人間冷めるときは一瞬で冷めるなあんなに好きだったのに、なんか本当にどーでもいいわ
かと言って誰か新しく好きな人できた訳ではないけど、あの時の思いはどこへ行ってしまったのだろうか。あの時は無我夢中でなかなか自爆してたけど、本当になんでかなって思う。けど何にもないってのはなかなか味気ないね、好きじゃあない以上告白もできんし、滅多に俺と合う人いないから、今度そんな人が現れたら、素直な気持ちをだすのが1番だ。前みたいに下手な意地張ると自分が1番後悔するだろうし、まあけど4年前のあの人ほど好きになった人はいないけど、また誰かを好きになりたいな

クリスマスイブになって4時間ぐらいの今日このごろでした。
憎悪、妬み、怒りは何の意味もない、自分の為にも、人の為にも、これらは皆、喜びと嬉しさに変えるんだ。
人にもも優しくなれるし、人からも優しくされるんだよ
自分に厳しく、人に優しく
俺は俺はどうして生きてるんだと思うだろうか?
天命か?それとも運命は変えられるのだろうか?
いずれにしても、野望を達成するには力がいる。犠牲を成さなければ得れない力が…そのために勉強しなきゃならねーだろ。妥協したら、妥協した結果にしかならない、このまま終わってもいいのか?いや、いい訳がない。世の中には自分の好きな事をやりたくても出来ない奴がたくさんいるんだ、それなのに俺が諦めてどーする。そして、このドラマは俺が生きる意味について考える起爆剤になった、一度決めたからにはそれを貫き通さなければならないということを、あのジャーナリストのように。人から見たら取るに足らない事をやっているように見えたかもしれない、けど本人は命をかけて本気で望んでいた、俺もそのようになりたい、誇りを持てる事をやってみたい。
今思えば、俺はただ金が欲しいと口だけで言っていた、その考えを覆す気もないが、それをする目的を考えないと意味はないし、机上の空論で終わってしまうだろう。それを打開するためには今の生き方を変えなければならない、こんな嘗めた生き方で世の中生きて行けると思ったら大間違いだと心に刻み込まなければならない。人はあらゆる考えをもって物事に立ち向かうが、皆何かしらの目的がある。地位、名誉、金、恋愛、怨恨。悩まない人間なんていない。だからこそ、悩むことには意味があるし、そしてその悩んだことを解決に向けて実行すればいい。成功している人間と失敗している人間には、才能の差などあまりないと最近感じるようになった、確かに運や家系や周りの環境など影響が多いものもあるだろうが、結局その人次第だし、行動にできるか、否かなんだとおもう。
俺は何事も後悔しないように、つねに進んで生きたいと思う、恋愛も勉強も。そうすれば、自ずと自分にとって最も良い道は開かれるだろう。自分を信じろ。

痛みを伴わない教訓には意義がない。
人は何かの犠牲なしに何も得ることなどできないのだから。
しかしそれを乗り越え自分のものにした時…………
人は何にも代えがたい鋼の心を手にいれるだろう。