「政宗、あれ・・・・・・!

政宗「

丘の下に、駕籠(かご)を抱えた一行を見つけた。集団が止まり、駕籠から豪華な着物をまとった女性が出てくる。女性は、忙しなく辺りを見回していた。

(もしかして、あの人が・・・・・・)
慌てて政宗の顔を見上げると、澄んだ瞳で、静かに女性の姿を見下ろしていて----・・・

政宗「----・・・変わんねえな」

政宗は眉尻を下げて、小さく笑った。
(じゃあやっぱり、あの人が政宗のお母様----・・・義姫様なんだ)

丘の下を見下ろすと、義姫様の視線が上を向いた。

政宗「----・・・」

政宗に気付いた様子の義姫様が目を見開いて・・・・・・
(あ・・・・・・)

次の瞬間、優しげな笑みを浮かべる。

・・・・・・お母様、笑ってるね

政宗「----・・・あんな顔、するんだな。あの人も」

義姫様は、周りにいる家臣に急かされて、駕籠の中に入って行く。

「政宗----・・・! 会いに行かなくていいの?」

政宗「ああ。顔を見れただけで、充分だろ」

・・・・・・政宗がいいなら、いいけど・・・・・・

すると政宗は、優しく私の頭を撫でた。

政宗「そんな顔するな」

目元を細めて、穏やかな表情で、政宗が笑う。

政宗「俺は、お前に言われるまで、自分が迷ってることにも気付かなかった」

「え?」

政宗「会わないでいることが普通だと思ってたからな。俺の考えをひっくり返したのはお前だ、ゆう」

ぽんぽん、と私の頭を叩いた政宗が、じっと私の瞳を見つめて----・・・

政宗「お前に背中を押された。----・・・ありがとな」

「政宗・・・・・・

嬉しさで視界が滲みそうになるのを、懸命に堪える。

政宗「帰るか」

政宗の言葉に頷いて、ふたりで歩きだそうとした、その時----・・・

家臣「政宗様!」

丘の向こうから、男性がかけてきた。

家臣「義姫様から、預かりました」

政宗「そうか。ご苦労だったな」

文を手渡した後、家臣の男性は一礼して、早々に去って行った。

その場で政宗が文を開くと----・・・

『私の植えた双葉が、立派に育ちましたね。この空の下で、あなたの幸せを願っています。』

綺麗な字で、そう書かれていた。

「幸せを、願ってるだって」

政宗「----・・・ああ」

文字を追う政宗の目は、穏やかで優しい色をしている。
(やっぱり、少しでも会えてよかった)

「この、双葉って----・・・?」

政宗「・・・・・・俺が右目の事で卑屈になってたころ、母上が良く言ってたことがある。部屋の中に閉じこもって、陽の光にも当たらなくなったお前は、いつか『枯れ葉』になる、ってな」

「じゃあ、この手紙に書いてある『双葉』は・・・・・・

(政宗のこと、なのかな)
政宗は何も言わずに、ただ文を見つめている。そんな政宗の手を、ぎゅっと握った。

「よかったね、政宗」

政宗「・・・・・・ああ」

夕日に照らされながら、政宗は小さく笑った。強くて儚(はかな)いその笑顔に、心臓が切なく疼く。
(どううしよう、政宗のことが----・・・どうしようもなく愛しい)

私は想いのままに、政宗をぎゅっと抱きしめた。

「少しだけ、こうしててもいい?」

遠慮がちに問いかけると、政宗の腕が背中に回って----・・・

政宗「----・・・許してやる」

緩やかに、抱きしめ返される。

(少しだけ、政宗の(もろ)いところを見られた気がする・・・・・・)
弱い部分を隠さず、寄り添える関係になったことに気付いて、何とも言えない想いで胸がいっぱいになった。

「政宗」

政宗「ん?」

「ずっと、一緒にいようね」



政宗「----・・・俺が、お前を離すわけねえだろ」

抱きしめる政宗の腕の力が、強くなる。それから日が落ちるまでの時間、私たちは静かにお互いの存在を抱きしめていた。

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御殿に戻ると、宗時さんが部屋で待っていた。

宗時「義姫様に、会えたのか?」

政宗「ああ」

宗時「そうか」

優しげな笑みを浮かべた宗時さんの表情からは、安堵が見て取れた。

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数刻後----・・・

市場調査をひとりで請け負ってくれた宗時さんへのお詫びもこめて、政宗が作ってくれた夕餉を、三人で食べることになった。

「この煮魚美味しいね」

政宗「こっちの胡麻和えと、煮びたしも食えよ」

宗時「政宗、俺にもよこせ」

政宗「自分でとれ」

幸せな気持ちで煮びたしを食べていると、隣で胡麻和えを口に入れた宗時さんの表情が緩んだ。

宗時「本当に、うまくなったな」

(うまくなった・・・・・・?)

「政宗は、昔から料理が出来たんじゃないんですか?」

宗時「いや、昔はてんで下手くそでな。政宗が初めて俺に料理を作ったときなんかは、上手く出来なくて泣いたんだ」

政宗「っ、お前・・・・・・!

政宗は、慌てて宗時さんの口をふさごうとするけれど、宗時さんは、軽い身のこなしでひょいっとかわした。

「その話、もっと聞きたいです!」

政宗「駄目にきまってんだろ!」

宗時「おーおー、聞かせてやるよ、いくらでも。あとはあれだな、剣術の稽古のときに・・・・・・

政宗「っ、やめろ!」

政宗は気恥ずかしそうに、宗時さんの口を押えようとする。
(政宗に、こんな一面があるなんて)

「可愛いね、政宗」

思わず口にすると、政宗の動きがぴたりと止まった。

政宗「『可愛い』? へえ、俺が?」

(あ----・・・)
政宗の少し低められた声に、私はぴくりと肩を震わせた。

政宗「ゆう、こっち来い」

「け、結構です」

政宗「遠慮するな。今なら可愛がってやる」

(政宗の笑顔が怖い!)
政宗が腕を伸ばしてくるけれど、私はとっさに後ずさって避けた。

政宗「逃げるな!」

「ごめんなさい! 謝るから、追いかけないでっ」

どたばたと部屋の中を走り回り、追いかけてくる政宗から必死に逃げる。

そう言えば、本編でもこの二人、良く追いかけっこしてたよね?!

宗時「おーおー楽しそうだな。混ざれなくて残念だ」

宗時さんが笑顔で箸を進めていることに、一瞬気を取られてしまう。その隙に、政宗は私の手を引いて、腕の中に捕えた。

政宗「捕まえた。観念しろ」

(何、されるんだろう・・・・・・)
愉しげに笑った政宗を、恐る恐る見上げると----・・・

(んん・・・・・・!?)
強引に唇が重なり、舌先が入りこんできた。

「ま、さむね・・・・・・! だめだよ・・・・・・

政宗「いいから、黙って受け入れろ」

抵抗もあっさりと抑え込まれ、深まる口づけに、視界が滲む。
(こんなの、反則っ・・・・・・!)

ちゅ、と音を立てて唇を離した政宗が、妖艷に微笑んだ。

政宗「これでも可愛いって、言えるのか?」

「政宗は・・・・・・かっこいい、です

このふたりなんかいいな。。。



政宗「良く出来ました。次に間違った言葉選んだら、仕置きだからな」

宗時「っ・・・・・・はは

部屋の中に宗時さんの笑い声が響き渡り、私は肩を震わせた。
(い、いまの見られてた、よね)

宗時「お前のそういう姿、いいな、政宗」

政宗「何だ、いきなり」

宗時「生き生きしてる。ほんとに----・・・ゆうがそばにいてくれて、よかったよ」

優しさの滲む宗時さんの声を聞いて、顔をあげると----・・・兄弟に向けるような、穏やかな眼差しで、政宗を見つめる宗時さんの顔が見えた。

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夕餉の後、宿に帰るという宗時さんをふたりで見送り----・・・

政宗「ったく、あいつが来ると碌なことがねえな」

「でも政宗、すごく楽しそうだったよ?」

政宗「----・・・まあ、そうだな。退屈はしなかった」

夜風が吹き抜ける廊下で立ち止まった政宗は、空にぽっかりと浮かぶ三日月を見上げる。

政宗「こんな風にお前と話してると、閉じこもってたあの頃が、嘘みたいだな」

政宗の隣に立った私は、穏やかな横顔を見つめた。
(その頃の政宗が、何を思ってたのかはわからないけど・・・・・・)

「ねえ、政宗

政宗「ん?」

「今、政宗は幸せ?」

(襖を開けて、外に踏み出した政宗の人生が----・・・光で溢れていて欲しい)
そんな気持ちを込めて、問いかけると・・・・・・

政宗「当然だろ。お前が、いるからな」

政宗の優しげな瞳には、私が映っていた。

政宗「お前のことも、この世で一番幸せにしてやる」

「大丈夫だよ。もう充分・・・・・・幸せだから

私の言葉を聞いた政宗が、優しい微笑みを浮かべた。
(政宗のこと、これからもいっぱい、知っていきたいな----・・・大好き、だから)

私の頭の後ろに手を添えて、政宗がそっと顔を寄せる。三日月が彩る夜空の下で、ふたつの影が重なった----・・・