10月のはじめに息子が4校目のリクルートトリップ(スカウト大学体験訪問)に
出かけてから、しばらく、ブログ記事から離れていました。
翌週、カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の大学に招待してもらってからは
いよいよ進学先を決める最中におりました。
スカウトで招待してもらった5大学は、それぞれにとても素晴らしく、
息子本人もそれを見守る家族も、実にいろいろと考えるところがあった時間でした。
果たしてどこから書いてよいものか。。。
この経験が、他の方の参考になるかわかりませんが、
また少しずづ書き足して行くつもりです。
息子と同じ12年生(日本では高3の学年)で、もう既に大学から入学審査の
結果をもらった方、待っている方、これから申請する方もいらっしゃると思います。
まだまだ迷うこともあると思いますが、皆さんのご健闘をお祈りします。
* * * * * * * * * * * * * *
進学先は、3校目に訪問したニュージャージ州の大学に決めました。
どの大学にも、それぞれの際立った良さがあるために、
決断に至るまでの道のりは、予想以上に至難の業でした。
まず、判断基準を幾つかの項目に分けて1-5段階で数字化し、
合計点を出した上で、総合的に考えてみました。
ですが、合計点を比較してみると、息子の中で残った大学はほとんど差がなく
余計に頭を抱えて悩むことになりました。
最終的に息子の心を揺さぶった大きな要因は、やはり「人とのつながり」でした。
コーチの息子の入学に対する熱意、一人のスイマーとしてだけでなく
卒業後の将来ことまで見据えてくださった上での指導とサポート、スイムチームの雰囲気、
親身に話してくれる教授との面談、そして大好きな先輩が在籍していることも影響しました。

息子がその大学コーチに進学の意向を伝える電話をした時は
丁度、水泳部全体が1週間ほどのフロリダ合宿から大学に戻る途中でした。
「空港で全員の荷物が出てくるのを待っている所だ」と話を始めたアシスタントコーチに、
息子が「御大学スイムチームの一員になることを決めました。よろしくお願いします。」と告げると
「えっ?本当に?ジョークでしょ?真面目な話?オーマイゴッド!それはスゴイ!
ちょっと待って、今ヘッドコーチに代わるよ。じゃあ、僕が、良くないニュースだというように、
わざと悲しい顔をして彼に電話を渡すからね」と、とても喜んでくれたそうです。
ヘッドコーチが静かに電話に出てくださったので、息子が同じ内容を伝えると、
年配で穏やかな印象のヘッドコーチからは想像もできないような大きな声で
「アーユーシリアス? (本当に?) オーマイゴッド!! This is Great !!」と叫んだそうで、
息子は「あの方からあんな声が出るなんて。。本当にビックリしたよ」と笑って話してくれました。
後ろでは先ほどのアシスタントコーチがスイムチーム全体に
「〇〇 (息子) がウチのチームにくるぞ!」と叫んで盛り上がっていて、
スイムチーム全体が「ウオーッ!やった。YES !! YES !!」と叫び、続いて、
チームのChantチャントのかけ声と息子の名前が後ろで響いていたそうです。
それだけ喜んで下さる様子を聞けただけでも、息子はもう十分に幸せで、
電話を切った後はいつまでもニコニコしていました。
息子よりも速い高校生スイマーは沢山いるので、
入学をこんなに喜んでもらえるということは、彼にとって何よりも有難いことです。
これが州立大学や、他の私立大学なら、この時点で
進学先をスイミングサイトや新聞社に発表できたのですが、
IVYリーグの大学は独自の入学許可方法であったため、
公に発表する表現や文言には、慎重をきたすようアドバイスをもらっていました。
おおかたの高校生スイマーは、11月中旬までには進学先を発表するのが通例なため、
息子の所にも問い合わせをいただいていました。
本人は18才以下代表チームの一員として、アジア(2都市)での
国際大会にちょうど参加していたので、この大会でのチーム全体の様子
を交えて、自分の進学先も公表するに至った次第でした。
この国際大会は、夏期シーズンで泳ぐ50mプールでの大会(長水路)ではなく
秋冬シーズンに泳ぐ25ヤードプールでもない、25mプール(短水路)での
小規模な大会でした。
息子は、いろいろと融通をきかせてくれる私立高校ではなく、公立高校に通っているため、
代表チーム遠征とはいえ、8日間も欠席するということは大変なことでした。
安心して遠征できる準備を整えるため、生徒の出欠管理スタッフや
各教科の先生方に相談を重ねて、準備を進めていたようです。
そのかいあって、このアジア大会では約20名の男女代表スイマー達と
恵まれた至極の時を過ごし、たくさんの楽しい思いを抱えて帰ってきました。
出かけてから、しばらく、ブログ記事から離れていました。
翌週、カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の大学に招待してもらってからは
いよいよ進学先を決める最中におりました。
スカウトで招待してもらった5大学は、それぞれにとても素晴らしく、
息子本人もそれを見守る家族も、実にいろいろと考えるところがあった時間でした。
果たしてどこから書いてよいものか。。。
この経験が、他の方の参考になるかわかりませんが、
また少しずづ書き足して行くつもりです。
息子と同じ12年生(日本では高3の学年)で、もう既に大学から入学審査の
結果をもらった方、待っている方、これから申請する方もいらっしゃると思います。
まだまだ迷うこともあると思いますが、皆さんのご健闘をお祈りします。
* * * * * * * * * * * * * *
進学先は、3校目に訪問したニュージャージ州の大学に決めました。
どの大学にも、それぞれの際立った良さがあるために、
決断に至るまでの道のりは、予想以上に至難の業でした。
まず、判断基準を幾つかの項目に分けて1-5段階で数字化し、
合計点を出した上で、総合的に考えてみました。
ですが、合計点を比較してみると、息子の中で残った大学はほとんど差がなく
余計に頭を抱えて悩むことになりました。
最終的に息子の心を揺さぶった大きな要因は、やはり「人とのつながり」でした。
コーチの息子の入学に対する熱意、一人のスイマーとしてだけでなく
卒業後の将来ことまで見据えてくださった上での指導とサポート、スイムチームの雰囲気、
親身に話してくれる教授との面談、そして大好きな先輩が在籍していることも影響しました。

息子がその大学コーチに進学の意向を伝える電話をした時は
丁度、水泳部全体が1週間ほどのフロリダ合宿から大学に戻る途中でした。
「空港で全員の荷物が出てくるのを待っている所だ」と話を始めたアシスタントコーチに、
息子が「御大学スイムチームの一員になることを決めました。よろしくお願いします。」と告げると
「えっ?本当に?ジョークでしょ?真面目な話?オーマイゴッド!それはスゴイ!
ちょっと待って、今ヘッドコーチに代わるよ。じゃあ、僕が、良くないニュースだというように、
わざと悲しい顔をして彼に電話を渡すからね」と、とても喜んでくれたそうです。
ヘッドコーチが静かに電話に出てくださったので、息子が同じ内容を伝えると、
年配で穏やかな印象のヘッドコーチからは想像もできないような大きな声で
「アーユーシリアス? (本当に?) オーマイゴッド!! This is Great !!」と叫んだそうで、
息子は「あの方からあんな声が出るなんて。。本当にビックリしたよ」と笑って話してくれました。
後ろでは先ほどのアシスタントコーチがスイムチーム全体に
「〇〇 (息子) がウチのチームにくるぞ!」と叫んで盛り上がっていて、
スイムチーム全体が「ウオーッ!やった。YES !! YES !!」と叫び、続いて、
チームのChantチャントのかけ声と息子の名前が後ろで響いていたそうです。
それだけ喜んで下さる様子を聞けただけでも、息子はもう十分に幸せで、
電話を切った後はいつまでもニコニコしていました。
息子よりも速い高校生スイマーは沢山いるので、
入学をこんなに喜んでもらえるということは、彼にとって何よりも有難いことです。
これが州立大学や、他の私立大学なら、この時点で
進学先をスイミングサイトや新聞社に発表できたのですが、
IVYリーグの大学は独自の入学許可方法であったため、
公に発表する表現や文言には、慎重をきたすようアドバイスをもらっていました。
おおかたの高校生スイマーは、11月中旬までには進学先を発表するのが通例なため、
息子の所にも問い合わせをいただいていました。
本人は18才以下代表チームの一員として、アジア(2都市)での
国際大会にちょうど参加していたので、この大会でのチーム全体の様子
を交えて、自分の進学先も公表するに至った次第でした。
この国際大会は、夏期シーズンで泳ぐ50mプールでの大会(長水路)ではなく
秋冬シーズンに泳ぐ25ヤードプールでもない、25mプール(短水路)での
小規模な大会でした。
息子は、いろいろと融通をきかせてくれる私立高校ではなく、公立高校に通っているため、
代表チーム遠征とはいえ、8日間も欠席するということは大変なことでした。
安心して遠征できる準備を整えるため、生徒の出欠管理スタッフや
各教科の先生方に相談を重ねて、準備を進めていたようです。
そのかいあって、このアジア大会では約20名の男女代表スイマー達と
恵まれた至極の時を過ごし、たくさんの楽しい思いを抱えて帰ってきました。
