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クリスマスツリー、飾る?飾らない?
2020年12月6日(日)。 投稿者ーMitch。
クリスマスツリーは、飾っていませんし、今年は飾るつもりはありません。が、樅、檜、柊、松の枝で出来たアドベント・リースは飾っております。
因みに、クリスマス・ツリー等の飾りつけは、正式には11月の最後の週当たりからです。4週間待降節があり、降誕が25日。命名の一日、顕現の六日。この六日に飾りを仕舞います。
丁度、神道でいうしめ縄のようなものです。おそらく食材店、花屋やお庭で剪定された檜、松、柊、松の葉で作られると、いい匂いがして趣が出ると思います。場所もさほど取りませんし、燻して翌年を通して香に使えば、ゴミは出ません。 これらの飾りは待降節第一週の前に用意しておくのが一般的です。これらは、カトリックの教会暦で決められております。

高校、大学、大学院とカトリック系の学校へ行っていたこともあり、その流れで信徒になりまして、少し、背景を説明しますが、もう時間がなく、自分の知識から資料なしで書きますので、大目に宜しくお願い致します。
今は、キリスト教会暦においては、アドベントで日本語では「待降節」と、呼ばれている四週間です。クリスマスは、その四週目の二十五日です。その後、一月一日をキリスト命名日と呼びます。そして一月六日のキリスト顕現日を迎えてから、クリスマスの飾りを取って仕舞います他、リースの葉を燻して清めのお香に次の一年間使いますが、煙が苦手な方は止めておいた方がいいかもしれません。

本来、これらの催し物は聖書の記載にはありません。むしろ、紀元0年から90年あたりにかけての当時は、ユダヤ教の祝い事がされていました。勿論、救世主が生まれた事は記録されておりますが、季節や祝い事としては聖書に書かれておらず、これは、様々なクリスマスの風習が周りの宗教行事から取り入れられたと考えられています。
降誕の時の祝福は、シメオン称の3つの文と、東方の賢人が凡そ3歳のイェスを拝みに来た他は、霊的な事です。嬰児の誕生は非常にささやかで、聖書一冊にわたり預言や型が書かれており、その偉大過ぎる生誕を数字で定めること自体がむしろ無意味である事を気付かされます。 それは、聖書全般がキリストを顕わしている為です。式典で、「昔いまし、今いまし、世々限りなく在り、アーメン。」というのはその為です。つまり、次元を創られたので、次元に一切束縛されない事が伺えます。創世記からアダムの犯した罪を逆転し、人類救済の壮大な預言が紀元前1450~紀元前400年までなされ、400年の沈黙の後にイェスはお生まれになられたのですが、それがいつなのかは紀元前4年あたりだっただろうと言われています。 グレゴリオ暦で計算しようとしたら、紀元前と紀元後を計算しようとしたのですが、厳密には4年位の誤差がありました。季節は、記録されていません。しかし、ユダヤの律法で、生まれた8日あとに割礼と名付けをした事は確かに行われています。
初代教会ではユダヤ暦の祝日が祝われていました。もともと、キリスト教は、ユダヤ人がイェスが十字架での死と復活を遂げたことを目撃し、それをイスラエルだけではなく、トルコ、ギリシャ、ローマまでイェスをユダヤ人が宣教した事から始まり、それがさらに全世界へ広がったことに由来します。
イェスも、パウロ、ヨハネ、ペテロ、アンデレ、マルコ、マタイ…皆ユダヤ人です。
ルカが、異邦人だったといわれます。
今の季節ではユダヤ暦ではハヌカという祝日で、旧約聖書続編の、マカバイ記に則っております。丁度、アレキサンダー大王(位、前336~前323)が死に、5人の側近に国を譲る時、「ふさわしい者がなるがよい」と熱病で唇を震わせながら伝えた後に亡くなったと言います。その後に、5人の側近が争い合いました。これを、ディアドコイと言います。イスラエルがセレウコス朝・シリアと、プトレマイオス朝エジプト(前304-前3)から攻撃を受け、それらを記したのが、マカバイ記。イスラエルの神殿では、ユダヤの地では不浄とされた豚がギリシャ人により捧げられ、多くの不品行が横行しました。それを清めたのが、マカバイと呼ばれるイスラエル戦団。旧ギリシャ帝国からイスラエル宮殿を奪回したのです。そこで、ハヌカと呼ばれる宮清めの時を記念にお祝いをする習慣になっております。しかし、そこは今や日本語に訳された聖書で紐解けばいいわけで、要は心をどう神様に向けるかです。
ハヌカは教会が異邦の地へ行くにつれ、割と早いうちに祝うことをやめてしまわれたと思います。 これには、聖書的にキリストの御体と信徒の体が宮となった事が挙げられ、祝う必要がなくなったと言えますし、その他いろいろと背景が考えられ、結果的にキリスト教信者は、一般的に割と早いうちにクリスマスを祝っていたらしいです(おそらく、ローマのコンスタンティアヌス帝がミラノ勅令を出し、ローマでキリスト教を公認した紀元313年には既に、外部の風習を取り入れ、祝われていたのではないでしょうか)。 でも、最も大切なのは、キリストを覚え、自分の体も宮として用いられる事を考える事だと思います。 教会(信徒一人一人の霊)は花嫁であり、キリストは新夫であるので、その婚姻の結果、一つになり我々の体も宮の一部となるのです。
結婚式が厳かなのは、教会の救いの型であることがありますし、現にその様に式典の序式に、そのように書かれています。
要するに、風習がキリストと教会(信徒の一人一人の集合体)を覚える事によって、贖われたと考えれば良いと思います。でも、だからと言って旧約聖書を忘れていいわけではありません。それは、ユダヤ人への永遠の契約が今もなお健在であり、決してそれらが置き換えられたわけではないのです。

カソリック教会では、リースを作り蝋燭を4本立てて、希望(人々)の一本目、平安(預言者)の二本目、喜び(聖母マリア)の三本目、愛(洗礼者ヨハネ)の四本目を意味し、各待降節主日に累計的に点けていきます。
クリスマスを覚えて悪い思いをする人はいませんし、キリストの降誕を祝い感謝する日を体験する事はいい事です。 欧州では識字率が当時低く、聖書を学ぶにも価格が高く、活字が発明された1300年頃までは、一般の人は買えませんでしたし、16世紀にドイツ語、17世紀に英語訳されるまでは、ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語とかなりハードルが高く、讃美歌やこれらの風習を体感的に学べるように用いられてきました。
ですから、聖書だけ読むよりは、教会暦から体感し、新約聖書を覚え感謝をし、また、同じ様に、周りの人々と喜び感謝することも大事です。
蝋燭をつけながら、讃美歌94番「久しく待ちにし」、讃美歌96番「エサイの根より」、讃美歌98番「あめ(天)には栄え」等を、待降節の4週間、ご家族団らんで携帯電話を消して歌うのも、良いかもしれませんね。
教会は、いろいろありますので、例えばキリスト教系の有名大学や高校などに問い合わせてみてはいかがでしょうかー立教、上智、青山、明治学院、関西学院、同志社、捜真、フェリス、津田塾、東京女子大、暁星、活水、南山…等々。いろいろと勉強になると思います。
取り合えず、大まかでざっくりした枠組みはこのような感じです。
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