青空に真っ白な入道雲が湧き立つ、夏のとある日。
安土城の廊下で家臣から言付けを受け取った私は、政宗の御殿を訪れていた。
(「会わせたい奴がいるから来い」って、政宗が言ってたみたいだけど・・・・・・一体誰なんだろう)
疑問に思いながら、政宗の部屋の前に辿りつく。
「政宗、来たよ」
襖(ふすま)越しに声をかけてみるけれど、返事はかえってこなかった。襖の取っ手にてをかけて、そっと中を覗き込んでみると------・・・
(あ、いた)
縁側に座って、庭を眺める政宗の横顔が目に入った。
政宗「・・・・・・」
(珍しいな、あんな風にぼんやりしてるの)
「政宗・・・?」
遠慮がちに声をかけると、私に気付いた政宗がふっと笑みをこぼした。
政宗「ゆうか。こっち来い」
「うん」
促されて隣に座った私の髪に、政宗の指先が触れる。
「ん・・・・・・くすぐったいよ」
政宗「我慢しろ、少し髪が乱れてる。これでいい」
「ありがとう。休んでたのに、お邪魔してごめんね」
政宗「問題ない。言付けを受け取ったから、来たんだろ?」
「うん?会わせたい人がいるって・・・・・・もう来られてるの?」
政宗「いや、まだ到着してない。もう少し、待ってろ」
そう言って、政宗はゆっくりと、指先を私の頬に滑らせた。
(っ・・・・・・こんな風に触られたら、------・・・キス、して欲しくなる)
じんわりと体の奥が熱くなるのを感じて、思わず目線を逸らすと・・・・・・
政宗「なんで顔、背けるんだ?------・・・まあ、理由は言わなくてもわかるけどな」
「え?」
政宗は私の方を抱き寄せて、そっと顔を近づける。
「ん・・・・・・」
目を閉じると、唇が甘く触れあった。
「もう・・・・・・いきなりすぎるよ」
政宗「して欲しかったんだろ。違ったか?」
顔を離した政宗が、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、耳元で囁く。
「違わない、けど------・・・」
政宗「素直で結構」
私の唇を、指先でつん、とつつきながら、政宗は楽しそうに笑った。
(っ・・・・・・なんで政宗って、いちいちカッコいいんだろう)
細められた政宗の瞳が妖艷で、目線を合わせていられない。
(あれ・・・・・・?)
思わず視線を落とすと、政宗の手に、文が握られていることに気がついた。
「政宗、手紙を読んでたの?」
政宗「いや、もう読み終わった」
「お仕事の手紙?」
政宗「これは、------・・・母上からの文だ」
(え?)
政宗はさらりと答えたあと、手紙を懐の中にしまった。
(政宗のお母様、って・・・・・・)
幼いころに毒を盛られてから、お母様とは政治的な問題で離れて暮らしていると、政宗が以前言っていたのを思い出す。
(どんな内容の手紙だったんだろう)
「手紙の内容、聞いてもいい?」
政宗「大したことじゃない。母上が、明日安土を通られる」
「安土を?」
政宗「ああ。母上とは長年顔を合わせていないが、文で近況を報告することがある」
久しぶりに届いたお母様からの文に、『公務で訪れる小国へ向かう道中で、安土を通る』という内容のことが書かれていたらしい。
政宗「『少しだけでも顔を見たい』とも書いてあった」
「それじゃ、お母様と会えるの?」
政宗「いや、会わない」
(え・・・・・・)
「どうして?」
政宗「気軽に会える仲でもないからな。それに、今さら会って話すこともないだろ。書簡で近況報告もしてるしな」
(そういうものなの・・・・・・?)
特に気にした様子を見せない政宗の、本心を推し量ることは出来ない。思いきって政宗の気持ちを聞こうと口を開いたとき------・・・
家臣の声「政宗様、いらっしゃいました」
襖の外から声がかかり、話が途切れた。
政宗「来たな」
「政宗が私に会わせたいって言ってた人?」
政宗「そうだ」
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政宗の後をついて御殿の広間へ行くと、室内には鮮やかな着物に身を包んだ男の人が座っていた。
政宗「久しぶりだな。元気にしてたか」
???「ああ、相変わらずだ。お前も元気そうだな」
政宗「ゆう、宗時だ。伊達家の家臣で、安土には市場調査に来てる」
「宗時さん、初めまして。ゆうです」
お辞儀をすると、宗時さんは柔らかい笑みを浮かべた。
宗時「はじめまして。あんたがゆうか。政宗に聞いていた通り、いい女だな」
(えっ)
政宗「当然だろ」
私の肩を抱き寄せた政宗が、にやりと笑って------・・・
政宗「俺が見染めた女だからな」
宗時「言ってろ」
(聞いていた通りって・・・・・・政宗、私の話をしてくれてたのかな。そうだとしたら、嬉しいな)
政宗「長旅だっただろう、ゆっくりしていけ。茶を用意させる」
宗時「ああ」
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「どうぞ」
家臣の人が持ってきてくれた湯呑に、急須のお茶を注ぎ、宗時さんに手渡すと、
宗時「ありがとう」
宗時さんは目元を細めて、優しげな表情で告げた。
「政宗も、はい」
政宗「ああ、悪いな」
私たちのやり取りを見ていた宗時さんが、穏やかに笑う。
宗時「----・・・本当にいい子を捕まえたみたいだな。ちゃっかりした奴だ」
宗時さんの言葉に笑みをこぼした政宗が、そっと私の額に口づけを落として----・・・
政宗「こいつ以上に好きになる女はいない。だから----・・・俺がゆうの一生を、もらったんだ。他の誰にも、渡す気はないからな」
んー、言われてみたい。こういうこと。。。
(政宗----・・・)
宗時「誰が見せつけろと言った?」
政宗「俺がこいつに本気だってことを、分からせてやっただけだろ」
(ふふ、仲良しだなあ。政宗は、宗時さんが伊達家の家臣って言ってたけど・・・・・・)
政宗と話す時のくだけた口調や、優しい微笑み、そのすべてから、信頼の深さが垣間見える。
(二人の関係は、ただの上司と部屋って感じじゃないんだろうな)
私が見つめていることに気付いたのか、宗時さんと目が合った。
宗時「何か聞きたいことでもあるのか?」
「いえ・・・・・・宗時さんは、他の人家臣の人たちみたいに、敬語を使わないんですね。政宗のことも、様付けで呼ばないし・・・・・・それが、少し不思議で」
宗時「公の場ではちゃんと呼ぶ。なあ、政宗様」
政宗「やめろ、気持ち悪い」
宗時「政宗とは、物心がつく前から一緒に育ったから、くだけた言葉を使わせてもらってるんだ」
「そうなんですね」
政宗「俺とこいつは、言うなれば腐れ縁ってやつだな」
(それなら、政宗の昔のことも良く知ってるんだろうな)
「あの!子供の頃の政宗って、どんなかんじだったんですか?」
宗時さんは湯呑みを置くと、わざとらしく顎に手を当て、考えるような仕草を見せた。
宗時「梵天丸様は、襖を少しだけ空けて、こちらを伺うような内気な子どもだったな」
「梵天丸様?」
宗時「政宗の幼名だ」
政宗「おい、その話をするな」
悩ましげに眉を寄せた政宗が、宗時さんの話を遮った。
宗時「本当のことを、話しただけだろ?」
政宗「ゆうに昔の話はしなくていい。お前も、くだらないことを質問するな」
政宗はコツン、と私の頭をこぶしで軽く小突いた。
(ふふ、なんだか政宗、可愛いかも)
「私はもっと聞きたいのに・・・・・・宗時さんは、いつまで安土にいるんですか?」
宗時「三日ほどは滞在するつもりだ。市場の調査もあるしな」
政宗「明日、宗時に安土城下を案内することになってる。お前も来るか?」
「いいの? 是非行きたいな」
宗時「野郎二人で歩いて回るのは味気ないからな。ゆうがいると華やかでいい」
嬉しそうな宗時さんを見て、政宗の表情も和らいだ。ふと窓の外を見ると、空が夕焼けに染まりはじめていた。
(あまり長居するのも悪いよね。積もる話もあるだろうし----・・・)
「政宗、私そろそろ帰るね。二人で話したいこともあるでしょ?」
政宗「もう少し居ればいいだろ?俺は気にしない」
宗時「ああ、俺もだ」
「ありがとう。でも、明日も会えるから・・・・・・今日は戻るね」
政宗「送って行くか?」
「大丈夫、まだ明るいから」
政宗「そうか。気をつけて帰れよ」
「うん」
政宗と宗時さんに別れを告げて、私は城へと戻った----・・・
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ゆうを見送った後、宗時は湯呑越しに、政宗をじっと見つめた。
政宗「何だ、何か言いたいことがあるなら言え」
宗時「お前が婚約相手を見つけたと聞いた時は、何の冗談かと思ったが------------」
宗時「いい子だな」
宗時は穏やかに笑って、ゆうが出て行った襖に目線を送る。
宗時「今だって俺たちに気を使ってただろ。気立てがいいし、何より可愛い」
政宗「やらないならな。あいつは、俺のだ」
宗時「わかってるさ。紹介してくれて嬉しかった。けど------------俺だけでいいのか?」
政宗「何のことだ?」
宗時の言葉に政宗が訝しげな表情を浮かべる。
宗時「他にも、紹介したい相手がいるんじゃないのか------------義姫様の手紙が来たんだろう」
政宗「知ってたのか」
宗時「ああ」
返答を聞いて、政宗は湯呑みを盆の上に置き、ふっと息を吐いた。
政宗「俺と母上が会ったことが知れれば、ややこしいことになるだろ」
宗時「そうだな。『将』としてのお前が会うべき相手じゃないが------------『政宗』としてのお前はどう思うんだ」
政宗「------------」