柔らかな日差しが降り注ぐ、冬のある日------

安土城の広間には武将たちが集い、いつものように会議が始まろうとしていた。

秀吉「政宗はまだ来ないのか」

光秀「そううらいらするな。いつものことだろう」

その時、勢いよく襖(ふすま)が開かれて・・・・・・

政宗「お、今日は間に合ったか?」

秀吉「政宗、間に合ってないぞ! 毎回毎回どうしてお前は・・・------」

秀吉さんの説教を政宗は適当に受け流していた。
(秀吉さん、いつも大変だな・・・・・・)

その後、会議が始まり、私も耳を傾けた。

信長「------というわけで、明日から視察でしばらく安土を離れる」

(信長様が長期間不在になるのは、久しぶりだよね)

信長「三成。例の会談の日取りはどうなった」

三成「同盟の件ですね。ご指示通り、信長様が安土に戻られた三日後ということで、先方に伝えておきました」

秀吉「信長様。何かありましたら、この秀吉がいつでも駆けつけますので」

信長「貴様には、城で重要な役目がある。俺が留守の間、皆の仕事を取りまとめろ。何かあれば、馬を寄越して報せるが良い」

秀吉「はっ。お任せください!」

家康「まあ、秀吉さんは普段から皆のお守役みたいなものですからね」

光秀「世話焼きが趣味のような奴だからな」

政宗「違いない」

政宗と光秀さんがニヤリと笑うと、秀吉さんは眉間にしわを寄せた。

秀吉「お前たち、信長様が留守だからって気を抜くなよ」

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信長様が出立した翌日------

私は住まいの安土城から、秀吉さんの御殿に来ていた。信長様に任された仕事を片付けている秀吉さんに、お茶を差し入れる。

「お疲れ様。はい、どうぞ」

秀吉「おう、ありがとうな。・・・・・・ん、うまい」

お茶を飲んだ秀吉さんは、優しく微笑んで私の髪を撫で下ろした。文机の上には山ほどの書類が積み重なっている。

「それにしても、留守の間のことを信長様に一任されるなんてすごいね」

秀吉「すごいのは俺より信長様だ。視察までご自分で行かれて、民の声にも耳を傾けられ、そのうえ・・・------

(あ・・・・・・。秀吉さんの、信長様スイッチ入っちゃったかな)

信長様スイッチ(笑)

延々と信長様を称える秀吉さんを、微笑ましく見つめた。

(秀吉さんは、いつも『自分のことより信長様のこと』だな)
主君を敬う気持ちは大事だと思うけれど、少しもどかしく感じる。

(秀吉さんだって、十分すごい働きをしてるんだから、もっと自分を褒めてもいいのに。私は秀吉さんを尊敬してるし、誰よりも好きだから・・・・・・)
心のどこかで感じていた気持ちが溢れてきて、つい考え込んでいると、秀吉さんが私の顔を覗き込んだ。

秀吉「ん? 急に黙りこんでどうした?」

はっと我に返り、慌てて首を振った。

「ううん、なんでもないの。それより・・・。私にできることがあったら、なんでも言ってね」

秀吉さんは、私の頭にぽんと手を置いた。

秀吉「ありがとな。けど、特別なことは必要ない。お前がそばにいてくれるだけで癒される」

「それなら嬉しいけど・・・・・・ただ見守ってるだけじゃ、やっぱり落ち着かないな

秀吉「そうなのか?」

「うん。秀吉さんには、いつもあまやかしてもらってるから・・・・・・力になりたいの

私が思い切って素直な気持ちを伝えると、秀吉さんは柔らかく目を細めた。

秀吉「じゃあ、もうひとつ頼めるか?」

(わっ・・・・・・)
不意に、ふわりと抱きしめられる。

秀吉「時々こうしてくっついて、もっと癒してくれ」

・・・っ、うん。それで秀吉さんが、喜んでくれるなら

温かい胸とたくましい腕に包まれていると、さっきまでのもどかしい気持ちが溶けていく。

秀吉「ゆう・・・・・・

熱っぽい視線を絡め合っていると----------

女中の声「秀吉様、三成様がいらっしゃいました」

部屋の外から聞こえてきた女中の声に、私たちは慌てて身体を離した。

秀吉「いいぞ、入れ」

三成「失礼します。・・・・・・あ、ゆう様もいらっしゃったのですね

「三成くん、こんにちは」

三成「あれ?お顔が火照っているようですが・・・・・・熱でもおありなのですか?

「えっ」

すかさず、秀吉さんは私の頭にぽんと手を置いた。

秀吉「ちょっと色々と忙しくてな。それより何かあったのか?」

三成「実は、例の大名が急きょ同盟の日を繰り上げたいと・・・・・・

秀吉「なに?------まずいな。信長様は当分戻らねえ」

三成「もしも先に他国と同盟を結ばれてしまったら、今後の勢力拡大の足枷になり得ます」

秀吉「急ぎ、信長様に馬を出して報せるぞ。三成、手配を頼む」

三成「はっ。承知しました」

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数日後、また私は秀吉さんの部屋に来ていた。

すると------

光秀「秀吉、入るぞ」

声が聞こえたと同時に、いきなり襖が開いた。

秀吉「光秀か。どうした」

光秀「三成が別件で忙しそうだったからな。代わりに信長様の返事を受け取っておいた」

広げた文を、皆で覗きこむ。

秀吉「! これは・・・・・・『秀吉が織田信長として同盟を締結しろ』・・・・・・?

「? どういう意味?」

光秀「つまり、秀吉さんが信長様になりすますということだ」

・・・! なりすますって・・・・・・

光秀「いつもそばで信長様を見ている秀吉なら、影武者になることくらい容易いだろう?」

愉しそうな光秀さんの横で、秀吉さんは苦悶の表情を浮かべた。

秀吉「そういうことじゃない。相手を騙して同盟締結なんて問題だ・・・・・・けど、信長様に再度確認する時間もねえ

光秀「では、どうする」

決意をするように、秀吉さんはぐっと拳を握りしめた。

秀吉「やるしかねえ。信長様にもお考えがあるはずだ。何かあれば、俺が責任を持つ」

すると、光秀さんがちらりと私に目を向けた。

光秀「ゆう。お前にも仕事があるようだ」

「え?」

光秀「見ろ。大名が、織田家ゆかりの姫に会いたがっているらしい。ゆうも同席するようにと、文に書いてある」

秀吉「・・・!

(本当だ・・・・・・私も、秀吉さんを信長様に見せる役目を負うってこと?)

光秀「お前たちがどこまで『織田信長と姫』になりきれるか、愉しみだな。明日からさっそく予行演習だ」