厳しさを増していく日差しの下-----
私は城下での買い物を終え、たくさんの荷物を抱えていた。明日は恋人の幸村が生まれた日だ。盛大な誕生日パーティーを開く予定で、その準備で朝から大忙しだった。
(幸村が喜んでくれるように、頑張ろう)
荷物は重いけれど、軽い足取りで城門の近くまで来ると・・・・・・
幸村「ん?」
(あれ、幸村)
朝から出かけていた幸村が、馬からひらりと降りる姿が見えた。反物を抱えなおしながら、幸村へ駆け寄る。
「おかえり、幸村」
幸村「おー」
「早かったね。お仕事もう終わったの?」
幸村「おー」
明日のパーティーには、佐助くんと、とっておきのサプライズを計画している。
(今からわくわくする!)
幸村「さっきから何スケベな笑い方してんだよ」
「してないよ!?」
幸村「ん。それよこせ。市場からの帰りだろ?すげー買い込んだな」
(ふふ。やっぱり幸村って優しいな)
幸村「こんなに買って、どーすんだ?」
「それは内緒」
幸村「は?」
(本当は誕生日パーティーの飾りつけに使うつめたりだけど、まだ言えないから)
「明日になればわかるよ。だから今は内緒」
幸村「あっそ」
幸村が苦笑いしながら、馬を繋いでいると・・・・・・
幸村「あれは・・・」
ふと幸村の眼差しが遠くへ向けられる。視線を追うと、そこにいたのは佐助くんだった。
(誰かと一緒みたいだけど・・・・・・)
佐助くんと話すその人は、こちらに背中を向けていて顔は見えない。
(でもあの背格好、どこか見覚えが・・・・・・)
幸村「佐助、なにしてんだ」
佐助「あ、まずい」
幸村「あ? 何がだよ」
幸村と佐助くんのそばへ行くと、背を向けていた人が振り返った。
男性「お久しぶりです、幸村様」
幸村「六郎!」
六郎と呼ばれた男性は、聡明そうな眼差しでにっこり笑う。
(どなただろう・・・・・・?)
佐助「六郎さん、この女性がさっき話した、ゆうさんだ」
六郎「ああ。あなたが。はじめまして、ゆう様。海野六郎兵衛と申します」
「は、はじめまして」
六郎「幸村様も、息災で何よりです」
幸村「おー、お前もな」
幸村と六郎さんが話す横で、佐助くんが小声で私に耳打ちする。
佐助「ゆうさん、彼は幸村の側近で、幸村が子どもの頃から家臣として仕えてる人物だ」
「佐助くんは六郎さんのことを知ってたの?」
佐助「ああ。何度か六郎さんが春日山城に来てるから、仲良くさせてもらってる。ちなみに彼は誰もが認める幸村の右腕だ」
(右腕・・・・・・きっと優秀な人なんだろうな)
六郎「それにしても幸村様は早いお帰りでしたね。今日は夕刻まで城下にいると聞いていましたが」
幸村「思ったより早く済んだんだよ。というか、今はこいつらしかいねーんだし、その気色わりー話し方やめろよ」
眉間を寄せる幸村に、六郎さんはふっと表情を緩め・・・・・・
六郎「それもそうか」
「・・・・・・!」
かしこまった口調が消えるのと同時に、六郎さんの口端が上がった。
六郎「でも気色悪いとか言うなよな。こういうのは、立場をわきまえた話し方って言うんだよ。覚えとけ、幸(ゆき)」
(さっきと全然、態度が違う!)
幸村「生意気、言ってんじゃねー」
六郎「そっちこそ」
笑いながら小突き合うふたりを見ているうちに、はっと腑に落ちることがあった。
(あ、わかった。六郎さんの後ろ姿を見た時、見覚えがあるような気がしたけど、幸村とよく似てるんだ)
表情や雰囲気は違うけれど、背格好は似ていてまるで兄弟のようだ。
幸村「信濃の皆はどうしてる?」
六郎「元気だよ。変わらず鍛錬に励んでる」
幸村「そうか、良かった」
目元を和らげた幸村は、信濃の様子を詳しく聞いている。
(幸村、六郎さんをすごく信頼してるみたいだな。六郎さんの説明もわかりやすくて丁寧だし、右腕って言われるのも納得)
佐助「ゆうさん、この前、幸村が出陣した戦のこと覚えてる?」
「うん。もちろん」
佐助「あの時、六郎さんも一緒で大活躍だったんだ」
「え、すごい・・・・・・!」
佐助くんの説明に、六郎さんが少し照れくさそうに頭を掻く。
六郎「ちょっと大げさだろ」
幸村「そーだな。まあまあってとこだ」
六郎「幸も、まあまあだったよな」
幸村「はあ!?」
三人の会話を聞きながら、佐助くんが言っていた戦のことを想い浮かべる。
(あの時は、幸村が怪我を負ったって知らせが入ってすごく心配したな。結局、誤報だったからよかったけど・・・・・・六郎さんも、佐助くんも、幸村が戦に出る時、そばで助けられるんだよね)
自分には難しいことだと頭でわかっていても、待つだけの状態はいつも歯痒い。つい、そんなことを考えていると-----
「んんっ!?」
ぐにっと鼻をつままれ、幸村が私を覗き込む。
幸村「んだよ、ぼけっとして」
「ゆひむら、はなをつまらないれ!」
幸村「はっきり言わねえと、聞こえねー」
鼻から手を離し、さらに幸村が私に顔を寄せた。
幸村「伝えたいことがあるなら遠慮しないで、ちゃんと言え。聞いてやるから」
目の前に迫る幸村の瞳は真剣だ。
(多分、心配してくれてるんだよね)
「わ、わかった。でも大したことじゃないから大丈夫」
幸村「ふーん、ならよし」
眩しい笑顔を向けられ、心臓が音を立てる。
(こういう気遣ってくれるところも、笑った顔も好きだな、すごく・・・・・・)
六郎「うーん、甘酸っぱいなあ」
佐助「まさに、胸きゅんが止まらない」
(あ、ふたりの前だった!)
幸村「うるせーな、ふたり揃ってやめろ!」
六郎「照れるなって。それより・・・」
目元の赤い幸村をなだめながら、六郎さんの視線が私へ投げられる。
六郎「見ての通り、さっきは猫かぶってたんだけど、あんたのことゆうでいいか?」
「あ、はい! 私も六郎さんって呼んでいいですか?」
六郎「もちろん」
佐助「さて、和んでるところ申し訳ないんですが、六郎さん。明日の計画は失敗です」
六郎「みたいだな」
(明日って・・・・・・あ!)
佐助くんと内緒で計画していたことを思い出す。
「もしかして六郎さんがサプライズゲストだったの?」
佐助「うん、実は」
幸村「は? 下種(げす)?」
「違うよ! ゲ、ス、ト!」
佐助「招待客って意味。ちなみにサプライズは驚きってこと。明日の誕生祝いの宴まで、幸村には六郎さんの存在を秘密にしようと思ってたんだ」
私と佐助くんが計画していたのは、誕生日パーティーに幸村と親しい人を呼ぶこと。幸村を祝いたいと思っている人を信濃から呼べないかと、佐助くんに相談し、協力してもらっていた。
(どうしよう・・・・・・誕生日パーティーの目玉企画だったのに)
幸村「普通に呼べばいいだろ」
「内緒にしてたほうが喜びも大きいかなと思って・・・・・・」
(今から計画を練り直さないと・・・・・・っ)
六郎「佐助、ゆう。ひとつ案がある」
(え・・・・・・!)