力回復法、眼筋トレーニング、不思議な絵、

アイネック体操、ガボール・アイ(視力維持、眼精疲労

血流上昇などのケア)

⒋首の後ろ側ストレッチ、首の前側ストレッチ、

胸のストレッチ、肩すくめ体操、腕回し体操

首の可動域を広げる体操(職業病だろうか、以前首と肩をこわして

右手の指に痺れもでたので、図書館で、本を読みあさって

たどりついたストレッチで、今は完治も継続ルーティーン中)

5.血圧、体温、体重(前日の入浴前測定)を記録

 6.ラジオ体操で、ひとまず終了ウインク

 

さて、本日の結論爆弾

昨年、食卓テーブルまわりの片付けをした際、

気になっていたことを実践してみた

それは、妻君の座る位置(今までは、TV画面がみえない側だった)

を自分の座る椅子(TVばっかり見ている)と交換してみた口笛

 

すると・・・

我が家は、TVはほぼ一日中ついている二人世帯である愛

つまりは、上のルーティーン中も、厭でも

ニュースも通販もTV画像はすべて自分の視界に入ってきてしまうびっくり

当然、どのルーティーンも集中できない(当たり前物申す

 

しかし、TV画面に背中を向けてしまえば、当然視野には入ってこない

音声だけだったら、聞き流すことも可能ニコニコ

このことに、長いこと気が付かなかったガーン

 

これも断捨離効果だと思っている

ルーティーンのモチベーションがあがったから笑

こんな感じで、人生のライフプランにも

触覚を伸ばすことは、想像以上の免疫力を産むことを

信じて疑わない

ではまた爆笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1992.3.26~3.28

甲府市朝気特設会場

 

B-BLACKも、メンバーもなかなか揃わず

方向性も見えないまま、迷走していた滝汗

 

それでもなんとか潰れた廃工場をみつけ

公演場所に選んだ

 

幽霊がでるとか、変な噂もあったが、

なんとか終了したゲッソリ

 

場所も、手製の案内板のみでわかりづらく

反省点も多々あったしして泣

 

さらに営業不足でお客さんが、

出演者よりも少ない日もあったりして

観てる方が緊張したりしてガーンお願いお願いお願い

 

よかったことを強いていえば、セットの恐山(イメージ)かな?

こんな感じ

アーカイブの更新は、不定期になりますが、

時々、覗いてみてください

徐々に、無駄なエネルギーが垣間見える

空間が、観られることでしょう口笛

ではまた

 

「ありとあらゆる可能性が、実現できる」

 

断捨離効果について、やました氏の文献を読みあさった結果

一言ではまとめられないことは

よくわかった笑

 

ひとつだけわかったことは、

マニュアルなんてないってこと

自分自身で経験してみて

とにかくやってみる

 

自分の心の声と対話することと自分の経験に

問いかけること

 

方法は、無限にある

失敗もある

けど、違う方法も試してみる

 

で、その効果の確認方法は簡単だった

 

「モチベーションが上がる」お祝い

 

一番効果がわかりやすかったのは、

仕事(製造業)だった

 

振り返れば、「断捨離」という言葉

を知らなかった過去にも、

過去の自分が実践してた拍手

 

定年間近になって(延長の話は来てるが口笛

この仕事を続けててよかったと

にんまりしている町工場の

工場長でした口笛

 

 

 

1990.11.14~17

劇団公演という形にならなかったのは、

正劇団員が、数名しかいなかったためてへぺろ

 

人集めにも、かなり時間を要したが、

ギリギリ間に合わせた笑

 

それでも、団長(原和人)と僕は

この作品を上演したかった

 

下北沢スズナリで「千年の孤独」を観て

それぞれ感じた個々の震えを

この、アルプス通りの狭い倉庫で

表現したかった

 

そのうなされるような熱を

「耳が、燃える」とアゲハに演じて欲しかった・・・

 

今思い起こしても、僕等はただ熱にうなされていただけ・・・

 

こういう思いだけしか思い出せない・・・滝汗

 

 

B-BLACKは、当初公演場所(空間)と装置には、

かなりこだわった

それがいいことなのか、悪いことかは

僕には、わからなかった・・・

 

本来は、俳優修業とか、メソッド、エチュード

を勉強してからとか、怒られそうだが・・・

若気の至りということでお願いお願いお願い

 

手こぎポンプ

この手こぎポンプは、本職の会社のパートさんから、

譲ってもらった

酒一升で笑

今は、我が家のガーデニングで余生を送っている拍手

 

おまたせしました

では、紙上再現します

無断転用は、ご遠慮くださいませてへぺろ

 

(ト書き)

カケル、露を抱く

アゲハ、井戸のポンプをこぐ

ゆっくりと・・・

アゲハの足にそそがれる清冽な水・・・

左側にチラッと手こぎポンプ

(アゲハがこぐと、かなりの水量の水が

出てくる)

下はコンクリなのになぜ?観客が

一番どよめいた瞬間ガーンカイカーン(僕)キューン

 

本日の投稿は、

B-BLACK旗上げ公演に

関わってくれたすべての役者、スタッフ、

当時忙しいなかきてくれたお客様

さらに上演許可をいただいた

新宿梁山泊様に、感謝申し上げます

ありがとうございました

 

びいの軽太

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知る人ぞ知る山梨大学にあった劇団である。

今は、私の知る限りでは、活動を停止している。

が、存続はしているらしい・・・

 

「めぞん一刻の不思議な住人たち」

おそらく、これが私の観た最初の舞台だったと思う。

「思う」というのは、1985年の作品なので、

ほとんど記憶にないのだが、今年どっかのTVで

同じようなタイトルのドラマをやっていて、ふと懐かしくなった。

 

あのころは、ヤマハのXT200CCのバイクで

よく観にいったものだ。自分も山梨に帰ってきたばかりで、

ちょっと、都会の芝居にかぶれてかかっていて、

どうしても「学生劇団」というレッテルをはがせなかった。

 

だが、今思うと、まっさらな目で見ていなかったと思う。

「劣等感」とか、「同じ土俵にたちたくない」みたいな・・・

だけど、その後何年かは毎回のように観にいった。

一人のファンとして。

古いノートにそのころの劇評を見つけたので、載せてみる。

 

1989.3.18(SAT)

[アンドロイドは、マテリアルな夢をみるか」

久々の明石作品、そして、役者陣の充実、88万の照明(このころの

13番の劇団員はたいていイベント会社でバイトしていた。たぶん

見積もりの価格だと思う。実際はいくらかわからない)と期待度大の公演は、

それぞれに感慨を残して幕を閉じた。

結論を言えば、われわれと違い、学生劇団の宿命ともいえるべき

流動性によって、この公演は再びくりかえされることなど

ありはしない。アンケートを少し読ませてもらったが、悪い評価など

少しも見当たらなかった。

が、誰もが、13番のこれからを危惧し、期待している。

残されたものたちは、厳しい試練の場をあたえられよう。

しかし、ばらし、打ち上げに積極的に参加し、舞台づくりを

盗むことは、プラスになる。

・・・・後略。

 

この翌年の12月にBーBLACKは、13番創庫の役者何人かを客演によび、

「千年の孤独」で旗上げするのである。

それから、照明のO君とM君、目白君、風野女史ほか多くの13番OB、OGの

力を借りて、18年目のB-Bがある。

そういえば、一人二人とB-Bを去っていった彼らに礼を言ったことがなかった。

 

「ありがとう・・・

もしかしたら、これからが本当のB-BLACKというはぐれものたちの

力が試されるときが来るのかもしれないな。」

 

なんてかっこいいこと書いてみても、本当は、

「いつ、自然消滅しても、けしておかしくはないB-BLACK」

という幻聴に日々おびえ続けているびいの軽太なのである。

 

*B-BLACKを語るには、劇団十三番創庫という学生劇団を

無視するわけにはいかない

僕が、彼らから学んだのは、イベント会社での

バイトである。

バブルの恩恵で、今では考えられないくらいの

派手な結婚式の音響や照明のバイトで稼いだ金で

公演を打つ

そのまま、上京してプロになる輩も

多くいたらしいが、僕は真逆の生き方を選んだ*

 

 

 
















 

今年は、もしかしたらいい年になるんじゃないかと

かすかに期待している

 

7年ぶりのB-BLACKの新年会が

盛大に開催された

 

自分は7年前のB-BLACK最期の公演「熱海殺人事件」

が終わったときには

かなり消耗していた

精神的にも、体力的にもだ滝汗

元団長にも、「リベンジ公演をしないのか?」

と促されたが、限界だったショボーン

 

さらには昨年、愛する人を二人も失って

本当に落ち込んでしまい、

らしくはないとは思いつつも

まだまだ、そういう気持ちになれなかったのが本音だった

 

そんなおり、劇団のスタッフの仲間が

中心になって、声がかかったらしい・・・

 

ネガティブな思いを引きずったまま、居酒屋についた汗うさぎ

店にはいると、そのスタッフが愉しそうに働いているウインク

 

当時幕が上がるその瞬間まで、舞台の準備やし込みのセットをして、

本職にすぐもどったH君夫妻も

はねるように働いているキューン

 

さすがに、旗揚げの時の1990年のメンバーは、元団長だけだが

年齢層もばらばらでも、二十名近くも集まった泣

みんな一人前になって、りっぱに働いて

家族をも養っているらしいゲラゲラ

 

短くても

愉しい時間だった・・・

 

自分にできることは、ただひとつ

あのまぶし過ぎた時間を少しでも

取り戻してあげたい愛

 

そんな気持ちで

新テーマ開設します

「B-BLACKアーカイブ」

乞うご期待愛

 

 

 

 

 

 

 

 

中小企業でも、職人であり続けるためには

「断捨離」は、かかせない

 

ただ、やましたひでこ氏が言う断捨離とは

本質は同じでも、やはりスキルアップがともなわない限り

技術も、人間性もアップしてこない

 

定年まじかになって、ようやくそのことに

気が付いたのは、長年の演劇との

2足のわらじの弊害だろうと思う笑

 

例えば、ひとつの仕事を仕上げる製造工程をAとする

自分の場合、客先の要望通り仕上げるために、

最低限のスキルをA’+工程時間を5分とする

 

当たり前のことだが、A’は限界まであげて、

5分という工程時間は、少なくしていく

 

この工程時間減とスキルアップを反比例させる

技術こそが、製造業のたのしみであり、断捨離効果

なのである

 

この断捨離効果どうしたら生まれるか?

ここからは、長年の経験からくる私自信の考えである

 

私は、塗装職人である

つまりは、ガンで吹き付けるのが、仕事の基本

 

中小企業なので、色の調色から、始める

が、その工程は今回は省くお願い

 

定年に向け

3年程前に自身の考えで、在庫塗料の廃棄を

開始した

それは、定年後に残った仲間に、こういう

厭な仕事を任せるのは厭だったので愛

 

それが、どんな効果を生んだか?

 

まず、小さな工場なのでまず、動線が

ふえる→違う行程の仕事ができる→

塗料在庫が把握できる(発注ロスが減る)→

塗料、塗料缶、かくはん棒、マスキングビスなどの

リユースができる→塗装技術のスキルアップのヒントが

自然と頭に浮かんでくる(具体的には内緒グラサン

この知恵をとにかくためしてみて、失敗しても

さらに発見、採用の繰り返し口笛

 

かなり漠然とした流れだが、この流れが

機能すると、実際に仕事の能率はなりアップする

 

これが、日本のものづくりのすごさ口笛

うーん、自己満足お祝い

では、また

 

 

 

 

定年後のことを考え出してから、4年が過ぎた

引き継ぎのことも考え、文書にスキルアップのためのマル秘情報も

けっこう書き込んだ

緞帳を下ろすことは簡単だが、

やはり人の子である愛

 

さらに「ものづくり」の端くれでもある

この仕事に誇りをもっている口笛

 

退職後の青写真もおぼろげながら

見えてきた爆笑

 

ところが・・・

 

会社側から、暮れに定年後の続投の依頼が来たキューン

 

というわけで、本職のほうも

勝手に断捨離を勧めている

 

自分としては、製造業の断捨離は

ISOよりも企業にとっては

 

利益をもたらすと思う

続きは後日てへぺろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

36年前のことである

上京してまもなく僕は、、

有楽町改札口前の「M]という

喫茶店で、アルバイトをしていた

 

そのときに、ガリ版刷りみたいな小冊子を100円くらいで、

「買ってくれ」と店に入ってきた人がいた

(この記憶は定かではないが)

 

当時、演劇やミュージカルの情報に飢えていた

僕は、迷わず飛びついた

 

確かに「ピア」には、情報はたくさんあった

しかし、演劇は、実際みてみないと

わからない

 

この「初日通信」は、初日に観たレビューを

くまなく掲載してくれる

田舎者の僕には、「目からうろこ」だった

 

でも、舞芸ミュージカル科は、夜間だったので

なかなか観たい舞台をみにいけなかった

 

その上ぼくは、1年半で帰郷したため

どちらかというと、山梨に帰ってから

これらのお芝居を見に行くことが多かった

 

上の「初日通信」は、本日「断捨離」して

生き残ったもの口笛

 

僕が実際にみたもの、僕らが上演料を払って、

演じたものなどだけを抜粋してみた

 

やはり、切なくなるキューン

 

でもやっぱり・・・

 

すっきりした爆弾

 

それは、なぜか?

 

あの頃の僕は、もういない・・・

 

今やってる演劇こそ、僕にとって

 

生きている時間を実感できるから

 

うまく伝わらないかもしれないが・・・

 

そんなことを考えている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎年のことだが、暮れはぎりぎりまで、仕事が忙しく

中小企業3K現場の大掃除は、まともにやれば

2日半はかかる

 

さらに毎年のように「断捨離」を開始していたのだが

いつも、中途半端で終了ガーン

だったてへぺろ

 

多くの人が、そうなのか知らないが、

自分の場合は、たいてい感傷的になって

モノに対する「ときめき」がなかなか

消えなかったのが、多分原因笑

 

だが、今年は、違う物申す

それは、なぜか?

 

来年が、定年という節目を迎える

さらに、今年は愛する人を二人も失った泣くうさぎ

 

哀しみに浸っている暇はないのだ

 

残りの人生のライフプランというまったくかすんでいたものが

少しずつだが姿を表してきている気がしている

 

それは本職のおいても、趣味の世界においても

そう爆笑

 

さて、本日も断捨離継続口笛

 

今年お世話になった方々

ありがとうございました

 

私は、大丈夫です

誰も、心配してないってか?

 

皆様よいお年を笑笑笑