「もしかして、信玄様におつかいを頼まれたとか?」
幸村「ああ。突拍子もなく『あの店の栗団子を食べないと死ぬ病なんだ』とか言い出してよ」
「けど・・・・・・あー、そういうことか」
どこか言いにくそうに、幸村が頭を搔く。何かを察したらしい幸村の様子に、私は小さく首を傾げた。
幸村「城を出る前に信玄様が『天女も羽を伸ばしているだろうから』って言ってたのは、お前がここにいるって知ってて、わざと俺を寄越したんだろ」
「・・・・・・っ」
幸村「それで、さっきのひと安心って言ってたのは何だったんだ?」
思い出したように尋ねられ、ぎくりとする。
「ええと、それは・・・・・・その・・・・・・針子として頼まれた物があるんだけど、これまで作ってきた物とは少し違うから、準備が必要だったの」
なんとか気づかれないように、その場しのぎではあるけれど嘘とも言い切れない嘘をつく。
幸村「準備?」
「うん。反物じゃなくて、糸や装飾の選び方が重要でね」
(幸村へ贈る、私の覚悟の証だから・・・・・・妥協した物は作りたくない)
話しながら、ここ数日間の意気込みや、贈り物に込める幸村への想いが高まっていく。
幸村「・・・・・・」
「あれ、幸村・・・・・・?どうしたの?」
幸村「いや・・・・・・そうやって針子の話してる時のお前って、すげーいい顔するなって、改めて思ってた」
「・・・・・・!」
(幸村へのプレゼントだからそういう顔になってる、って言ったら・・・・・・幸村、喜んでくれるかな)
幸村「何ひとりでにやにやしてんだ?」
「に、にやにやなんてしてないよ・・・・・・!」
(喜んで欲しいからこそ、今はまだ秘密にしておこう・・・・・・)
幸村「他に買う物はあるのか?」
「ううん?さっき買った物で最後だから、お城に帰るところ」
幸村「なら一緒だな」
「あ・・・・・・」
当然のように私が抱えていた荷物の包みを取り上げて、幸村が歩き出す。
幸村「あの様子の信玄様のことだから、多少遠回りして戻ったって大丈夫だろ。ぶらつく程度にはなるが・・・・・・逢瀬、してくぞ」
「う、うん・・・・・・!そうだね」
幸村「・・・・・・おー」
盗み見た幸村の頬は、普段より薄らと赤くなっていた。
「そうだ荷物、私も持つよ」
幸村「いいって。どっちも重くないしな」
「そう・・・・・・? ありがとう」
差し出した手を引っ込めようとした時、それよりも先に幸村が片手を伸ばした。
幸村「・・・・・・」
「・・・・・・っ」
ふたりぶんの荷物を片腕に抱えた幸村が、私の手を取って繋ぐ。甘さと焦がれる想いを抱えて、私達はゆっくりと城に帰って行った。
----------
そして迎えた、七月七日------
完成間近となった贈り物を懐にしまい、私は部屋でひとり今日の予定を思い描いていた。
「組み紐は完成したし、銭も外れないようにしっかり紐で固定出来た。あとは・・・・・・」
(束ねた紐の飾りに、魔除になる物をって思ってたけど。やっぱり駄目だったかな・・・・・・)
安土に出した手紙の返事は、今日まで待ってみたけれど、まだ届いていない。
佐助の声「ゆうさん、今大丈夫?」
返事をすると、部屋の襖(ふすま)を開いて佐助くんが顔を出した。
佐助「安土から、ゆうさんに用向きがあるって人が来てるんだけど・・・・・・」
「・・・・・・! うん、わかった」
すぐに立ち上がり、部屋を出ようとすると、
幸村「安土から、何かあったのか?」
「幸村!?」
ちょうど廊下を通りかかった幸村が、怪訝そうに私たちの前で足を止める。
幸村「悪い。盗み聞きするつもりはなかったんだ」
「ううん。ええと・・・・・・」
(ここでバレるのは、さすがに悔しい・・・・・・)
あれこれ言い訳を考える前に、幸村は腕を組んではっきりと断言した。
幸村「聞いちまった以上、俺もついてくからな」