光秀「何故そんな顔をしている。俺に言えない悩みでもあるのか」
「っ・・・・・・」
(光秀さんには、気づかれてたんだ)
光秀「俺は、お前に何でも話してほしいと思っている。教えてくれるか」
真摯な瞳で見つめられ、心配してくれていることが伝わってくる。
(さっきも気にしてくれてたし・・・・・・これ以上、心配はかけられない。ちゃんと話さなくちゃ)
「ええっと・・・・・・」
(でも何から話していいのか・・・・・・)
言葉に迷う間も、光秀さんは私が話し出すのを静かに待っていてくれる。
(私の気持ちをちゃんと伝えるためには・・・・・・)
このままではなくあることを思い立ち、光秀さんを見つめ返す。
「あの・・・・・・お願いがあるんです」
光秀「お願い?」
「はい。宿に帰るのはもうちょっと後にして、少しだけ私のわがままに付き合ってくれませんか?」
光秀「それは構わないが」
(お店も閉まり始める時間だし、お祝いは買えないと思うけど・・・・・・もう少し、お祝いの時間をふたりで共有したい)
「じゃあ、行きましょう。光秀さん」
光秀「・・・・・・」
自分から光秀さんの手を取り、しっかりと指を絡める。そして手を引いて、日も暮れだした町の人波を抜けていく。
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町の賑わいから外れ、徐々にひと気もなくなってきた。光秀さんは何も言わずに、私が手を引いて促すままついてきてくれる。
光秀「・・・・・・」
(ここなら・・・・・・)
誰もいない橋まで来ると、そこで足を止め光秀さんに向き合う。
光秀「散歩の目的地はここでいいのか」
「いえ・・・・・・実は目的の場所はありません」
光秀「何・・・・・・?」
「場所はどこでもよかったんです。ただ、光秀さんとこの町で過ごす時間をもう少し終わらせたくなくて・・・」
光秀「------・・・」
(義元さんと会った時、光秀さんが・・・・・・)
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光秀「お前と過ごす今が祝いだ。気にするな」
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(・・・・・・そう言ってくれたから。私と過ごすことがお祝いだって思ってくれるなら、今日をまだ終わらせたくない)
強い想いを抱きながら、光秀さんを見つめる。
「光秀さんの誕生日を、私はもっとお祝いしたいんです。私にお祝いさせてください」
光秀「ゆう・・・・・・」
「なんとなく予想ですけど・・・・・・私のために旅行に連れてきてくれたのかなって。光秀さんの誕生祝いというより、私を喜ばせるために・・・・・・」
思わず目線を落とすと、顔を上げるようにといわんばかりに優しく髪を梳かれた。
光秀「まあそうだな。お前を喜ばせたかったことは事実だ」
「・・・・・・ですよね。そんな気がしたので、わがままを言ってみました。私のわがままなら、光秀さんはきっといいって言ってくれると思ったので」
光秀「・・・・・・俺のことをよくわかっているな」
「光秀さんは、いつも私を優先してくれる優しい人だって知ってますから」
光秀「そうか」
光秀さんは柔らかい眼差しで、私の頬に指先を滑らせた。
光秀「ならば・・・・・・お前の思うままに、俺の誕生日を祝ってくれるか」
「・・・・・・! はい!」
(よかった・・・・・・!)
嬉しくて大きく頷く。
「この町で贈り物は買えませんでしたけど、実は、ひとつ用意してきたものがあるんです」
私は自分の手荷物の中から、あるものを取り出し、光秀さんに差し出す。
「光秀さん、受け取ってください」
光秀「これは・・・・・・」
私からの贈り物を受け取り、光秀さんは目を瞠(みは)る。渡した手ぬぐいは、桔梗の刺繍を施してあった。
(喜んでもらえるといいけど・・・・・・どうかな)
少しだけ心配になって、落ち着かない気持ちで反応を待つ。
光秀「お前が縫ったのか」
「はい。光秀さんに欲しいものを聞いても、きっとはぐらかされちゃう気がしたので、普段使いできるものを作ったんです」
光秀さんは、喉をくっと鳴らして表情を崩した。
光秀「・・・・・・やはり、俺のことをよくわかっているな」
「もちろんです」
光秀「お前から何かを貰おうとは考えていなかったが・・・・・・想いがこもった誕生日の贈り物は、これほどにも嬉しいものなのだな。ありがとう。大切に使わせてもらう」
嬉しそうにお礼を告げる笑顔はとても自然で、胸がじんと熱くなった。
(ささやかなものだけど・・・・・・光秀さんを喜ばせることには成功できたみたい)
「お店も閉まっちゃいましたけど・・・・・・お祝いの仕方はたくさんありますから、今日は光秀さんが幸せだなって思ってくれるまで、お祝いしますからね!」
光秀「まったく、健気だな」
「あっ・・・・・・」
腕を引き寄せられて、胸の中へ閉じ込められる。
光秀「それで、これ以上はどうやって俺を祝ってくれるんだ?」
「ええと・・・・・・決まってはいないですけど、光秀さんが幸せな気持ちになってくれるようなことをしたいです」
光秀「ほう、幸せか」
「だって、お誕生日ですから」
そう言うと、抱きしめられたまま、こつんと額が合わせられた。
光秀「ならば、どうすれば俺が幸せだと感じると思う?」
「どう、って・・・・・・」
光秀「わかっているのだろう?お前が思うままを教えてくれ。今はふたりきりだ」
覗き込まれながら試すように煽られ、頬が火照っていく。
「それは・・・・・・」
(私はこうして抱きしめられてるだけでも幸せだけど・・・・・・もっと幸せになれるのは------)
その方法を知っているからこそ、思い切って背伸びした。
光秀「・・・・・・」
ちゅっと唇を合わせ、キスを解くと甘えるように大きな身体に抱きつく。
「大好きです、光秀さん。光秀さんの誕生日ですよ。私を喜ばせるより、喜んでくれた方が嬉しいです」
(生まれてきてよかったって思ってくれるくらい、幸せな気持ちにしたいから・・・・・・)
光秀「------・・・・・・」
光秀さんは目を見開き、それから嬉しそうに細めた。
光秀「そんなに俺を喜ばせたかったのか。お前は本当に可愛らしい」
(そう言われると、恥ずかしいけど・・・・・・)
「どうしても、喜んでほしいって思ってたんです」
光秀「お前がそうやって俺を喜ばせてくれるのはやはり嬉しいな」
「! 本当ですか!?」
光秀「当然だ。愛しい女が、こんなにも健気に俺を喜ばせようとしてくれるのだから」
「っ・・・・・・光秀さんが喜んでくれたなら、何よりです」
光秀「だが・・・・・・お前を喜ばせることが俺の幸せだと言ったら?」
少しいじわるに、光秀さんは瞳を細めた。
「う・・・・・・それはずるいです」
光秀「愛しいお前を、俺が喜ばせられるならば、それ以上の幸せはない」
「光秀さん・・・・・・」
(もちろん、嬉しいけど・・・・・・)
「私は今日だってもう十分なくらい喜ばせてもらってますよ」
光秀「では俺は幸せだな」
「でも私だって、同じなんです。光秀さんが喜んでいる姿を見て、幸せな気持ちになるんですから」
光秀「ほう・・・・・・では、俺をもっと喜ばせてくれるな? 先ほどの口づけも抱擁も嬉しかったが・・・・・・せっかくだ、もっと満足させてくれ」
(それは・・・・・・あのキスだけじゃ足りないってことだよね)
「わ、わかりました」
(せっかくのお誕生日、光秀さんに満足してもらうまでは・・・・・・)
羞恥を追いやり、もう一度自分から唇を合わせる。先ほどよりも長く、しっとりと口づけた。
(・・・・・・どう、かな?)
ぬくもりを離し、光秀さんの反応を窺う。
光秀「これで終わりか?」
余裕の笑みを堪えている光秀さんに少し悔しくなる。
「っ・・・・・・まだです」
(絶対に、満足してもらう)
再び口づけ、今度はそろりと舌を差し込んだ。熱を絡ませ、吐息を混ぜ合わせていく。ゆっくりと唇を解くと、どこまでも優しい瞳が私を見つめていて------・・・
光秀「ゆう、愛している」
「え・・・・・・、んっ」
顎が掴まれ、唇が重ねられる。
雑談ですが➿昔、顎を掴んで口づける人と付き合っていた事が有り。。。実際、これ、ドキドキするんだよねー(*'▽'*)♪
同じ口づけでも、なぜか違う。どこか違う。
トロンってなっちゃう感じ😍
って。。。何言ってんだーわたし(笑)
舌で隙間を開かれ、奥へと深まった熱が甘く絡んだ。
(こんな・・・・・・私よりも・・・・・・)
くるおしく求めるように、じっくりと擦り合わされる。愛の言葉も、強引なようで優しい口づけも、幸福感で私を満たしていく。
(これじゃあ、私のほうが幸せな気持ちにさせられてる)
「っ、ふ・・・・・・」
どんどん甘さで痺れていって・・・・・・そっと私から離れた唇は、弧を描いていた。
光秀「お前が俺を幸せな気持ちにしてくれた礼だ」
「も、もう・・・・・・っ」
(でも光秀さん、喜んでくれてるみたい)
夕焼けの色に縁取られた光秀さんの微笑みは、愉しそうでいて、優しくて、温かい。とても幸せそうに見え、私まで頬が緩んだ。
(光秀さんが喜んでくれたならいいか。来年も、再来年も、その先もずっと・・・・・・こうやって光秀さんが笑ってくれるような誕生日にしよう)
夕日の中の愛する人の笑顔に、ひっそりと誓うと、私はもっと光秀さんを喜ばせたくて、もう一度不意打ちで口づけた。