『キャプテン翼』と私
さて、ここからは私的な『翼』の思い出話。
当時の漫画好きな子供の常として、私は毎週「週刊少年ジャンプ」を読んでいた。
とはいえ、私は基本的に男臭い漫画の方が好きだったので、初めの内は『翼』に興味が殆ど無かった。多分飛ばして読んでいた回の方が多かった筈だ。
そんな時、仲の良かった友達・Nちゃんが『翼』にハマる。
彼女が好きになったのは、主人公・翼ではなく、その友人の岬太郎。素晴らしいアシスト技術を持つ天才パッサーだ。もっともNちゃんが魅了されたのは、岬くんの持つサッカー技術にではなく、その無垢なる笑顔にであったのだが。
Nちゃんは顔を会わせる度に、熱く『翼』を(というか、岬くんのことを)語った。
そんなに言うなら……と、私も本腰を入れて『翼』を読んでみることにした。それに、こう言っては何だが、当時私が一番好きだった漫画は女の子が「好き」を公言するには少々憚られる作品だったので、ジャンプを買っていることの隠れ蓑にはいいかもな、と思ったのだ。
そして読んでみたら……面白かった。
少年漫画の常として、試合展開自体は遅々としたもので、本来のサッカーが持つスピード感には到底かなうものではない。しかし、そこで語られる多くのドラマと、描かれる数々のスーパープレイ。それらは確かに私を魅了した。
そして同時に、私は一人のキャラクターを好きになってしまったのだ。
どんなに物語自体が面白くても、愛情対象の有無によって作品への心酔度合いが違ってくるのが、女子というものである……というのは勝手な見解かもしれないが、少なくとも私の場合はそうだ。
そのキャラクターとは若林源三。難攻不落のGKである。
登場当初の若林は、翼のライバルだった。翼が通う南葛小サッカー部にとって、積年のライバル校であった修哲小サッカー部のキャプテンとして若林は立ちはだかった。
他のキャラと比べれば、圧倒的に大きな体格。そして凄まじい程に高いプライド。何せ「ペナルティエリア外からのシュートは、絶対止める」と豪語するのだ(そして事実、止めて見せる訳だ)。
私が子供の頃は、少なくとも体育の授業でサッカーをやる場合、GKは大概走ることの苦手な、体格だけは立派な少年がやることが多かった。つまり決して花形には成り得ないポジションだと思っていたのだ。
だが若林を見て、それは間違いだったと気付かされた。
GKは最後の砦だ。場合によっては1対1で敵と対峙しなければいけない局面もある。体を張ってゴールを守る姿に胸が震えた。
もっとも『翼』を好きな少女たちの間では、若林の評価は余り良いものではなかった。
それというのも、ライバルチームのGK・若島津健に対する人気が凄まじかったからである。
長髪で痩身、端性な顔立ちの若島津は、若林以上の鮮烈さでGKのイメージを一新させた。空手の有段者でもある若島津は、軽やかな身のこなしで、華麗にゴールを守って見せたのだ。女の子が熱狂してしまうのも仕方ない。
それでもまだ、国内で互いにライバルチーム同士競い合っている内はよかった。しかし物語が国際戦を扱うようになると話が違ってくる。
外国勢と対戦するための全日本少年選抜チームが組まれれば、若林も若島津も召集される。だが、他のポジションとは違い、GKには一人しかなれない。そして若林に“天才”の二文字が冠せられている以上、当然正GKのポジションに就くのは彼の方だ。そうなれば若島津ファンは面白い筈がないだろう。
そしてまた若島津も「俺は若林源三の噛ませ犬じゃないんだ」などという、お前は長州力か、とツッコミたくなるような台詞も吐いてしまう。判官贔屓の好きな日本人心理を、見事にくすぐる男である。ますますファンは、若島津を応援したくなる訳だ。
けれど周囲が如何に若島津を応援していようが、私は依然若林が好きだった。
やがて知った現実のGKは、思っていた以上に過酷なポジションで――そして格好良かった。
体格には恵まれなくても、冗談抜きで漫画並のスーパーセーブを見せる選手。止まらぬ鼻血を手の甲で拭いながら、平然とした振りで立ちあがる者。中には命に関わる大怪我を負いながら、最後までゴールを守りきった男もいた。
恐らく彼らは誰よりも1点の重みを知っているのだ。自ら得点に行くことが難しいポジションだからこそ、守るべきゴールの価値を知っているのだ。
リアルのサッカーを好きになって、一番愛した選手は何故かDFだったが、それでも好きな選手の名前を(引退した人も含めて)10人上げろと言われれば、多分半分はGKの名前を上げるだろう。
FWの派手さも、MFの華麗さもないけれど、私はGKを愛する。
だから私は、GKの魅力を教えてくれた若林に感謝する。そして、若林が存在してくれた『翼』という作品に感謝する。
『翼』以降も好きになったサッカー漫画はあるし、むしろマイ・フェバリットと言えば、そちらの作品を勧めてしまうけれど。
それでも私の中で『キャプテン翼』は、特別なポジションにいる作品であることは、ゆるぎない事実なのだ。
『キャプテン翼』の功罪について
昔、まだ私が子供だった頃。一つの漫画が少年たちの間でブームになった。
その作品とは『キャプテン翼』。言わずと知れたサッカー漫画の先駆け的存在である。
もちろん当然、それ以前にもサッカー漫画はあったよ。古くは『赤き血のイレブン』とかね(古過ぎじゃ)。でも『翼』は明かに、それらの作品とは一線を隔していた。
だって私たち普通の子供は、『翼』と出会うまでは知らなかったのだ。サッカーが世界で一番人気のあるスポーツであることを。ブラジルやイタリアやドイツのレベルの高さを。ワールドカップに対する世界の熱狂を。そして何より――サッカーの面白さを。
主人公・大空翼はサッカーが大好きな少年だ。サッカー王国・静岡に引っ越してきた彼は、その地で偶然、かつてのブラジル代表選手である日系人のロベルト本郷と出会い、その資質を見出された。
ロベルトは翼にゲームメイカーであるMFになることを勧め、コーチングを申し出た。そもそも天性の才を持っていた翼は、みるみる内に実力を身に付けて行く。
以降翼はサッカーを通じ、様々な仲間やライバルたちと出会いながら、大きく成長を重ねて行った。
いつか全日本でプレイをし、日本をワールドカップに出場させるという夢に向かって――。
まだ日本にはプロサッカーもなく、ワールドカップ出場なんて夢物語でしかなかった時代だった。
スポーツ=野球の図式が、当たり前のような時代だった。
もちろん『翼』の世界で描かれるサッカーは、漫画らしく無茶苦茶な代物だ。オーバーヘッドを打てばキッカーの体は空中で一回転し、繰り出されるシュートは火を吹いてゴールネットを突き破る。どう見てもファウルでしかないスライディングで相手を止めもすれば、キーパーは超能力なみの反応でセービングを見せる。サッカーを知った今なら「ありえねぇぇぇっ!」と言ってしまうような、そんな技の数々。
けれど一方で『翼』には、それまでのサッカー漫画とは違う魅力が確かにあった。
今までの漫画にはオフサイドトラップなんて出てこなかったし、華麗なパスワークは主人公だけの特権みたいなものだった。しかし『翼』の世界では、それらが確かにきっちり描かれていた。あるチームはシステム戦術を用いるし、あるチームは個人技の高さで試合を組み立てた。それら千差万別の試合運びが、また私たちを魅了した。サッカーって凄いと、思わせたのだ。
多くの少年たちは翼に憧れた。
そして少年サッカーがブームになる。翼のようになりたいと願い、いつか日本がワールドカップに行くことを夢見る少年たちが、サッカー界を引っ張り始める。
その後の日本におけるサッカーがどうなったかは、皆さんご存知の通りだ。
『キャプテン翼』は日本にサッカーを根付かせてくれた、貴重な作品だ。その功績は、実に大きい。
と、同時に。
『翼』が日本サッカーに一つの弊害をもたらしてしまったのも、また事実だ。
MF史上主義、とでも呼ぶべき、大きな弊害を。
『翼』の中において再三再四の如く語られる、「MFというポジション」の素晴らしさ。10番という背番号の重さ。
それを見て育った子供たちの多くが、MFになりたいと思うのは、当然の帰結だろう。
だから『翼』世代の選手には、圧倒的にMFが多い。FWが人材不足と言われているのも、むべなるかなと言う訳だ。
けれど時代は、次の世代に移りつつある。『翼』の呪縛を持たない、現実のサッカーを見て育った、新しい世代の選手たちに。
この先日本サッカーは、どんな風に変わって行くのだろう。願わくば、それが素晴らしいものであって欲しい。かつて『翼』が私たちに与えたと同程度以上の衝撃を、現実世界が与えてくれていればいい。
楽しみと不安をない混ぜにしながら、私たちは見守るしかできないけれど。
あの道は、いつか来た道~♪
前の日記でちょっと触れたが、私にはサッカーファンになりたての、Kちゃんという友人がいる。
以前よりことある毎に「サッカーはいいよ、サッカー。面白いよ」と言い続けて来てたのに、なかなか食指を動かしてくれなかった彼女。しかし、ある日の代表戦を見た時、うっかり川口にクリーンヒットされたらしい。
「よりにもよって川口かよ」と私は思った。のみならず、Kちゃんにも言った(笑)。でもまあ、きっかけなんざ、どうだっていい。私にとって重要なのは彼女がサッカーに興味を持ってくれた、ということだから。
以来Kちゃんは、代表戦は元よりJの試合も海外サッカーも(TVでではあるが)見るようになった。サッカー雑誌を読み、スポーツニュースを追い、ネットで情報収集に奔走するようになった。交わすメールも半分近くがサッカーネタになった。
そんな彼女を見詰めながら、私はしみじみ思ったものだ。
「ああ……あの頃の私が、ここに居るよ」と。
そう。今のKちゃんの姿は、少なくとも8年前までの私そのものだ。
TV中継のある試合は、毎回録画しながらリアルタイムでも観戦した。スポーツニュースやサッカー番組も、当然録画しながら見た。
発売されるサッカー雑誌という雑誌は、殆どと言っていい程に読み、また買った。サッカー関係以外の雑誌でも、記事があれば買っていた。選手名鑑だって、毎年2~3種類は買っていた。
サッカーを語る仲間が欲しくて、まだ当時は珍しかったネットカフェに毎日のように通い、挙句にはパソコン通信まで始めてしまった。そして、まんまと仲間も手に入れた。
近県の山形・宮城は当然の如く、神奈川・神戸、果ては福岡にまで足を伸ばした。
1眼レフを買ったのだって、サッカーのためだった。1回の観戦で、36枚撮りフィルムを軽く3本は潰していたものだ。
他にも、やれJカードだ、Jチップスだと買い漁り、当時はまだ地元にあった“カテゴリー1”(今のFLAGS TOWNの前身みたいなもんだな)にも通い詰め……そして、それらの痕跡は、未だ部屋のあちこちにある。
捨てられないまま、山のように積み重ねられた、私の青春だったものたち。
だから今の私がKちゃんを見るとき、自然その目は生温かいものになる。
私は彼女を通して、昔の自分と対峙する。
馬鹿だった。ほんっとうに馬鹿そのものだった。
けれど私は、過去を恥じない。
なりふり構わず好きなものを追い続けた。そんな自分を、むしろ誇らしく思う。
あれ程に熱くなれるものがあった。それはなんて、幸せなことだろう。
先の山形戦観戦の際、久々にサッカーのため1眼レフを引っ張り出したとき、私は確かにあの熱さを思いだしていた。フィルムが装填される音を聞きながら、胸が高鳴るのを感じていた。
そうだ。私は今だって、こんなに、こんなにサッカーが好き。
サッカーにハマってくれて、ありがとう、Kちゃん。貴女のおかげで、私はそれに気付かされたよ。
あの道は、いつか来た道。
そして、今も続く道。
さて。もういっちょ、走ってみようかね。
鑑定に出しても値がつかないだろう、でも自分には貴重なモノの話。
昨日は帰宅後、最近サッカーファンになったばかりの友人に貸すために、昔のビデオを漁ってみた。
ハマってた当時は、かなり録画してたんだけどね。試合はもちろん、各種スポーツニュースやらサッカー番組やら。ちゃんと管理してないもんで、今や何処に行ったか不明だけど。
この間は、96年のオールスターと、今は無き『Jリーグ A GoGo!』の収録されたテープを発掘。その後には、キーちゃんのプロモVと93年のサンフ×マリノスの試合V(これらはセルビデオだけどね)。
で、今回見つけたのは94年の代表試合、広島アジア大会。短命に終わったファルカン・ジャパンの時代だ。個人的には貴重度が高いぞ、これ。
第1戦目、ツートップはカズとタケ。その後ろにはゾノとテル。更に下がれば当然のように哲さんと井原。マウスを守るは新吉さん。リザーブを覗けばキーちゃんがいて高木がいて前川さんがいて。
おおお、懐かしい。懐かし過ぎ。
カメラワークも見事に昔のNHKしてるな。試合中は殆ど遠景。たまに選手の抜きが入る程度。個人的には、これでも十分かと思う。試合中はサッカーを見せてくれれば十分なんだから。それにしても風のユニはいい。好きだ。今ンとこ、一番好きかも。
まだまだテープはある筈。特に『Jリーグ A GoGo!』は、かなり録画してたもんな。もう少し探してみようっと。
