A Diary of Fromm

A Diary of Fromm

books, fashon, music, nature, culture, hobby etc.
I am a person,writing novels and essays.

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在宅ワークをしていて


これは嫌だなあ~と思うのは


相手の顔が見えないことである。


依頼される仕事の内容や選別も


相手が何を思い、この原稿を送ってくるのか、確認しようがない。







それで、ひとつの定義があることに気付いた。


それは、私が用事があって、在宅の仕事を休んだりした後に依頼される仕事が


もんのすごーーーーく、面倒な原稿である確率が高いということに。


そして、


手間暇かかって涙が出そうになるくらいの原稿なのに


普段よりも、ワード単価が安かったりする。








これは、自己都合で休んだわたしへの、担当者の仕返しなのだろう、と気付いた。


気付くのに、四年かかったのは、遅すぎた?








在宅ワークは、辛い。


本当に、大変ですこと。


内縁関係も含め、「夫」 となった人複数名に毒を飲ませて死に至らしめ、


保険金を受け取っていた年配女性が逮捕された。


ここへきて少しずつ、その犯行を認めているという。


マスコミは、相変わらずのハイエナ取材をしているが


このような事件の時には、容疑者のインタビューを取りつけていたりして


あっぱれ、でもある。


(冤罪だったら、放映しないのかな?)


テレビカメラや取材を意識して話す年配女性の容疑者は


普通の、ごくふつうのオバチャン。


この人のどこに、他人に毒を盛るという冷徹な部分があるのか


一見すると、わからないものだ。










この容疑者に限らず、


誰かの死や不幸を願い、その上に富を得ようと考えるタイプの人は


自分で自分に酔いしれ、自分の嘘を、まるで真実のように信じ込むのではないかと


私は分析している。












嘘をつくことはよくない、と


子どものころから教えられているうちに


本当に正直な人間に育つ人と、


正直な人間となるために、ついた嘘を真実だと記憶が塗り替えるタイプがあると思う。










多額のお金を得るために、


誰かの死を願うなど、人間として、終わっている。


この容疑者に限らず、案外とこのタイプは、大きな顔をして


世間を渡っているものである。


善人の顔をして。


まわりに善人だと信じ込ませて。


そして、自身も、自分が善人だと信じ込んでいるだろう。












私は金の亡者が嫌いだ。



四月になった。


今年は、桜の開花が早いと思うのは、私だけではないだろう。


気温が一気に高くなり、早くも満開を迎えた枝もある。


開花が早いと感じるのは


三年前の母の葬儀を思い出したからだ。


母を見送った火葬場の沿道に、ちょうど満開に咲き誇っていた桜の木々。


それが、葬儀の翌日に列島北の自分の家に戻ってみると


まだ、蕾がほころびはじめたところだった。









この頃、自分の人生の課題が見えてきた気がして


残り後半の人生に覇気が出てきた。


自分が何を背負って生きているのかがわかり、そのまっとうさにホッとしている。


私は、まっとうな人生を送ることができて幸いだ。










どの人にも、なにかしらの課題があると思うのは


父を思い出したからだ。


父が、なぜあれほどに、人を育てることに熱心だったのか、わからない。


生きているうちに、もっと聞いておけばよかったと思うことも、この頃多い。


人生の指標に、父の姿があった。


それを、ありがたいと思う、この頃である。











父の大切にした価値観というものは、目に見えるものではなかった。


目には見えないけれども、人の心に育ち、確かにそこに在るもの。


それは、父の言葉を借りれば<お金では買えないもの>なのだそうだ。










私の抱える課題は、この、父の価値観を受け継ぐことにある。


幸か不幸か、我が家の財政状況は苦しく、


相変わらずの赤字続きで、自転車操業だが


この頃は、こんなスリルある人生も、いいんじゃないか、と思う。


なにより、働くことができる健康な体がある。


いや、健康ではないけもしれないけれど、とりあえず働く意欲と


活動力は、ある。










自分のために生きる人生、をずっと求め、それが


若くして叶わなかったことを、恨めしく思ったこともあった。


私の二十代、三十代は、その葛藤の日々と苦悩の連続であったので


誰か人のために尽くす人生が、自分の人生に意味をもたらしてくれることも


あるのだと、思うようになった。











父の介護をしていたときに、私はこのことに気付くことはなかったのに。













もしこのブログを定期的に読んでくださる方があったら


ちょっと、だましているようで申し訳ない。


「休む」と、言いながら、書いているから。







タネをあかせば、迷惑訪問する人の対策、でもあります。







ほそぼそと続ける、これが私には合っているようです。



お家騒動の渦中にある


IDC 大塚家具 会長の言葉、


「家具は使い捨てでは、ありません。」





たしかに・・ 


IKEA に行っても、家具はどうしても、買う踏ん切りがつかない。


ボックスやフレームなど小物買いしてしまいます。







満足のいく、良い品は


作り手の心が、伝わる名品が多いのも納得するような


会長の言葉でした。








大塚家具は、値段がやはり高めで


若造の独身には敷居が高かったお店でしたが


目の保養に、よく訪れました。









親子兄弟姉妹、仲良くしてください。