芽吹き始めた新緑を風が揺らす、初夏の夜・・・------
私は針子の仕事で頼まれていた着物を持って、天主に続く廊下を歩いていた。
(遅くなっちゃった。急がなきゃ・・・・・・)
廊下を進んで信長様の部屋の前に来ると、襖(ふすま)越しに話し声が聞こえてくる。
光秀の声「・・・・・・ですが、厄介なことに変わりはありません」
(大切な話し合いかもしれないし、出直そうかな)
その場を離れようとしたとき・・・・・・
政宗「ゆう?」
「政宗!?」
いきなり襖(ふすま)が開いて、政宗が顔を出した。
信長「何事だ」
訝しげな信長様の声が響いて、政宗が視線を部屋へと戻す。
政宗「廊下で聞き耳を立てている不届き者がおりましたので」
「私、聞き耳なんて立ててないよ・・・・・・!」
からかい口調の政宗に慌てると、そっと手を引かれた。
政宗「冗談だ。入れよ」
「お話はいいの?」
政宗「もう終わった」
政宗と部屋へ入ると、上座の方に信長様と光秀さんが腰を下ろし、何かを小声で確認し合っていた。
(なんだか少し空気が緊迫してるような・・・・・・それくらい、重要な話をしてたってことかな・・・・・・)
思案していると、光秀さんが私の方に視線を向けて------・・・
光秀「ほう、随分間抜けな顔をした間諜がいたものだ」
「間諜じゃありません・・・・・・!」
言い返す私に、光秀さんが飄々(ひょうひょう)とした笑みを浮かべる。
信長「ゆうに間諜が務まるはずがないだろう」
政宗「ええ。こいつは思ってることが大抵顔に出ますからね」
光秀「それもそうだな」
からかわれながらも、わずかに部屋の空気が緩んだ気がした。
「あの・・・何の話をしてたんですか?」
光秀「大したことじゃない。明日、安土に来る大名を迎える準備のために、話していただけだ」
「大名・・・・・・?」
政宗「ああ。奥州にほど近い、織田軍傘下の国の大名だ」
政宗は大名とその娘が、安土城へ視察にやって来ることを教えてくれた。
「どんな視察をされるんですか?」
信長「市場の経済対策について学びたいと打診があってな」
政宗「それで、大名の案内訳に俺が選ばれたって訳だ。故郷が近いからな、気楽に話せるだろう」
「そうなんだね」
(廊下で聞こえた光秀さんの声がすごく真剣だったから、大変なことかと思ったけど、勘違いだったみたい。でも明日は政宗の御殿を訪ねようと思ってたから、残念だな。お仕事だから、仕方ないけど)
信長「それで、貴様はなぜ部屋の前にいたのだ」
「あ・・・・・・っ、信長様に頼まれていた着物をお届けに来ました」
風呂敷を解いて差し出した着物を、信長様は皆の前で広げる。
信長「良い出来栄えだな」
「ありがとうございます!」
政宗「へえ、いい色だな。俺もまた仕立てを頼めるか?」
目を輝かせて着物を眺める政宗に、胸が弾む。
「うん、もちろん!」
(久しぶりに、政宗のために着物が縫える!)
そう思うだけで、次々とアイデアが湧いてきて、早くデザイン画を描きたくなる。
↑↑↑こういう気持ちって大切だよねー(笑)
信長「では話しは以上だ」
政宗「はっ」
光秀「政宗、明日は案内役を頼んだ」
政宗「ああ、任せろ」
光秀さんに続いて部屋を出ようとしたとき、政宗が私を手招きした。
政宗「ゆう、部屋まで送る」
「え、いいよ。すぐそこだから・・・・・・政宗、会議の後で疲れてるでしょ?」
政宗「俺がお前と一緒にいたいだけだ。行くぞ」
さらりと言われて、嬉しさが胸に広がる。
嬉しいよね。こういう言葉。政宗は、優しい♡
「うん、ありがとう」
政宗の後ろを歩いて部屋を出ようとすると、光秀さんと目が合った。
光秀「相も変わらず、政宗に甘やかされているな、ゆう?」
「そ、それは・・・・・・」
(-----・・・その通りすぎて、否定できない)
政宗「ゆう?行くぞ」
「! うん」
光秀さんにぺこりと頭を下げて、私は政宗の後を追った。
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政宗に送ってもらい、自分の部屋へ戻ってくる。
「政宗、お茶でも入れようか?」
政宗「いや、明日の準備があるからな。今日は御殿に戻る」
(そっか・・・・・・もう少し、政宗と一緒にいたかったけど、仕方ないな)
「ここまで一緒に来てくれて、ありがとう」
お礼を言って微笑むと、政宗がふと真面目な表情になった。
政宗「・・・・・・ゆう、明日だけ、我慢しろ」
(え?)
「何を・・・・・・?」
首を傾げて見つめると、政宗の指先がするり、と私の頬を滑った。
政宗「------・・・お前のこと、構ってやれなくなるからな」
「案内のことなら大丈夫。お仕事だって、わかってるよ」
政宗「そうか。じゃあ、俺は御殿に戻る。ゆっくり休め」
そう言って、政宗は小さく笑う。
(あれ、なんだろう・・・・・・)
上手く言葉にできないけれど、政宗の雰囲気がいつもと少し違う気がした。
女って、こういう何気ない雰囲気でも、気づくのよね。。気づいちゃうのよ。いつもと少しでも何かが違うと…
考えるより先に、背を向けた政宗の着物の袖を掴む。
「政宗、待って・・・・・・!」
政宗「ああ、忘れてな」
「え? つ・・・・・・ん」
振り返った政宗が、私を抱き寄せて、優しく唇を塞いだ。
(政宗・・・・・・?)
政宗「おやすみ、ゆう」
言葉を吹き込むように囁いた政宗は、私の頭をぽんと撫でて部屋を出ていった。
(忘れてた、ってキスを・・・・・・?)
政宗の行動に頬を熱くしながらも、しばらくその場に立ち尽くす。
(・・・・・・さっきの政宗、いつもと様子が違うように思えたけど・・・・・・気のせい.だったかな)
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翌日・・・------
私は朝からずっと、文台で政宗に贈る着物のデザイン画を描いていた。
(よし、出来た・・・・・・!これならきっと、政宗のイメージに合ってるはず)
粋で華やかなデザインは、政宗によく似合うと思った。
「政宗、気に入ってくれるかな」
書き終えて筆を置くと、やけに喉が渇いていることに気付く。
(ちょっとお水をもらってこよう)
私は背伸びをして立ちあがり、台所へ行くため部屋を出た。廊下を少し進んだ辺りで、鈴を転がしたような女性の声が聞こえてくる。
女「政宗様っ! あれはなんですか?」
政宗「ああ、あれは・・・・・・」
(っ・・・・・・)
賑やかな声がする廊下の先では、政宗が女性と親しそうに腕を組んでいた。
「まさ、むね・・・・・・?」
政宗「ああ、ゆうか」
私の方へ向き直った政宗は、普段と同じ微笑みを浮かべる。
女「どなたですか?」
政宗「信長様ゆかりの姫君だ」
「え・・・・・・」
(いつもなら、私を恋人だって紹介してくれるのに・・・・・・)
そのうえ『姫君』と他人行儀に話す政宗に、疑問が浮かんだ。
(どうして・・・・・・?)
戸惑う私を前に、女性は柔らかく微笑む。
小春「ゆう様、本日からお城でお世話になります小春と申します」
政宗「昨日話してた、大名の娘だ」
「あ・・・・・・ゆうです。宜しくお願いします」
小春「宜しくお願いします」
ぎこちなく返した私から、小春さんはすぐに視線を政宗へ戻す。
小春「・・・・・・では、政宗様。次は庭の方を案内していただけませんか?」
政宗「ああ、こっちだ」
小春「ありがとうございます!」
頬を染めて政宗を見つめる小春さんに、もやもやとした気持ちが広がっていく。
わかる〜!ほんとは、自分のダーリンなのにね!
(少しだけ、政宗とふたりきりになりたい)
「政宗、話が・・・・・・あるの」
とっさに呼び止めると、小春さんと歩き出した政宗が振り返った。
政宗「後にしろ」
「だけど・・・・・・」
小春「政宗様、行かないのですか?」
政宗「ああ、今行く」
(・・・・・・話も聞いてくれない)
胸につんとした痛みを感じて、たまらず顔を伏せる。
「わかった。・・・・・・いってらっしゃい」
私は目を合わせることなく、政宗に背を向けて歩き出した。