どうも気になる・・
私は、約10年ぶりに中学生に数学などを教えていますが、
いわゆる「ゆとり教育」のせいなのか?
昔と比較して、教えてて気になることがいくつかあります。
※雑談なので読んで不快に思われるかも知れませんがご容赦ください。
(1)計算が弱い
分数計算や桁数が多くなった場合など、ミスが多いです。
Vもぎレベルの模試で偏差値60くらいでもあります。
ただミスするだけならまだしも、明らかに嫌悪を示す場合もあります。
これはどういうこっちゃ?
(2)言葉力が弱い
例えば「aの範囲を求めよ」と言われて、
何をしていいかわからない、等です。
「範囲」で「不等式」で示すという発想がないようです。
って、今のカリキュラムでは一次不等式を教えてないのですね。
私が中学のときは連立不等式までやっていたのですが。
ただこれは単に問題が解けないだけでなく、
「言葉を知らない」ということは「論理的に考えられない」ともなりませんかね?
現代の環境(学校、家庭、地域、・・)ではことばの習得は難しいのでしょうか。
極論かもしれませんが、はっきり言って
中学受験をしなくても、中学受験するくらいの勉強はしたほうが絶対いいですね!
いやしないとダメでしょうね。
さもないと、一握りの役人にだまされる人生を送ってしまいますよ。
(3)「頭のいい子」がいない
これは塾で実感するだけでなく
神奈川県の某公立高校(進学校)で理科を教えている大学時代の友人も言ってました。
「勉強できる」けど「頭のいい子」はおらんわ~ とのこと。
私立へ抜ける人が多い首都圏ではしょうがないのかもしれませんが
平均とっても、やはりそう思ってしまいます。
つまり、講師の教えることは無批判に受け入れるのですが、
それを完全に「自分のもの」にできて、応用できるくらいの人がいない。
例えば数学の問題だと、
√(-4)^2 は √の中を計算して16にして、それから√だから 4!
とはできるのですが
√(-4)^2×5+1 だと 4√5 + 1 とか 4√6 とか パニックで珍解答続出
⇒正しくは、√の中を普通に計算して √81 で 9 です。
※本来的にはそういう指導も塾ですべきでしょうが、あえてノーヒントにしてみました。
10年前だと、少なくとも偏差値60程度であれば
きちんとできるのが大半でしたが
今はできないのが大半です・・・
~~~
実際の職場でも、その傾向はあって
特に(2)など、プログラム開発の設計書など書かせても
「誰が見ても読める文章」にならない方が最近は多いです。
また(3)なんかは、自分の中にため込んだ知識やアイデアを
フルに発揮して組み合わせて試行錯誤して、新しい何かを産み出したりまとめたりすることこそが
「考える」ということだと思うのですが。。。
国がやってる全国テストありますが、あれ10年前のデータはないわけですよね?
ここ2~3年の動向見てもしゃーないんちゃいますかね。
税金のムダではないかと思います。
教育は何のためにあるのでしょうか。
日本は何の資源もない小国ですけど。
そんな何もない中、頭脳だけは世界で通用することを示してきたはず。
そんな教育だったと思ってました。少なくとも、10年くらい前までは。
今の教育は、国政のまずさをわからせないような人を育てることを狙いとしているように思えます。
「新学力観」わけわかんね。
ただ、、そうですね。。96年に中2だった人たち(=今の26~27歳)を教えるくらいから
やっぱ少し違和感を覚えてきたのもあり。
単純に教育政策のまずさだけが問題ではないのかもしれません。
また時間のあるときに考えたいと思います。
いわゆる「ゆとり教育」のせいなのか?
昔と比較して、教えてて気になることがいくつかあります。
※雑談なので読んで不快に思われるかも知れませんがご容赦ください。
(1)計算が弱い
分数計算や桁数が多くなった場合など、ミスが多いです。
Vもぎレベルの模試で偏差値60くらいでもあります。
ただミスするだけならまだしも、明らかに嫌悪を示す場合もあります。
これはどういうこっちゃ?
(2)言葉力が弱い
例えば「aの範囲を求めよ」と言われて、
何をしていいかわからない、等です。
「範囲」で「不等式」で示すという発想がないようです。
って、今のカリキュラムでは一次不等式を教えてないのですね。
私が中学のときは連立不等式までやっていたのですが。
ただこれは単に問題が解けないだけでなく、
「言葉を知らない」ということは「論理的に考えられない」ともなりませんかね?
現代の環境(学校、家庭、地域、・・)ではことばの習得は難しいのでしょうか。
極論かもしれませんが、はっきり言って
中学受験をしなくても、中学受験するくらいの勉強はしたほうが絶対いいですね!
いやしないとダメでしょうね。
さもないと、一握りの役人にだまされる人生を送ってしまいますよ。
(3)「頭のいい子」がいない
これは塾で実感するだけでなく
神奈川県の某公立高校(進学校)で理科を教えている大学時代の友人も言ってました。
「勉強できる」けど「頭のいい子」はおらんわ~ とのこと。
私立へ抜ける人が多い首都圏ではしょうがないのかもしれませんが
平均とっても、やはりそう思ってしまいます。
つまり、講師の教えることは無批判に受け入れるのですが、
それを完全に「自分のもの」にできて、応用できるくらいの人がいない。
例えば数学の問題だと、
√(-4)^2 は √の中を計算して16にして、それから√だから 4!
とはできるのですが
√(-4)^2×5+1 だと 4√5 + 1 とか 4√6 とか パニックで珍解答続出
⇒正しくは、√の中を普通に計算して √81 で 9 です。
※本来的にはそういう指導も塾ですべきでしょうが、あえてノーヒントにしてみました。
10年前だと、少なくとも偏差値60程度であれば
きちんとできるのが大半でしたが
今はできないのが大半です・・・
~~~
実際の職場でも、その傾向はあって
特に(2)など、プログラム開発の設計書など書かせても
「誰が見ても読める文章」にならない方が最近は多いです。
また(3)なんかは、自分の中にため込んだ知識やアイデアを
フルに発揮して組み合わせて試行錯誤して、新しい何かを産み出したりまとめたりすることこそが
「考える」ということだと思うのですが。。。
国がやってる全国テストありますが、あれ10年前のデータはないわけですよね?
ここ2~3年の動向見てもしゃーないんちゃいますかね。
税金のムダではないかと思います。
教育は何のためにあるのでしょうか。
日本は何の資源もない小国ですけど。
そんな何もない中、頭脳だけは世界で通用することを示してきたはず。
そんな教育だったと思ってました。少なくとも、10年くらい前までは。
今の教育は、国政のまずさをわからせないような人を育てることを狙いとしているように思えます。
「新学力観」わけわかんね。
ただ、、そうですね。。96年に中2だった人たち(=今の26~27歳)を教えるくらいから
やっぱ少し違和感を覚えてきたのもあり。
単純に教育政策のまずさだけが問題ではないのかもしれません。
また時間のあるときに考えたいと思います。