ピンとはりつめた冬の空気がまだ色濃く残る、二月のある夕方のこと。
私は、早めに仕事を終えた政宗と一緒に夕餉の買い物に出ていた。
(この前まで政宗は遠征に出てたし、一緒に買い物をするの、久々だな)
政宗「機嫌良さそうだな、ゆう」
「こうやって政宗とゆっくりするの久しぶりだから」
政宗「いい返事だが欲がないな」
「え?」
政宗「遠征で離れていた分、買い物だけじゃなく、今日はずっとふたりきりで過ごし・・・いやと言うほどお前を満足させてやりたいと俺は思ってるんだが」
私の手をぐいっと引き寄せ、ひときわ艷めいた声で政宗が囁いた。
政宗「無論、夜は褥(しとね)の中でもな」
(褥って・・・・・・っ)
「何言ってるのっ・・・・・・」
政宗「少なくとも俺は、買い物なんかで満足できない。お前も、本当はそうだろ?」
余裕の笑みを浮かべる政宗がかっこよすぎて反論できない。
「っ・・・・・・それは、私だって政宗とずっと一緒にいたいよ」
照れながら正直に告げた私に、政宗はにやりと笑う。
政宗「素直で結構。そうと決まれば、さっさと献立考えて御殿に戻るぞ」
「うん! 何か食べたいものある?」
政宗「せっかくなら旬のものがいいだろ。食材にも、食うのに向き不向きな時期があるからな」
「たしかにそうだよね・・・・・・」
政宗「向こうの店頭に色々出てるな。見てみるか」
「そうだね」
そうして、目当ての店へ歩みを進めていると・・・・・・
(あっ、大きな大福! 一緒に並んでる飴細工も綺麗だな)
往来にでている甘味奄美さんに、つい視線がすい寄せられてしまう。
(この買い物中に、バレンタインにあげる甘味の目星もつけようと思ってたんだよね)
私は、隣を歩く政宗をちらっと見上げた。
(定番はチョコだけど・・・この市にも材料は並んでないし、やっぱり難しそう・・・・・・そもそもこの時代にバレンタインの風習はないから、政宗も馴染みがないかも?普段通り過ごしたほうがいいのかな。でも、それはちょっと寂しいし・・・)
政宗「ゆう」
「え?っ・・・ん・・・・・・!」
突然、唇をかすめ取られたことに驚き、はっと足を止める。慌てて辺りを見回すと、どうやら誰にも見られてはいないようだった。
「な、何で急に・・・」
政宗「話しかけても上の空だったお前が悪い」
「それは・・・ごめん。でも、普通に呼んでくれればいいのに!」
政宗「声かけるのが駄目なら口づける以外、方法ないだろ?」
「他にもいっぱいあると思う・・・」
頬が熱を帯びているのを自覚しながら言い返す。すると、政宗は意地悪な笑みを浮かべて・・・・・・
政宗「いや。お前が喜ぶのはこれだけだ。で、そこまで考え込むとは、よっぽど大事なことなのか?」
「そう・・・だね。すごく大事だよ。もうすぐ二月十四日だから」
政宗「ん?」
「この前話したバレンタインデーがその日なの」
政宗「ああ。ちょこれいとって甘味を渡す日か」
「うん。チョコレートを渡して、女の人が好きな相手には想いを伝える日」
政宗「つまり俺にどうやって想いを告げるか悩んでたってことか」
「っ・・・それは・・・・・・」
政宗「考えてることまで可愛い女だな」
私の言葉を待たずに、政宗はにやりと笑う。
政宗「それにしでも、ばれんたいんってのは面白い風習だが、あまりピンと来ないな」
「えっ」
政宗「ばれんたいんに男は待ってるだけなんだろ。それじゃあ、俺は物足りない」
「どうして・・・?」
ふいに政宗が顔を近づけて・・・・・・
政宗「こっちから仕掛ける方が性にあってる。俺の言葉や行動でお前が反応するのを見るほうがたのしいからな」
「っ・・・そういう意味!?」
(・・・からかわれるのは複雑だけど、すごく政宗らしい理由)
(あっ!)
「そういえば、異国のバレンタインデーでは男性から女性にお花を贈ったりするらしいよ」
政宗「へえ。住む場所によって風習が変わるのか」
頷いた政宗は少しの間、口を閉ざす。
政宗「・・・・・・」
(少しは楽しそうって思ってもらえた?それともやっぱり興味ないのかな)
政宗の気持ちを推し量れないかと、まじまじとみつめていたその時----------
屋台の男性「今が旬の魚を取り揃えてるよ!さあ、早いもの勝ちだ!」
二人「・・・・・・!」
呼び込みにつられた様子で、周囲の買い物客がどんどん店頭に集まっていた。
政宗「食材が売り切れる前に、俺たちも行くぞ」
「う、うん」
慌てて頷き、揃ってお店に向かう。すると、政宗は歩きながら何気ない調子で話を戻した。
政宗「ばれんたいんのことだが、一日空けておく」
「えっ、いいの?」
政宗「お前はやりたいんだろ?だったら、やる以外の選択肢はない」
「ありがとう!」
(政宗がこう言ってくれるなら、ただ想いをつげるだけじゃなく、バレンタインを楽しんでもらえるように準備、頑張ろう)
当日に想いを馳せながら、政宗と一緒に、呼び込みをしていたお店へ歩いていった。
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そうして、あっという間にバレンタイン当日を迎えて------
ちょっと早い夕餉という名目で、私は政宗と一緒に、ある食事処を訪れていた。
政宗「いい店だな」
「そうでしょ。色んな人に評判を聞いて探したんだよ」
政宗「へえ。俺は聞かれなかったが」
「ふふ、政宗にはびっくりしてもらいたくて秘密にしてたから」
政宗「俺に秘密を作るとは生意気だな」
「政宗を楽しませるためだから仕方ないよ」
政宗「ま、気持ちはわかる」
面白そうに頬杖をついた政宗が、ふっと呟きを落とした。
政宗「------そういう意味じゃ俺もお前のことを言えないな」
「え?」
政宗「こっちの話だ。それより、さっそく注文するぞ」
「うん・・・」
政宗「どれも美味そうだな。これだけ多彩な料理が揃ってるとは」
「品数もそうなんだけど、このお店が人気になったのは、旬のものしか取り扱わないからなんだって」
政宗「言われてみれば、今お前が注文したものは、この時期が一番美味い料理ばかりだったな」
「うん。そういう評判を聞いて、この店が政宗にぴったりだなって思ったの」
政宗「俺に?」
「この前、一緒に買い出しに行った時、何を食べたいか聞いたら、旬のものって言ってたでしょう?」
いつも余裕めいた色を浮かべている青い目が、わずかにみはられた。
政宗「・・・・・・」