カルチョダイジェスト&日記 -87ページ目

東京ヴェルディ過去ユニフォーム

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レアな過去ユニフォームです。




( ~っ~)/

東京ヴェルディ続き

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同時のヴェルディは勝ち続けていた選手層を次々に厚くしてラモスや加藤久などベテランが引退してもビスマルクやアルシンドなど獲得して勝ち続けて行った。同時のサッカーファンは好きなチームはと聞かれると必ずヴェルディだった。野球で言えば巨人見たいなものだ。もっと言えば、ヴェルディとマリノスぐらいしか知らない人が多かった。サッカー知らない人がヴェルディは知ってるくらい有名なクラブだった。





この頃から、選手があぶれ初めていた。だいたいスタメンは固定していたので怪我やカードの累積以外はベンチ組はあぶれていた。選手交代と言えば同時はVゴール方式など日程が過密だったのでその点は選手層は役立ったが通常のゲームでは選手交代は野球の中継ぎの様な豪華な交代だった。その中で若手などの出番は中々訪れなかった。カズ、ラモスなどが引退して黄金期が過ぎた時は手遅れだった。選手はゲームに出たいので移籍をする。チームは、日本人の補強や助っ人外国人などでチームを固めたので確かに目先の勝ち星は重ねたが長い間作りあげて本当の意味での常勝クラブにはなれなかった。いわゆるその場しのぎチームになって行った。こういった、事が原因で折角の下部組織が機能せずチームとしての魅力がないので下の世代も鹿島やマリノスなどの方に流れてしまうのでどんどんチームが弱くなり生え抜きがいなくなり結果的に身売り迄する状態になってしまったと思う。






もう一つの原因がフロントを含めてクラブの選手への対応だった。カズへの0円掲示がいい例だろう。カズがイタリアセリエA挑戦のあとヴェルディに復帰してチームはこの頃は上位にいたものの強くはなかったファンは強いヴェルディの印象が強いので当然弱いヴェルディでは観客やグッズは売れない。チームの顔であるカズを解雇した事はかなり痛手だった。カズは給料は少なくていいむしろ最低限でいいと言ったにも関わらずチームは若手主体の若返りを打ち出してカズを解雇した。欧州ならあり得ないであろう。ミランで言えば、マルディーニ、ユーベなら、デルピエーロを解雇するようなものだ。現に、マルディーニ、デルピエーロ、カズともに現役である当然カズは32、33ぐらいだったにも関わらずフロントはNOを選択した。日本代表やイタリアやブラジルなど海外で活躍した選手のチームに与える影響は大きい。経験や色々な知識をクラブや若手に継承するチャンスをどぶに捨てた者である。その後も武田や北澤など解雇して若手主体といいながら、高木や前園、エジムンド、エムボマなどその場しのぎの補強で正に迷走である。






弱いヴェルディでは魅力がなくやがて選手すら集まらず人気もなくなり遂には降格してしまった。正直信じられなかった。J1に復帰しても、またしても同じ事を繰り返していたのには、驚いた。フッキを獲得したが、結局退団して結果的に混乱した。大黒を獲得しても活かせなかった。経験豊富な、福西、服部、土肥、土屋、中堅の那須など獲得したのに、今シーズンは那須、土肥、福西など契約しないなど首をかしげるフロントの対応だった。監督が急きょ、高木がコーチから昇格して監督になり服部など一部の選手と再契約したのは幸いと言えるだろう。






何かの雑誌でラモスが確か発言していたような気がするがこのクラブは一回血を入れ替える必要があると言っていたがその通りだと思う。




経験という、財産を持っている選手を簡単に解雇するようではクラブは強くならないし、継承や伝統は伝わらない、確かにプロだから仕方ない部分はあるがそれならそれなりの結果をだせなければ、サポーターは離れていく。






とにかく、憎たらしいぐらいに強かったヴェルディに戻るようにヴェルディには頑張って欲しい。やはりヴェルディは強くなければつまらない。Jリーグを支えたクラブだけに復活に期待したい。



オレーオレー 東京ヴェルディ1969!

東京ヴェルディ

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2、3日前に携帯のニュースで東京ヴェルディの身売りのニュースを見ました。去年またしてもチームは立ち直らずJ2に降格してしまった東京ヴェルディですが身売り話は正直驚きました。日本のサッカークラブは大半が経営権を企業に頼っている。その為資金に余裕があるクラブでも多少は不況などの経済条件に左右されるが選手の削減や補強を減らすなどで本当にメインスポンサーが破綻などしなければクラブを身売りする事はまれである。





簡単に東京ヴェルディの歴史を紹介します。前進は読売クラブとして日本にプロサッカークラブがない内からプロクラブのようなコンセプトでクラブを作りあげて行った。Jリーグ開幕と同時にヴェルディ川崎にクラブ名を変更。この時点でのメインスポンサーは読売新聞とよみうりランドなどが主なスポンサーでした。後に川崎フロンターレのJ1昇格により、ホームタウン等の関係でクラブ名を東京ヴェルディ1969に変更し現在にいたる。






カズ、ラモス、北澤、武田、都並、柱谷、などの日本代表クラスの選手を揃え優勝やカップ戦などタイトルを獲得して正に黄金期←あえて時代と重ねて皮肉を込めてヴェルディバブルと呼びたい。この頃からヴェルディはなだらかにに下降に向かっていたのかもしれない。