0才

1993年春、長女として誕生

待望の女の子だったらしい

 

 

幼少期

基本何でもできる子だった

運動神経も抜群だった

ただ、幼稚園の塀を乗り越え脱走したり、園児では考えられないようなぶっ飛んだイタズラをちょくちょく

そしてそのグループのリーダー格だったように思う笑

 

年長の頃妹が産まれる

 

今思えば幼稚園の時の女の先生に恋のような感覚があった笑

 

 

小学校低学年中学年

活発でなんでもできるおてんば娘という感じだっただろうか

バスケとピアノを始める

本当は水泳をやりたかったが当時中耳炎がひどく、それが嫌で母の希望でもあったピアノを習い始めることに

 

常に自分が上に立っていたかったのか自分に歯向かう者がいれば食ってかかる最低野郎

男子と喧嘩してはけちょんけちょんにして泣かせていた

 

 

小学校高学年

当時は学級委員や各委員会の委員長などにも立候補や推薦されるような中心的存在

相変わらず勉強も運動も適当にこなしてりゃそこそこできたが

5年生の時初めてリレーの選手になれなくて、結構凹んだ。人生初の挫折だった

代わりに応援団副団長を務める

 

放課後は男子とサッカーをする毎日

その反面、自分と正反対のようなあまり学校に来ない子と遊ぶことも多かった

 

6年で最低な担任になってしまう

毎日がバトル。クラスを代表して校長先生に担任を変えて下さいと話に行くほど笑

 

バスケに打ち込む毎日だが対人関係などからだんだんとバスケが好きでなくなっていった

ピアノも嫌で仕方なかった

 

漢字テストで悔し涙を流すような、熱くて負けず嫌いなやつだった笑

 

 

中学生

バスケはやめ、バレー部に入部

持ち前の運動センスと毎日の自主練で1〜2年からレギュラー

自分らの世代になってから顧問のやり方に納得できず一部で反発

(今思えばまじ典型的にめんどい中学生だったと思う)

3年で生徒会役員に立候補、当選し、部活にあまり行かなくなる

この頃から自分の性に違和感を覚え、当時いじめられていた不登校気味の女の子を好きになったことでその違和感は確実なものに

それを消すため当時仲良かった男の子と付き合うことになる

 

ちなみに中学ではいじめも経験した(問題児の多い部活だった)

 

 

 

今覚えてることを適当につらつらと書いてみた

中学2年くらいまではどちらかというと目立つことが好きだったように思う

勉強も運動もある程度出来たし

後々先生から聞いた話によると真面目だけどまぁちょっとした問題児みたいな感じだったけど笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アカウント作ってたものの放置してて久しぶりの投稿

 

今日からゆっくり自分を発信していこうと思う(誰も読まないけど笑)

というよりはまぁ言葉にして自分を整理する自己満なものになるのかな

それがたまたま誰かの目にとまって、なんでもいいから何か感じるものがあればいいなって感じ

あとは自分で忘れた頃に読み返すため笑

 

 

ちなみに現在25歳でほぼニート(一応福祉系のバイトしてる)

仕事もまともに行けないクソやろうです笑

故に暇だからこんなことしてるんでしょうね笑

 

 

とりあえず今に至るまでをつらつら綴るか

俺を救ってくれた職場の上司?であり俺の第二の母親であり、命の恩人のようなお方に自叙伝でも出版すれば?って言われたしね(笑)