歴史は時の勝者による改竄の結果だとニヒリズムたっぷりの言い回しもあるけども、おおよそこの警句は正しい。
例えば田沼意次はガチの腐敗政治家だと中学レベルでは習ったけども、これは前任者の功績を無かった事にしたかった人達が尾ひれ背びれを付けて残した結果なんじゃないかなと言われている。
義務教育レベルだと物凄く評判悪い田沼意次とその一門であるが、取り潰しにあった後に一応の復権はしている。
これはひとえに領民から慕われていて意次の子孫も真面目に頑張った結果なんだけども、意外と知られていない。
今の静岡県牧之原市辺りを治めていた田沼家は一度取り上げられた領地を再度割り当てられて旗本として幕末までその地を守ったのである。
この復権には徳川家斉が絡んでいたのだが、またそれは別のお話。
歴史というのは、中世から近代においては改竄は多分容易だったのだと思う。
今は色々な記録が昔よりもはるかに残しやすくなっているからそんな事ないと思っていたけども、その辺かなり疑わしくなってきたなと思う。
生成AIを随分恣意的に楽しそうに使う連中が、まあ多い事。
そんな惨状を鑑みると、そういう連中が関わらない形での記録をどうやって残すべきかを考えないといけないのだろうというとこで今日はおしまい。
