オランダトライアングルの後を引き継ぐべく登場した男。

なんとなく風貌がジェームス・ディーンなんだよなあと思っているのは
僕だけでしょうか??


ベルカンプの特徴はトラップ。
その芸術的までにすばらしいトラップで、数々の名ゴールを演出した。


やはり、サッカーはこういった10番タイプの選手が必要なんですよね。


アヤックスで華々しくデビュー。
たしか得点王になっている。


で、92年の欧州選手権では惜しくも、
天才ドリブラー ブライアン・ラウドルップと、伝説の守護神シュマイケルの
デンマークに敗れるが、活躍がみとめられて、イタリアはインテルへ。

これが、彼のキャリアの大きなあだ花となった。

でもねーこればっかりは、本人のせいかもしれない。
だってイタリア語を覚えなかったらしい。
それじゃあ意思疎通できないですよね。

でもってインテルは初の降格か???と騒がれるくらい、凋落し、
13位(たしか)でシーズンを終える。


ベルカンプ全然目だってなかったですよね。
FIORUCCIというスポンサーのいやに薄い青色のインテルのユニフォームを見るたび、
ため息がでてしまう・・・
だめだったなあなんて。
まあ、もともとインテルってそんな好きじゃないんだけれども。


で、94年のワールドカップ。
ここでベルカンプはワールドカップ伝説のゴールを決めます。

それはブラジル戦。
スローインのボールを受けたベルカンプはディフェンスを交わしてゴール隅へけりこんだ!
字で書くとなんてことないんだけど、これは、トラップから、なにから
本当にすごいゴールだったなあ。


この活躍があって、アーセナルへ移籍。
でも当時はプレミアリーグなんてたいした選手がいなかった。
カントナ、ギッグス、シュマイケルのマンチェスタートリオとか、
そのくらいか・・
でも、ベンゲルが来てからアーセナルは変わります。
チャンピオンズカップが狙えるようになったもの。


そして迎えた98年のワールドカップ。
ここでも伝説のゴールその2を見せてくれました!
それはアルゼンチン戦のゴール。
ゴール前での見事な、本当に見事としかいいようのない、トラップから
ゴールを決める。
時間がとまったような瞬間だった。
ワールドカップの歴史に残るゴールでした!
何であんなトラップができるんだろう・・・。


で、2000年オランダ、ベルギー共催の欧州選手権。
代表最後の国際大会。
ライカールトに率いられた代表チームは優勝にふさわしいプレーを見せていたが、
おしくもPKでイタリアに負けてしまった。


ベルカンプは結局代表では大きな結果を残していない。
しかし、記憶に残る最高のプレーをたくさん見せてくれた。

いまもまだ現役でアーセナルでがんばっている。
おそらく現役最後になる来シーズン、どんなプレーを見せてくれるのかな。



やっぱベンゲルをチャンピオンズカップ優勝で胴上げでしょう!!



再掲載です(初出2005

デニス・ベルカンプ 100ゴールズ [DVD]/デニス・ベルカンプ
¥1,050
Amazon.co.jp

デニス・ベルカンプ レジェンド [DVD]/デニス・ベルカンプ
¥1,890
Amazon.co.jp


80年代~90年代初頭のベルギーを象徴する存在だ。

いやなんといっても、典型的なゲームメイカー。
キャプテン翼の翼くん見たいな存在。
中盤に君臨するような。

現代サッカーが失った一筋の光だったとも言える。
天才的で優雅なプレー、パスワークは見るものを魅了した。

「20世紀最後のゲームメイカー」とプラティニが称したのも
うなずける。

代表としては86年ワールドカップで、4位に。
その後は、ワールドカップに参加するも成績的には振るわなかった。

フランチェスコリと同様、記録よりも記憶に残る選手の代表的存在だった。





ワールドカップ伝説 2 永久保存版 ’90年代編 (B・B MOOK 657 スポーツシリーズ.../著者不明
¥980
Amazon.co.jp

ノヴァンタ―イタリア’90ワールドカップ写真集 (南雲堂ツウィン・ブツクス)/村山 仁巳
¥9,991
Amazon.co.jp




久しぶりの更新を。

来年いよいよワールドカップが始まります。

昨今のワールドカップ雑感を綴れればと。


90年
スター不在と言われるこの大会。
たしかにそうかもしれないんですが、
スターの原石たちが集った大会といえるかもしれません。


【スターの原石たちの競演】


イタリアのロベルト・バッジョ
ユーゴスラビアのストイコビッチ
(ボバン、スーケル、サヴィチェビッチはベンチにいたらしいすね)
ドイツのクリンスマン
イングランドのガスコイン
ベルギーのシーフォ

このとき20代前半の彼らが90年代を支えていくことになるんですよね。


世界のスーパースター プラチナムコレクションシリーズ『ロベルト・バッジョ ファンタジスタ2』 .../ロベルト・バッジョ
¥5,250
Amazon.co.jp





本当であればスターになったであろう者たちの筆頭は
オランダトリオでしょうか。
フリット、ファンバステン、ライカールトが揃って不発。
なんなんでしょうかね。



ベテランもいい味出してました
イングランドのリネカー
スペインのミッチェル
アルゼンチンのマラドーナ
ブラジルのカレッカ
ウルグアイのフランチェスコリ
コロンビアのバルデラマ


世界のスーパースター プラチナムコレクションシリーズ『マラドーナ』 [DVD]/マラドーナ
¥5,250
Amazon.co.jp




【アフリカンパワー】
あとアフリカンパワーを見てつけてくれた大会だったともいえますね。
緒戦のアルゼンチンVSカメルーンの衝撃は近年最高のものかもしれません。
いやーとんでもないジャンプ力でしたね、あの選手たちは。
アルゼンチンGKのプンピードがいきなり怪我しちゃうし。
アルゼンチンにとって思い出したくない1戦でしょうなこれは。
後半、足がとまったアルゼンチンはマラドーナへの縦パスのみという
単調な攻めに終始しますが、そのときのNHK解説者の「縦パスだけでは、マラドーナでも
どうにもなりません」の声が印象的でした。



カメルーンVSコロンビアも面白かったですね。
コロンビアGKの変態イギータが、下手なドリブルをし始めて、
それをカットされて決勝点を決められたんですよね。
NHK解説者の「イギータ、今回ばかりは出過ぎました。」の声が印象に残ります。



【名勝負】
オランダVSドイツ
優勝候補同士の争い。しかも犬猿の仲。
クーマンは試合終了後、交換したドイツのユニフォームで尻をふきましたし、
フェラーがライカールトに「ニガー」という言葉を浴びせかけ乱闘になり、両者退場に
なってしまったし。
名勝負になるはずが、ひどい試合になりました。



イングランドVSドイツ
PK戦というものがなければ、イングランドが勝っていたかも知れない名勝負でした。
とくにリネカーと、ガスコイン。
おそらく生涯でベスト3に入るくらいのプレーを見せてくれたのではないでしょうか。



【名ゴール】
ユーゴスラビアVSスペイン
ストイコビッチが見せた、トリッキーなトラップからのシュート。
文章ではうまくいえませんが、彼自身の記録に残るゴールだったのでは?



ザ・レジェンド オブ ストイコビッチ [DVD]/名古屋グランパスエイト
¥7,350
Amazon.co.jp




イングランドVSドイツ
幻のゴールでしたが、ガスコインがハーフウェイラインから放った
超ロングシュート。
おしくもGKに阻まれますが、とてつもないキャノン砲でした。


イタリアVSチェコスロバキア
バッジョのドリブルからのシュート。
バッジョらしいフェイントが素晴らしい。
彼自身も印象的なゴールであると、後に語っております。


ドイツVSユーゴスラビア
クリンスマンのダイビングヘッド。
でもドイツの連携のすごさがよく分かった試合でしたね。
右サイドでボールをまわし、空いた左サイドにブレーメが走りこみ、
すかさずパス、パスを受けたブレーメがセンタリング、クリンスマンへ
お手本のようなゴールでしたね。



とまあ意外に見所の多いイタリアワールドカップ。
ダイジェストDVDでぜひごらんになってください。




いやーサッカーってよく国同士の戦争とかいうけど、
これって第二次世界大戦の縮図なんですよね。

ナチスドイツに強引に攻め込まれた、フランス、イングランド、
ポーランド、オーストリアなんていまだに、庶民感情的に
ドイツを許せないんじゃなかろうか。


この中で、今回取り上げたいのはイングランドVSドイツ。

なんとこの両国は要所要所ですばらしい名勝負を演じてくれています。


まずは、90年イタリアワールドカップ。
決勝進出をかけた戦いで両者が顔をあわせた。

こんときのドイツは、僕は決定的にアンチドイツなんけども、
そんな僕でさえもすごかったと思うくらい、とてつもないチームだった。

だって監督はベッケンバウアー。これだけで、座布団2枚(笑)
FWには、クリンスマン、フェラー、MFには、ブッフバルト、リトバルスキー、
メラーにヘスラー、そして帝王面のマテウス。
DFには世界最強のコーラー、トーン、アウゲンターラー、
サイドにはブレーメ、GKは後にレアルで活躍するイルクナー。

とんでもないチームだったなあ!!。


対するイングランドも負けちゃあいない。
イングランドサッカーゴールランキング第二位(これって一位とは1ゴール差)の
栄光の点取り屋リネカー。(名古屋で活躍しなかったのがうそみたい)


MFには、堅実味あふれる闘将プラット、永遠の芸術家&やんちゃものガスコイン、
フランスマルセイユでも大活躍したアーティスト クリス・ワドル
DFにはアダムス、GKはイングランドの顔で、個人的に最も好きなキーパー シルトンがいた。

この試合は追われ追いつきという一瞬たりとも気を抜けない試合だったんだけども、
結果はPK戦でドイツの勝利。なんでPKなんだ!!

ちなみにこの試合、リネカー、ガスコインのトッテナムコンビが大活躍をしてくれてます。
個人的にはそれだけでも大満足。


あと、ちょっといいこと教えちゃうと、ゴールにはならなかったんだけど、
ガスコインのスーパープレーがあるんだな。
それは、ハーフウェイラインからの超ロングシュート。
これはねー実際映像を見ないとすごさが分からないと思う。
NHKのダイジェスト版でも収録されてたので、ぜひ見てみて!
だって、入りそうだったんだもの。みんな一瞬息を呑んだよあれは!!

でもイングランドまけちゃったんだ・・・


続いては、96年欧州選手権での試合。
これも、準決勝だったかな。
ドイツは、90年代の主力が残りやや体力に難あり。
実はこれが、現在ドイツを襲っている悲劇の始まりでしたね。
だって、6年間もレギュラーがほとんど一緒なんてありえない。
若手が成長できないってことじゃん。
日本で言うとヴェルディが陥ったスパイラルだね。

イングランドは、FWの柱はシアラー、DF、MFもフレッシュな面々が顔をそろえた。
一番好きなチーム リバプールのレドナップ、マクマナマン、
トッテナムのアンダートン、アーセナルのシーマン、アダムス、
マンチェスターのネビル兄弟。

そしてポール・ガスコイン。

この試合はガスコイン抜きには語れない。
ホント全盛期を彷彿とさせる動きなんだもの。
サッカーの持つ美学、一瞬のひらめき、創造性をここまで強烈にみせてくれるなんて
この試合みてて良かったーーー。

試合はまたまたPKでドイツの勝ち。
なんでPKなんだろう!!


この試合でも延長で、ルーズボールへのガスコインのスライディングが
あるんだけど、惜しくも一歩とどかず。
でも見てたものに言わせると決まったとおもいましたよあの瞬間。
また息を呑んだもん。


やっぱ、98年の代表にはガスコインが必要だったんじゃないかなあ?
ああ、ガスコインよ永遠なれ。



つづいては、2000年の欧州選手権。
この大会のドイツは、90年ワールドカップの主力がこぞって(一気に)引退した
影響でかなり弱体化していた。
だって、主力っていったらカーンくらいなんだもの。
ダイスラーは、まだ海のものとも、山のものともつかなかったし。

しかしイングランドには熟成したシアラー、成長著しいオーウェン、
若手の成長株から精神的支柱にまで成長したベッカムがいた。
あと、スコールズとか。


この試合結局イングランドが勝利を収めるんだけど、
ポイントは、ベッカム→シアラーのホットラインでゴールを奪ったシーンかな。
ベッカムのピンポイントのクロスに、シアラーが飛び込む。
このゴールに言葉はいらない。
かぎりなく美しいゴールでイングランドが勝利!!
やっとドイツに積年の恨みをはらしたのだ!



ラストは2002年ワールドカップの予選。
ドイツは弱体化。
もう見る影も無かった。バラックとか、いなかったらもう、どん底だったろうな。
よしよし。すみませんアンチドイツなもので。(笑)

イングランドは、レギュラーに定着したストライカーオーウェン、
代表の顔となったベッカム、若手の有望なボランチ ジェラードらが中心となる。

個人的にリバプールが大好きなんだけど、こんときはすごかった!
ジェラード、オーウェンのホットラインが完成したんだもの!
オーウェンにもチャンピオンズカップとらせたかった~。

そのオーウェンがこの試合、後世まで語り次がれるような伝説を残すんだよね。
なんとドイツ戦でハットトリック!!

アンチドイツの僕としては、非常に好きな試合の一つだなあ。
さすがに、すごい試合だったせいか、予選では異例のDVD化が実現したもんなあ。

オーウェンはこれでバロンドールをとりました。
イングランド人ではあのキーガン以来だって。
ちなみにキーガンもリバプールに所属してました。



とまあ因縁のドイツVSイングランドだけど、
ふと気づくと勝っても負けても印象に残るのはイングランドのプレーなんですよね。
かつて、ロングボールを前線に上げるだけと揶揄された時代はもう過去。

これからも、両国には名勝負を繰り広げてもらいたいものです。
イングランドに勝ってほしいけど・・・(笑)

民族紛争。


これは、冷戦終結と同時に沸き起こった民衆の
自己アイデンティティ回復運動といってもいいかもしれない。


冷戦時代、強圧的なソ連によって、強制的に連合させられていた国々と
そこに収められた多数の異民族。


ウクライナ、ウズベキスタン、カザフスタン・・上げればきりがない。


同様に、独自の政策でこれまた強圧的に異民族を一つの国境という
概念上にしかないラインの中に閉じ込めた国がある。



ルーマニア、チェコスロバキア・・・そして、ユーゴスラビア。


90年代初頭、ベルリンの壁崩壊、ソ連崩壊により、冷戦は終結したかに見えた。


しかし、自分たちを強圧的に閉じ込めていたライン(=国境)が
消えたとたん、民族の間に自由という名の下に自由回復気分が高まってくる。



おそらくボバンや、ボクシッチたち一般家庭には、これまでと変わらない
生活風景があったはずだ。
隣の人が、何人であろうと気にすることなく暮らしていたに違いない。



ただ、人は群集となったときに、狂気に走るのだ。



とても悲しいことに、この民族アイデンティティ回復の機運を自分の
利益のためだけに利用しようとした権力者たちがいた。



彼らは巧みな情報操作により、各民族を扇動する。


いったん火がついてしまうと集団と化した人々は、個人の意見など聞かず、
自由という戦乱の中へと突入していく。


繰り返すが、僕は一部の為政者による政策が民族混乱に火をつけたと思っている。
(他にも理由はいろいろあったろうけど)


NATOの介入、爆撃、祖国の分裂・・
冷戦終結後に起きた一連の出来事は、ここでは多く語らない。


ただ、国の問題をスポーツの場に落とすのはいかがなものだろうか。


制裁は為政者になすべきであり、スポーツマンになすものではない。



90年代初頭。
ユーゴスラビアサッカーはその歴史上もっとも輝かしい時代を迎えようとしていた。

FW:ボクシッチ、スーケル、ミヤトビッチ
MF:ストイコビッチ、サヴィチェビッチ、プロシネツキ、ユーゴビッチ
DF:ヤルニ

錚錚たるメンバーをそろえ、東欧のブラジルの名に恥じぬ快進撃を続ける。


(ドラガン・ストイコビッチ)


90年ワールドカップ。
マラドーナ率いる、アルゼンチンに惜しくもPK負け。
しかし、ストイコビッチのスペイン戦で見せたトリッキーなゴールは
大会随一だったと思う。(DVDで見てくれ)



92年欧州選手権。
優勝することになるデンマークを予選でおさえ、予選全勝でまんをじして
大会に臨むメンバーたち。
たしかコペンハーゲンに着いたそのとき、メンバーはFIFAによる制裁を
初めて知る。大会からの締め出し、当面の国際大会出場禁止・・・



94年ワールドカップ。
そこにはユーゴスラビア代表の姿は無い。
セビージャ、マルセイユ、バレンシア、ユベントス、バルセロナ、ACミラン・・・
欧州の名チームで大活躍をするメンバーたち。
ストイコビッチ、サヴィチェビッチらは全盛期を迎えていた。



(サヴィチェビッチ、ユーゴビッチ、ミヤトビッチ)

92年欧州選手権、94年ワールドカップ・・
彼らが代表の名の下に集結し、参戦していたとしたら・・
どんな結果になっていただろうか。



スポーツは市民のものであり、だれもそれを楽しむ権利を奪えない。
全世界のサッカーファンはそう感じているに違いない。


アスレチック・ビルバオというチームがあります。
スペイン北部の、バスク地方を拠点とする古豪です。


80年代には、スペインリーグを連覇するなど、非常に良いチームです。


このチームの大きな特徴。


それは、バスク地方出身の選手しかいないということ。
完全なる純血主義を貫いているんです。


同じ地域には、一昨年優勝に手が届きそうだった「」もありますが
ここが、外国人も受け入れているのとは対照的です。


でもすごいですよね。
日本で言うと、四国選抜みたいな感じですよ、

それが82-83シーズンにゴイコエチェアやスビサレッタを主力として優勝して、

しかも、翌83-84シーズンにも優勝して連覇を成し遂げました。


その後も
ウルサイス、エチェベリア、ゲレーロの“スペイン代表トリオ”が97-98シーズンに

ブレイクし、リーグ二位という好成績を残しました。


レアル・マドリッド、FCバルセロナと並んでずっと一部をキープしてるし、UEFAカップや、

チャンピオンズカップに出場することも良くあります。


団結力では他チームの追随を許さないんでしょうね。


ちなみに、バスク語というのは、いまだに語源がはっきりしない言語。
標準スペイン語とは似ても似つかない全く、独自の言語なんです。

歴史を紐解くと、イスラム教徒に追い詰められた、キリスト教徒の反撃が始まったのも
バスク地方でした。(レコンキスタというやつですね。)


とまあさまざまな要素の詰まっている地域なんです。


近年だと、ウルサイス、アルコルタなど、代表レベルの選手を多く輩出しています。


その中で、もっとも華麗なプレーを見せていた選手。
それが、ゲレーロです。



彼は典型的なテクニシャンで、その風貌も手伝って非常に人気の高い選手でした。
スペイン代表にも90年代前半~後半まで定着していました。

まさに90年代のバスク地方を代表する選手です。


一番思い出深いのが、いつだったかの代表戦。
オーストリアとの練習試合だったかと思いますが、素晴らしいドリブルを披露しておりました。


ビルバオという、職人気質なチームにあって、
もっとも華のある選手だった・・・そう回想されるに違いありません。




オランダ。


オランダといえば、3強のチームと言われております。

同じようなのが、スコットランドとか、一昔前のスペインとか、にも当てはまるでしょうか。


オランダは、アヤックスとPSVとフェイエノールトです。

(個人的にはへーレンフェーンとか好きなんですけどね)


今回紹介するのはアヤックス。



強いチームに共通すること。

それはタイトルを取り尽くしているということ。


80年代のリバプール、90年代前半のバルセロナ、90年代中盤のレアル・マドリー、

80年代後半~90年代前半のACミラン、90年代後半のマンチェスター・ユナイテッド

90年代前半の一時期のマルセイユ、80年代後半~90年代前半のレッド・スター・・・


それぞれ、チャンピオンズ・カップを手にしています。


もちろん90年代前半のアヤックスもそう。


94年ころから95年くらいまでの2年余り。

オランダを代表するチームが、世界最強と呼ばれた時代がありました。


ACミラン、バルセロナが弱体化し、ユベントス、レアル・マドリーが再び黄金期に返り咲いていく、

ちょうどその狭間の時期。


アヤックスが炸裂します。


監督はファン・ハール

超システマティックな監督です。

信念は3-4-3のフォーメーション。

こうすると、パスの連携に欠かせないトライアングルがたくさんできるのだそう。


当時在籍していた選手たちを紹介すると・・


GK:エドウィン・ファン・デル・サール

90年代後半おそらく、世界トップ3には、入っていたGK

(ほかは、シュマイケルと、ビトール・バイアかな?)

手が長くて、高いボールの処理が見事でしたね。



DF:デブール兄弟の片割れ(どっちが、どっちだか忘れました・・)   

   ブリント、レイツィハー、など安定性のあるメンバーがそろっていました。


そして要のMF。

中盤の底には、パワフルマン:エドガー・ダービッツ

ゲームメイカーは、フィンランドの天才男:ヤーリ・リトマネン。


(リトマネン、カヌー)

FWには、あのナイジェリア代表、ヌワンコ・カヌーと

クライファートが聳え立っていた。



いやまあ、これだけのメンバーがそろっていて、

しかも、きちんとシステムどおりに動いていたんだから

強いことこの上ない。



ただ、ドイツと違うのが、リトマネンの存在だろう。

ファンタジスタではないが、リアリストでもない彼独特の存在が

このチームをユニークな、ものにしていたと思う。



このチームはオランダリーグでも快進撃をとげ、

94年チャンピオンズリーグ決勝にて、当時最強のACミランと顔をあわせる。



アルベルティーニは、後のインタビューで「勝っていたのは僕らのほうだ」といっていたが

アヤックスが、値千金の1点をゲットし、見事、久しぶりの優勝をはたしたのだった。


クライフの時代以来のできごとだったんで、アムステルダムの町は狂気乱舞したんだろうな。




でも、面白い共通項があって

90年代後半のチャンピオンズリーグの優勝チームは、リバイバル優勝が多かったんですよね。

バイエルンは、あのベッケンバウアー時代以来だったし、

マンチェスターユナイテッドは、ボビー・チャールトン、ジョージ・ベスト以来、

レアル・マドリーは、ディ・ステファノ、プシュカシュ以来だし、

ユベントスは、プラティニ時代以来だった。


昨年のリバプールは、ダルグリッシュ、イアン・ラッシュ以来でしたもんね。


となると、今年はインテルか?バルセロナか?・・・



なんて話がそれましたが、

素晴らしい快進撃でした。


翌年は決勝に進むも、ユベントスに敗退。

といっても、PK負けだったんで、栄光はしばらく続くかと思われた・・・・・




が、96年におきたボスマン訴訟により、EU(当時)圏内の選手の移籍が自由になってしまい・・

つまり、外国人とはみなされなくなってしまったのだ。


それまで各チームとも外国人枠というのがあったのだが、これにより、それ自体が有名無実化して

しまった。


※ボスマン訴訟について詳しくはこちらを

http://www.ibjcafe.com/talk/soccer/socc/990520130518.htm#1337


このことが、現在のサッカークラブが多国籍軍化している要因です。


チェルシーにいったい何人のイギリス人がいるのか、

3年位前のバルセロナは、チームの9人がオランダ人だったし、

レアル・マドリーは、言うまでも無く、アホな補強を繰り返している。

ACミランはどん底を経験したし、

インテルは無駄遣いしまくって、結果が出ないという、これまたアホなことになっている。


こんなことが96年の判決によっておきてしまった。

上記のチームが面白いサッカーをしていたかといえば、そんなこともない。

有名な選手がいるというだけだ。


マラドーナ、ジーコ、バッジョ、プラティニらが活躍できたのは、

チームに連携があったからだ。

それぞれが、それぞれの役割を認識して、ある程度のルールにのっとって

動いていかないと、チームとしての未来はない。

(会社にもいえるかも)



んで、この96年の訴訟によって、

大活躍していたアヤックスの選手が、散り散りになっていく。


クライファート、ダービッツ、レイツィハーはミランへ

カヌーはインテルへ

フィニディ・ジョージは、スペインのベティスへ

デブール兄弟はバルセロナへ


これだけの選手が移籍してしまうと、チームは再編成を余儀なくされてしまう。



この年より、アヤックスは世界の舞台から遠のいてしまう・・



でも、ものわけの分からん移籍自由化は問題山積みですよね。

いい選手を金でつれてくるから、チームとしてはゴージャスになるけど、

若手や、生え抜きの選手が、一切育たなくなってしまっているし、

それが代表の弱体化にもつながっている。


この移籍をうまく利用しているなあと感じるのは、強豪国では

ユベントス、アーセナル、マンチェスターユナイテッド、リバプール、

最近のバルセロナ、バレンシア・・・くらい??



魅力的なサッカーを繰り広げていた、アヤックスの凋落。


あるいみ時代の犠牲になったといえなくもないが、

これが、サッカー大国と言われる国々とダブってみえるのは気のせいだろうか?



チームマネジメント。

この能力に長けたチームが生き残り、そうでないチームは浮き沈みを経験する。



マネジメント能力こそが、フロントに求められるんでしょうね。

普通の日常生活においてもそうですよね。。



ということで、時代の狭間で、大輪の花をさかせたアヤックスの紹介でした。


イングランドってわりあい、いいGKを排出しているんですよね。
ゴードン・バンクス、シーマン、そして、ピーター・シルトン。


いずれも長い間代表に君臨してきたという共通項があります。

とくにピーター・シルトンは、その多くの功績から伝説と化している。


特に、ノッティンガム・フォレストでの活躍が、素晴らしい。


1977年ノッティンガム・フォレストのリーグ制覇に大きく貢献。
なんと、チャンピオンズカップの連覇も達成。
そして、第1回のトヨタカップに参加している。(惜しくも敗戦)

まさに、全てのタイトルを取り尽くした感じです。



イングランド代表では、通算125キャップを獲得。
これはイングランド代表の中で最多記録となっている。
ブライアン・ロブソン、リネカー、ガスコインの背後には、いつもシルトンがいたんですね。



その後も、彼は現役にこだわり続け、活躍の場を2部、3部へと移していきます。



そして、1996年、彼は見事1000試合出場の偉業をなしとげます!!

3部の試合だったが、当日は、テレビ中継も行われ、マスコミも多数押し寄せるなど、
シルトンの偉大さを改めて認識することができました。



1997年、レイトン・オリエントというクラブに移籍し(4部?)、
そのあまりにも長く、波乱にとんだ選手生活にピリオドを打つことになる。
47歳でした。



彼と肩を並べられるくらいのGKは、ディノ・ゾフやレフ・ヤシンくらいかもしれないですね。


テクニックよりも、気持ちで魅了することのできた素晴らしいゴールキーパーでした!


ジャンニーニ。


現在、ASローマの帝王といえば、フェランチェスコ・トッティ。


しかし、彼の前、80年代前半~90年代中盤まで

ローマの王子と呼ばれていたのは、ジャンニーニだった。


彼の長い髪をふりみだして魅せる華麗なテクニックは

多くのサッカーファンを狂喜させた。


彼が最も輝いていた時代。


それは88年欧州選手権と90年ワールドカップであろう。


88年欧州選手権。

この大会は強いイタリア復活を印象付けるにふさわしい大会となった。


ヴィアリ、マンチーニのサンプドリアコンビ、

マルディーニ、バレージのミランDFコンビ、

インテルの名GKゼンガに、ミランのドナドーニ。


そして彼らをコントロールしていたのが、ジャンニーニだった。


この大会、イタリアは優勝こそのがしたが、はつらつとしたプレーで、

近い将来の大成を感じさせるものだった。


そして90年母国開催のワールドカップ。

イタリアは得点力不足が懸念されるも、新星ロベルト・バッジョのきらびやかな

活躍で、勝ち進んでいく。


得点王となるスキラッチ、バレージとマルディーニ、ゼンガ、ドナドーニ、

まさに選手も粒ぞろいだった。


彼らをコントロールしていたのもまた、ジャンニーニだった。


イタリアはベスト4でアルゼンチンにPK負けを喫してしまうが、

運やツキといったレベルで、たまたま劣っていたに過ぎなかった。


ジャンニーニは、96年までローマでプレーした後、

オーストリアなどのチームを渡り歩いた。


各地でも魅力的なプレーを見せていたに違いない。


トッティに勝るとも劣らない想像力あふれるすばらしい選手だった。




90年代前半のフランス代表。
錚錚たるメンバーが顔をそろえていた。


カントナ、パパン、デシャン、ボリ、ジノラ・・

絶対的なキャプテンシーをもったカントナ。
テクニシャン ジノラ。


マルセイユ時代、5年連続得点王でバロンドールも
手にしたパパン。


そして、中盤のそこをまとめたデシャン。


これだけの選手がいたフランスだが、
90年、94年のワールドカップ出場を逃してしまう。


94年なんか、日本のドーハの悲劇みたいな予選敗退だ。


でもこの時期に、培った育成技術が、見事に結集し、
栄光の90年代後半を迎えることになる。



しかしまあカントナ。


破天荒な性格が災いし、プレミアへ移籍。
この移籍をすすめたのは92年に代表監督も努めたプラティニだったらしい。


でもって、この移籍後がすごい。


まずリーズで優勝。
翌年マンチェスターユナイテッドに移籍。
マンチェスターの黄金時代の先駆者となる。


伝説の7番はベッカムに引き継がれた。



破天荒なカントナは、ある試合で、ヤジをとばす観客に
カンフーキックを見舞う。
かなりの間出場停止になってしまった。
でもこのキック、本当に宙を飛んでるからねえ。



でもカントナって不思議な選手ですね。
ずばぬけたテクニックとかないんだけど
みんなを引き付けるものをもってるんですよね。


ラモス、ドゥンガ、バレージらに通じる熱い心ですね。


ソウルフルなプレーの名選手でした。