【最終話:二人で旅立つ朝】
その朝、空はどこまでも静かだった。
カーテンの隙間から射す淡い光が、ミーコの白い毛をほんのり照らしていた。
僕の胸の上で眠るように丸くなっていたミーコは、もう、動いていなかった。
かすかに感じていた心臓の鼓動も、もう、どこにもなかった。
まるで、ふわっと風に溶けて消えたみたいに――
「……そうか」
涙は、不思議と出なかった。
ミーコは、僕が眠っている間に、静かに逝ったのだ。
きっと、僕が悲しまないように。
最期のときまで、僕のことを気にかけてくれていたんだと思う。
胸の中にぽっかり空いた穴は、想像以上に大きくて、深かった。
でも、その穴の底には、あたたかい記憶が詰まっていた。
玄関で出迎えてくれた声。
一緒に食べたササミの晩ごはん。
寒い夜に布団に潜り込んできたぬくもり。
そして、僕の涙を受け止めてくれた、やわらかい毛並み。
ミーコは確かに、僕と一緒に生きてくれた。
それだけは何があっても、絶対に消えない。
そしてその夜。
僕は、不思議な夢を見た。
そこはどこか懐かしい風景だった。
花が咲き、風が吹き、夕焼けのような優しい光に満ちていた。
「……あれ?」
遠くで小さな音がして、振り返ると――
そこに、ミーコがいた。
まだ若くて元気だったころの姿で、ふわふわの毛を風に揺らしながら、僕を見ていた。
そして一歩、また一歩と僕に近づき、まるで微笑むように目を細めた。
「こっちだよ」
声にならない声で、そう言っているようだった。
僕は、ゆっくり手を伸ばした。
ミーコのあたたかさが、確かに手のひらに触れた。
その瞬間、すべてがふわっと軽くなった。
体も心も、痛みも後悔も、何もかも。
気づけば、僕はもう、あの暗くて冷たい部屋にはいなかった。
ただ、ミーコと並んで歩いていた。
どこまでも続く光の中を。
「ありがとうな、ミーコ」
そうつぶやくと、ミーコが「ニャア」と鳴いた。
それが合図だったかのように、二人はゆっくりと、まっすぐにその光の中を進んでいった。
もう、何も怖くなかった。
何も、悲しくなかった。
この旅の終わりに、君がいてくれたこと。
それだけで、人生は救われた。
ありがとう。
ありがとう、ミーコ。