元ITコンサルタント が 何を語る? -7ページ目

ニッポンのこれからの教育、を語る前に東大の入試を変えよう。

本日付の日経新聞の「経済教室」の特集は「『学歴インフレ』脱却急げ」という内容だった。

内容としては、最近よくある論調で;

・日本の大学は他国と比較してダメダメだ。
 時代にあってない。高度化せよ。
 さもないとこれからの世界では戦えない。
・大学進学率は高いが就職率は悪い。
 (つまりアホでも大学に行けるということ)
・就職活動もどんどん早期化して余計に勉強できない。
 悪循環だ。企業も自制せよ。

といったものと捉えた。

こういった論でいつも思うのだが、

皆、こうあるべきは言うが、ではどうすればそうなるかを絶対に言わない

のだ。よっていつも読むとうんざりなのである。


つまりは、
(1)ニッポンをこれから背負ってたつ人材とはどんなのか?
(2)そのためには、どういうアクションをすればいいか?
で、(1)は皆色々言うが、(2)は少ない。

何か圧力でも?と勘繰ってしまう。


個人的に考える「アクション」とは、多くの制約を抜きにして言うと、「大学入試改革」しかない。

もっと具体的に言うと、「東大の入試を改革する」につきると思う。

そうすれば、他の大学入試から高校入試、中学入試、お受験・・全部考え方が変わってくるだろう。
東大が求める人材=エリート ならば、そのエリート像が変わるということである。


具体的には、以下のようなプロセスでどうかと思う。

1.大学入試センター試験からの撤退
2.高校の成績を点数化して入試配点に加える
3.前期入試を1月中に実施し、3月中旬に合格発表。
4.入試不合格者のうち上位10%に後期入試のチャンスあり。


まず1.だが、センター試験は即刻廃止すべき!と思っている。
あれは大学入試センターという法人のビジネスモデル以外の何物でもない。
効率的な入試を売りに、多くの私立大学を巻き込み、利用料やらで儲けている。
非常によくできたビジネスモデルである。

受験者にとっては百害あって一利なし・・で、単なる反射神経を磨かざるをえない試験になっている。つまり、いかに多くの事項を暗記し、いかに効率よく吐き出すかを問われるだけの試験である。

よく考えて答を出す、ということが得意な受験生には、えてして苦手である。
実際に、東大や京大、一橋など、多くの上位大学はセンター試験の配点を極少化している。

だったら、どこかの公立大学みたく、やめればいいのに、ということである。
(国立大がやめても、多くの私立大は継続するだろうから、大丈夫!?)
まぁ、やめられない理由があるのでしょうが・・

2.は、上位高校ほど不利になる仕組みを設けるためのものである。
いくら絶対評価にしても、開成高校で「4以上」の評定を出すのは大変だ。
逆に、地元の公立高校なら容易、などということも・・・
これによってどの高校が東大入試に有利というデータの意味は薄れる。
国内より広くまんべんなく優秀な学生を採るという東大のイズムにも合致するのではないか。


3.は、つまりそれだけ採点に時間をかける入試内容にするという意味である。

具体的な入試科目だが、以下でどうか。

A.基礎総合
  英語、数学を中心に問う
B.小論文(字数制限なし)
  最近の時事問題を中心に問うもの1問
  歴史的、哲学的な事項を問うもの1問
  自然科学的な事項を問うもの1問
C.専門性を見る問題
  志望する学類により異なる

時間 A.3時間、B.4時間、C.2時間
日程 初日午後 B. 2日目午前 A. 午後 C.
配点 A.300点、B.400点、C.200点、調査書100点


A.は昔の後期入試1のイメージである。基本的な英語力と、基礎数学を中心とした論述力を見る。

B.は「あなたはどれだけ考える力があるか」を見るものであり、入試改革のメインに位置する。
知識として高校課程の地理歴史公民、理科総合ABをベースに、現代事象を読み解く力を見るものとする。答の無い現実社会を正しく直視する能力が必要となる。「あなたはどちらの立場か。またその根拠は・・」という論じる力が必要となろう。
また、1題くらいは、戦略コンサルの就職試験のような問題を入れていいと思う。

C.は、多くの問題の中から自由に2問程度選択させて(但し、志望する学類により制限あり)解いてもらう。国数理社。今の前期試験の問題レベルでいいと思う。

狙いとして、B.は対策が立てにくい、ということである。今の前期試験のような入試問題だと、対策本が書店で乱立している。それを無意味化したい。

もちろん、普通の小論文だと考えるフレームワークを伝達するための対策本ができあがるだろうが、論文だと最終アウトプットはどうしても「人となり」が出るものであり、まして「字数制限なし」の4時間耐久レースともなればなおさらである。


最後の4.だが、これはつまり後期入試を「どうしても入りたい人の為の入試」の位置づけとするということである。中途半端な「自由」は不要とする。
入試内容は、再度B.のような問題とする。つまり、漏れた上位10%の中には、A.やC.でやられた人もいるかもしれず、そういう人材を取りたい(つくりたい)という主張の表れである。

東大は言わずもがな人気・実力ともに日本で1番の大学である。
その大学が求める人材像の影響度合が相当なのだという認識は皆持っていると思う。


最後に、この結果どうなることが想像されるか?だが、少なくとも、現行型の単なる試験エリートは減るか、もしくは幅を利かせなくなる。自分なりに考え、論じることの重要性を皆感じるようになる。そして、他の大学(京大は疑問だが)が東大入試をモデルとして独自性のある入試を実施するようになり、その対策としてではあるが、答の無い現実社会を正しく直視する訓練を、中学や高校がするようになる。

まぁ、これくらいのことは多くの人は考えているでしょうが・・
なかなか実現しないのは、、日本は「役人共和国」だからですかね?!

皆、野党、傍観者なのかもしれない。
でも「ポスト3.11」で、少しは変わってほしいという期待を持ってここまで書きました。


●本日付の日経新聞に

 日本には社会全体として傍観者的に発言することが知的であるという風潮がある。
 しかし、これほど「反知的」であることはない。

とあった。野中郁次郎先生のコメントである。
身に染みます・・